第27話 アサルト・オン・プリセント・サーティーン
――なにごとにも予兆はある。
――嵐が吹く前には、雲が来る。
――地が震える前には、鼠が走る。
――全ては精霊が教えてくれることだ。
昔、戦争が終わってすぐの頃に知り合った先住民の爺様は、そんなことを言っていた。
爺様は妙な力の持ち主で、天気を自在に読むことができた。
当人曰く、「精霊が、“しるし”で教えてくれるらしい」。
果たして、私のような無頼漢は、精霊の類には嫌われているらしい。
それを証拠に、「今度のこと」の予兆らしい予兆は、私には終ぞ感じられなかったからだ。
――災難は突然やってくる。
気をつけようと、用心しようと、向こうの方からやってくる。
私のような悪党には、特にそうだ。
予期されていた「攻撃」は、予期せぬ奇襲としてあの日私達へと降りかかった。
――キッド、イーディスと三人連れ立って街を巡回している時だった。
なんてことのない、ある晴れた日の昼下がりのことだった。
一段落し、イエロボーイを壁に立てかけ、休憩をしていた時だった。
「どうしたのさ。難しい顔をして」
『……逆にお前たちはなんでそんな気楽そうなんだ』
緊張した面持ちで、サーベルの柄頭をしきりに指で叩いているイーディス。
キッドは欠伸しながら尋ねた。
――マルトボロは日ごとにピリピリとした緊張感を増していっている。
それは、マルトボロでは比較的人気の少ない「13番地区」でも変わりはない。
マルトボロは全部で13の区画に分かれているが、その中で最も若く、そして最も町外れだ。
にわか仕立ての街並みに、西部の開拓村を想い出す。
『ここはマルトボロでも余所者が多い区画だ。新顔が増えていても容易には解らん。注意深くもなる』
言いつつ、イーディスは厳しい隻眼で街並みを見渡す。
いつ来るかわからぬ敵に、市中を巡回するイーディスも落ち着かない様子であることが増えてきた。
それに対して、私やキッド、それにスリーピィもどこ吹く風といった調子で、見た目にはいつも通りだった。
「お前たち、とはなんだ。お前たち、とは」
とは言え、緊張感が無いという点だけでキッドと同類扱いされたら私も心外だ。
やっこさんは単に度を越したノーテンキなだけだが、私やスリーピィが落ち着いているのは単に「馴れ」の問題だ。
「前の戦争」は足かけ四年も続いたのだ。
そんな中で撃ち合いばかりやっている内に、全うな神経などとうに切れてしまっている。
でなきゃ戦争が終わってからも、ガンマン稼業など続けていない。
「冷静沈着で頼りがいのある男、と言ってもらいたいもんだね。こんなオトボケ太郎と一緒にするな」
「とうに精気が枯れ果ててんじゃないの、オジンだし。無いものは動じようがないっていうか」
「そうなるまで生き残るのはどだい無理な馬鹿野郎に何を言われても堪えんよ」
「無駄に長生きするだけが能じゃないと思うけどね」
『……言っている場合か、全く』
キッドと憎まれ口を叩き合う私に、イーディスは眉間の皺を指で押さえた。
私たちの有様に意識が向いたためか、少しだけ緊張がやわらいだ様子だ。
それでいい。いざドンパチが始まった時、緊張が過ぎれば体が堅くなって咄嗟に動けない。
ヘタすれば、そのまま二度と動かなくなる。
「……しかし実際、こうも街がトゲトゲしてると気が滅入ってくるのは事実よね、と。もう少し気楽にやれば良いのに」
『……敵はいつ、どこから来るかも分からんのだぞ。張り詰めるのも当然だ』
「それならいっそ、すぐにでもやって来てくれりゃ良いのに。ずっと待ってるほうが体に悪いぜ。なぁに連中顔を見せたら俺っちがパパパっと――」
キッドがそんな軽口を叩いている、まさにその瞬間だった。
爆音が耳朶を打ちのめし、吹き抜ける突風に、私たちは反射的に身を屈めた。
「……なにさ一体?」
『私の台詞だ!』
三人共に身を屈めつつ、音と風がやってきた方へと視線を向ける。
音と風に遅れて、舞い散る砂塵がやってくる。
家屋の間を埋めつくすように、砂塵の波はやってくる。
私はとっさに眼を閉じて、左腕で目元を多い、唇を一文字に固く結んだ。
――こんな時、帽子が無いのが恨めしい。
私は頭から砂埃を浴びるのを感じつつ、砂塵が通りすぎるのを待った。
こんな時は、帽子が無いのがつくづく恨めしい。
――うぅぅぅぅぅぅ……。
眼を瞑っているので姿は見えない。
だからこそ、そばだてられていた耳はそのうめき声を確かに捉えていた。
『うぁぉぉぉぉぉぉぉぉ~!』
「DUCK YOU SUCKER / 寝てろ、糞ったれ」
眼を開けずとも、その呻きと、その腐臭で全て解った。
壁に立てかけたイエロボーイを取っている時間は無い。
私は左のコルトを抜き、眼を瞑ったままぶっ放した。
『うげぉぉx』
手応え有り!
すかさず私は撃鉄を起こし、もう一発!さらにおまけにもう一発!
相手が真っ当な「生き物」ならば、3発も銃弾をブち込まれて斃れない筈はない。
だが、私が考えるに、敵は「生き物」ですらない!
『ブライス・エフテル・ヴィンディ!』
イーディスが早口で呪文を叫んだ。
私達の背後より突風が吹き、髪の毛がバサバサとかき乱されるのが解る。
同時に、降り注いだ砂塵が吹き飛ぶのも。
私は両目を開けた。
「やっぱりね」
そこには久方ぶりに対面する化物の姿があった。
死してなお動く人の亡骸。「グアール」だ。
『あぉぉぉぉぉぉぉぉ』
左のコルトから放たれた三発の銃弾は、全てやっこさんの胸板に命中していたらしい。
だが心臓を逸れている。心臓か脳天をぶち抜かない限り、奴らを墓場には戻せない。
「棺桶に帰りな」
私は弾倉の残りの三発をすかさず叩き込み、グアールの一匹を仕留める。
だが一匹仕留めて終わり、と簡単に終わらせてくれる相手でもない。
『うぁぉぉぉ』
『えぇぇぇああああああ』
『ぎゃぉぉおあああああ』
家屋の陰から、路地の曲がり角の向こうから、生きる死体の群れが押し寄せてくる!
私は左のコルトを戻し、右のコルトを抜こうとする。
「 HEY GENTLEMEN! / よぉ!旦那がた! 」
傍らでドスンと重い銃声が響き渡る。
キッドが素早くコーチガンを2連射し、散弾の雨をグアールに浴びせかけた。
至近距離での散らばらない散弾は、強烈な打撃力でグアール共へと叩きつけられる。
胸板に風穴を開けて一体が斃れ、背後の数体が衝撃によろめいた。
『おい!』
背後よりイーディスの声。
振り向く私へと、彼女が投げ渡すイエローボーイ。
宙を過る真鍮の機関部が、陽光に鈍く輝くのを見るや否や、私の手の内に吸い込むように連発銃は収まった。
銃声!銃声!銃声!銃声!
狙いをつけるまでもない。
腰だめのままで充分だった。
レバーが上下し、薬莢が飛び跳ねる。
白煙の帳が目前に広がり、瞬く内に地面へと降りていく。
心臓を射抜かれたグアールたちは、ほとんど同時に、バタバタと地面に崩れ落ちていく。
「助かった」
『次からは気をつけろ。言ってる割に油断してたんじゃないのか』
「かもな。まぁ二度目は無いさ。コッチがソッチを助けるのは……何回もあるかもだが」
『よく言う』
イーディスへと軽く微笑みかけると、彼女もニヤリと笑い返してきた。
減らず口で応えつつ、ポケットより銃弾を取り出し、イエローボーイの弾倉に装填する。
キッドも傍らでコーチガンに散弾を再装填しつつ、ふと口にした。
「……これ、ここに住んでる連中の死体かね?」
キッドに言われて気がついた。
その小綺麗な服装は、墓場から出てきた屍のそれとは全然様子が違う。
血と腐肉に染まってはいても、ついさっきまで、街路を歩いていた、普通の街の人々の服装だった。
「……墓地があったよな。この区画には」
『……ああ。ある。街外れだからな』
「ここいらでは人を埋葬する時どうしてた?確か棺桶に入れて埋めてたよな」
『あるいは直接に土に埋める。だから術を施せば……クソッ!』
私とイーディスの頭の中に、嫌な想像が浮かんだ。
傍らで聞いていたキッドも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
――黒くツバの広い帽子にケープ付きの外套を羽織。
――鳥を模した長い嘴を持つ灰色の仮面。
屍術師リージフ。
スツルームの悪党魔術師。
前に私に果たし状を叩きつけてくれた魔法使い。
その姿が、頭の中に浮かんだ。
「とにかく」
『行くぞ』
「ですよね」
まずは状況を知ることだ。
私たちはおのおのの武器を手に、13番地区の奥、共同墓地へと向けて歩き出した。
果たして向かった先は地獄絵図とかしていた。
響き渡る悲鳴。
それに合わせて奏でられる死者の呻き。
あちこちで火が、煙があがる。
共同墓地のある方向から、濁流のように押し寄せる生者と死者の波。
もしこれが街のど真ん中で起こっていたら、と考えるだに恐ろしい。
人の少ないこの街区ですら、既に阿鼻叫喚の様相を呈しているからだ。
『生ける死者は、他の生ける死者を生む』
「グアールは生きてる奴に噛み付いて、そしつをグアールに変えちまう」
「そうして増えていく訳か。鼠みたいに」
予想は当たっていたらしい。
共同墓地のある方を見れば、死者の群れがそこから湧き出ているのが良く解る。
そしてその元凶も、私たちには良く見えた。
『屍術師リージフ。スツルーム党の外道め!』
墓地の一角にある、恐らくは寺男の住まいの掘っ立て小屋。
その屋根の上に、両腕を組んで屹立しているのは、もう見るだけでウンザリする灰色の鳥仮面。
「周りの連中にも、ちょいとだけ見覚えがあるんだけど、気のせいかね?」
「いや……気のせいじゃない」
リージフの周囲を固めるのは、他のグアールとはすこしばかり様子の異なる連中。
私達と同じ「まれびと」の装束に身を包んだグアール。それは以前、街を襲撃したワンアイド・ジャックの手下どもの成れの果てだった。
『そういえば。連中の屍体はここにまとめて埋めたんだったな』
「……やっこさんの周りに固まってるの、偶然だと思う?」
「思わんね」
リージフとワンアイド・ジャックに繋がりがあるかどうかは解らないが、無関係という訳でもなさそうだ。
――いずれにせよ、今やるべきは考えることではない。
「弾、足りるかね?」
『親玉さえ仕留めれば、グアールは止まる』
「じゃあ、簡単な仕事だ」
私が歯を剥いて笑うのと同時に、リージフも私に気づいたらしい。
組んでいた両腕を解いて、私を指差した。
死者たちの白濁した瞳の群れが、一斉に私のほうを向く。
「……ハハハ」
闘志の笑いは、恐怖の苦笑いに一瞬で変わった。
自分を奮い起こすためにも、手近な一匹の脳天目掛けて、銃弾を叩き込む。
それを合図に、死者の群れは、今度は明確は目的を以って、私達のほうへと動き始めた。




