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第28話 イン・ザ・シャドウ・オブ・ア・コルト



 最初に火を噴いたのはキッドのコーチガンだった。

 迫り来るグアールの群れに狙いもつけずにぶっ放したのだ。

 左右の銃身にそれぞれ備わったサイドハンマー(有鶏頭)は、左右同時に下りて雷管を叩く。

 キッドは、ここに来るまでに散弾銃に即席の改造を施していた。

 二つの撃鉄を動かす為にそれぞれにひとつずつ、つまり全部で二つある撃鉄。それらを互いに針金で結ぶ。

 こうすれば、後ろの引き金を弾けば、前の引き金も同時に弾かれる。

 つまり二発同時発射だ。

 散弾は二倍の雨となって、グアールを一息に吹き飛ばす。

 

「援護!」

「よしきた!」


 キッドが中折式の銃身を開き、空薬莢を引っ張りだすのを尻目に、私が前へと出た。

 やっこさんの再装填の間、敵を受け持つのは私だ。

 迎え撃つのは散弾の雨をくぐり抜けお仲間の残骸を踏み潰して、押し寄せてきたグアールの群れ。

 ――屍者の濁流。

 ――鼻突く酸鼻たる異臭。

 ――視界を覆う、腐肉の山。

 見てて決して嬉しくはない光景に、引きつった笑いを向け、神様にご加護を頼んだ。


「神サマ、お助け!」


 無論、私のためにではない。

 地獄に叩き返されるコイツらの為にだ!

 イエローボーイを素早く構え、狙い、撃つ。

 まず眼が標的を捉え、銃口が追い、引き金が最後に続く。

 レバーを動かすたびに、空の薬莢が飛び出し、筒状の弾倉より後から後からと次弾が送り込まれてくる。

 だがイエローボーイ自慢の15連発も、この数の前では決定的優位とはならない。

 あっというまに弾倉は空っぽになった。


「よっしゃもう一発!」


 ここでキッドが助けに入った。

 さらなる至近距離の散弾に、グアールはいよいよ爆ぜる。

 腐肉が飛び散り、辺りを満たす悪臭はいよいよ耐え難いものとなる。


 ――しかしそんな臭いでも気にしている暇などない。

 どれだけ斃しても、敵は全く止まる気配を見せない!


「――」


 キッドはそれでも獣のように笑った。

 笑いながら、弾切れのコーチガンを投げ捨て――銀色の、鈍い光が見えたような、気がした。

 それだけだった


 ――銃声は、1発分。

 ――だが斃れたグアールは6匹。 


 後に残るのは、抜かれたコルト・シングル・アクション・アーミーのニッケルの鈍い輝きだけだった。


「――ようし」


 私も負けじと、弾切れのイエローボーイを壊れない程度の勢いで地に捨て、2丁コルトを引き抜いた。

 キッドの早撃ちには敵わないが、正確さでは絶対に負けない。


 右のコルトで、心臓を射抜く。

 左のコルトで、眉間をぶち抜く。

 右のコルトで、胸板に風穴を開ける。

 左のコルトで、目玉越しにドタマを突き刺す。


 左右交互に一発ずつ、狙って撃つ。

 ならばこそ、口径の小さめなコルト・ネービーであっても、バケモノを一発で斃すことができる。


「キリがねぇぜ!」


 スコフィールドに得物を持ち替えたキッドが舌打ちする。

 私も引き金を弾きつつ頷いた。

 一匹ずつ斃しては終りが見えない。

 リージフの野郎、墓場の亡骸を根こそぎ黄泉帰らせたのか、グアールの群れは途切れること無く後から後から押し寄せてくる。これではこっちの弾が切れるのが先だ。


『問題ない。お陰で用意はできた』


 キッドと私の間に入ってきて、力強く言ったのはイーディスだった。

 彼女が右手に構えた魔法のコルトの、その刻印が光り輝いている。

 まるで、破裂寸前のボイラーのような真っ赤な輝きだった。

 

『ラーイン・ヨース!』 


 呪と共に引き金は弾かれた。

 地獄の釜は開かれ、貯めこまれた熱気は一気に爆発した。

 銃口から吐き出された光は分裂し、横殴りの光の雨となる。

 グアールの群れを突き刺し、引き裂き、爆ぜ散らした。


 以前、黒鉄のヴェンゲルと戦った際にも使った、散弾型の光の矢だ。


 違うのは前よりも分かれた矢の一本一本が太く、威力も見るからに高そうな点だろう。

 実際、威力は前よりも遥かに高い。散布範囲を絞って、威力を採ったのだろう。

 心臓や頭を貫かれたグアールは即死――いっぺん死んでる相手に即死というのも変だが――し、運悪くそれを免れた連中は、傷口から上がった炎に焼かれた。異様な赤をした炎は一見して自然のモノではなく、グアールはのたうちまわりながら灰に分解されていく。


「……少しは好転した?」

「したな」

『感謝しろ』


 まだグアールは大勢いるが、少なくとも近くの連中は根こそぎ片付いた。

 おかげで弾丸を込め直す間もある。

 私はコートのポケットからコルト・ネービーの予備弾倉を取り出した。

 金具を外して、銃身を抜き、空の弾倉を引っ張りだす。代わりの弾倉をねじ込み、銃身を取り付け、金具で留める。

 コルト・ネービーのような旧式のリボルバーの利点として、整備の都合上比較的簡単に分解できることがあるが、それを応用すれば、弾倉をまるごと取り替えて素早く再装填することができるのだ。

 無論、これをするためにはヤスリなどを使って多少銃や弾倉に手を加える必要があるが、一発ずつイジェクターロッド(弾倉から空の薬莢を押し出すための棒)で排莢しなくてはならないコルト・シングル・アクション・アーミーに比べれば手間の内になど入らない。


「……やっこさんは戦法を変えるみたいよ」


 スコフィールドの再装填を素早く済ませたキッドが、その銃身で指し示した先を私も見る。


『……』


 リージフが右手を横にサッと振る。

 サインらしき動作に従い、グアールの群れが後ずさる。

 潮が引くように、墓場へと後退していくのである。


『……』


 リージフはさらに、横水平に伸ばしていた右手をスッと振り上げ、手刀の先を天へとかざした。

 それを合図にか、墓石や樹木の陰から、何者か、あるいはナニモノかが飛び出してきたのだ。


「……チッ」


 見覚えのある連中だった。

 金色の兜。顔を覆う金色のマスク。

 真紅の衣。白いマント。レリーフの掘られた金の盾。真紅の柄に、金色の穂先の槍。

 髭を生やした男の顔を象ったマスク。

 マスクの覗き穴からこちらを射竦めるのは金の眼のなかの、黒い瞳。

 トカゲか蛇のように、細長く鋭い、真っ黒の瞳。

 深い炭鉱の穴の奥のような、一切光らぬ黒い瞳。


 忘れるはずもない。

 ストン・ホーの廃都で戦った、正体不明の誰かさんが、再び姿を現したのだ。


「――!」


 ここで私は思い出す。

 ストン・ホーで私を襲ったのは、この「金色のマスク」だけではない。


「伏せろ!」


 私の叫びに、キッドもイーディスも瞬時に伏せた。

 頭上の空気を赤光が焼き貫いたのは直後であった。

 次々と飛んで来る赤光を、私たちは誰に言われるでもなく散開して避ける。


「やっぱりか」


 盾にした誰かの家の物陰から窺えば、黒いフードを着ているらしい人影が見えたのだ。

 得物、というよりその攻撃の方法からして間違いない。ストン・ホーで私を狙い撃った連中だ。

 しかもあの時同様、赤い光の矢が飛んで来たのは四方からだった。


 グアールは囮。本命は、連中が私達を包囲する時間をかせぐためだったのだ。


「罠にハマった!」


 気づいた時はもう遅い。

 私たちは散り散りになり、赤光の雨から身を隠した。




「よっと!」


 手近な民家の中に飛び込み、扉をしめる。

 閂がかけ、大急ぎで追撃を封じる。

 しかしホッと一息つく間も無く、私は裏口を探して早足で進んだ。

 入り口を塞ぐということはには二重の意味合いがある。

 敵の侵入を防ぐこと。そして自分の退路を断つということ。

 もし逃げ道の無い袋小路に逃げこんだとしたら、それこそ家に火を点けられれば一巻の終わりだ。


 幸い、裏口はすぐに見つかった。

 静かに扉を開け、左右、そして上を窺う。

 黒いフードの影は見当たらない。

 少しだけ安心して、路地裏へと私は静かに踊り出る。

 コルトはホルスターに戻し、出会い頭でも連射の出来るトランターを――抜こうとした時だった。


 この時、私は太陽を背にしていた。

 太陽は、正午を過ぎて、西の方へと傾きつつあった。

 私の影は、私の足元から私の前へと伸びていた。 


 そんな私の影にかかるように、「もうひとつの影」が地面に映えていた。

 私は即座に理解した。自分の背後、屋根の上に「誰か」がいる!


 背後で膨れ上がる殺気を感じた時には、もう手は動いていた。

 振り向く動きを見せれば、私は瞬時に撃たれるだろう。

 もし気づかぬフリをして、振り向かなくとも最後は背中を狙い撃たれるだろう。


 ――ならばどうする?


(こうするさ)


 コート下よりトランターを抜いた右手は、そのまま背後へと向けられた。

 影の位置から、相手の高さを割り出し、顔も向けずに2連発!


『!?』


 手応えあり!だが確実に仕留めるために、今度こそ身を捻り、銃口を黒いフードの敵へと擬した。

 敵は手にした得物を私へと向けようとしていた。

 だが遅い。


『ぎゃぉっ』


 3発の銃弾は狙いを逸れることなく、標的へと突き刺さった。

 屋根の上で黒い姿がぐらりとよろむき、そのままゴロゴロと屋根の上から転げ落ちた。


 私は会心の笑みを浮かべ、弾切れのトランターを背中のホルスターへと戻しつつ、進む方へ向き直った。


「へ」


 思わずマヌケな声が漏れた。

 路地の向こう。進む方の先。そこに得物を構えた黒フードの姿があった。

 先程までは、そこには誰もいなかった。私が背後の敵を斃すべく、振り向いたその時に、姿を現したのだ。


「 DUCK YOU―― 」


 私は毒づきながらコルトに手を掛けた。

 撃鉄に親指を掛け、力いっぱい起こしながら、銃身をホルスターより引き抜く。


 ――だが私は、早撃ちが本分じゃない。


 既に構えた敵よりも、速く撃てるほど素早くはない。

 敵の得物は、私が撃つより先に赤光を、私へと浴びせかけ――。

 ――ようとする動きは、横殴りの一撃に途切れた。


「……SUCKER」


 木戸を突き破り、横殴りに突如襲いかかった一撃は、黒フードを八つ裂きにして吹き飛ばした。

 散弾と木戸の破片で全身を隈なく突き刺された哀れな野郎は、自分がなぜ死んだかすら解らなかったろう。

 私自身、不覚にも唖然として、思考が一瞬でも止まってしまっていた。


「よぉ」


 切り詰め散弾銃を手にしたキッドが、破れた木戸からひょっこり顔を見せた。


「貸しひとつ」


 そう言って、キッドは悪戯っぽく笑うのだった。


 


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