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第25話 プリペア・ア・コフィン



 ――どこかで、鐘が鳴っていた。

 一定のテンポで、マルトボロの街を駆け抜ける。

 合わせて鳴るのは、鈴の音だった。

 鐘が鳴るたび、それに続いてジャリンジャリンと鈴がかき鳴らされる。


『セ・キフラ・オグ・レイカ』

『フリル・サリナ・メオ・ヒムニ』


 鐘と鈴の伴奏に合わせて人々が唄う。

 重苦しい、浮ついた音などひとつもない唄は、古い祈りの言葉であるらしい。

 同じ節を、ただひたすらに、鐘と鈴に合わせて唱え続ける。


 ――魂よ、天へと昇れ。


 そんな意味であるらしい。

 フラーヤが、私に教えてくれたのだ。


『セ・キフラ・オグ・レイカ』

『フリル・サリナ・メオ・ヒムニ』

 

 白、あるいは黒の一色に染められた装束に身を包み、人々は列なして練り歩く。

 祈りの言葉を唱えながら、ただひたすらに街の通りという通りを歩き抜ける。

 人々の大半は黒いローブに身を包み、一部の人々は白いローブで全身をほぼすっぽりと覆っている。

 例外は顔だけだが、黒いローブの人々はともかく、白いローブの人々は顔すら覆われて見えない。

 仮面に覆われているのだ。それも髑髏を象った仮面なのだ。まるで死神のようだった。

 そんな死神たちが肩に負うのは、黄金で飾りられた輿だ。

 載せられているのは、やはり黄金で飾られた棺。

 その中身の主は言うまでもない。グノーダだ。

 マルトボロの街は、その死に対し市葬で報いた。

 それだけ、時の女神の巫女たる彼女の存在が大きかった、ということなのだろう。


『セ・キフラ・オグ・レイカ』

『フリル・サリナ・メオ・ヒムニ』


 棺を載せた輿を先導するのは、ローブ尽くめの葬列にあって唯一例外的に毛色の違う装束に身を包んだ美女だ。

 左右に一対の羽根飾りのついた兜を被り、金細工が施された儀礼用の甲冑に身を包んだ美女は、脚が6本もある白馬に跨がり、火の灯った松明を手に、一行を先導していた。

 その美女の正体はフラーヤであった。

 ワルキレ――戦の乙女、という意味を持つその言葉は、こうした葬送の先導役に冠せられた名前らしい。

 その役目を果たせるのは、魔法の業に長けた者だけだそうだ。フラーヤがその役に任ぜられたのも納得だ。


『セ・キフラ・オグ・レイカ』

『フリル・サリナ・メオ・ヒムニ』


 葬列を眺める私達は果たして、マルトボロ市庁舎の屋上にいた。

 屋上に置かれた長机を囲み、手の作業を止めること無く、首だけ回して階下を眺めていた。


「……」

「……」

「……」

『……』

 

 キッド、スリーピィ、それにイーディス。

 4人揃って、長机を囲む。

 机の上に並べられたのは、死んだアウトローたちから奪い取ったガンの数々だ。

 あの鉄板頭のモンスターと再び戦うことを考えた時、もっと手数がないと話にならないという結論に私達は達した。

 皆一様に無言で、得物を見繕い、選別し、手入れする。


「……」


 私は愛用のコルト・ネービー二丁の手入れをしつつ、運よく手に入ったアウトロー共のコルト・ネービーを分解し、パーツを並べて、その質を値踏みする。

 使えそうな部分を見定めると、それを手にとって、更に細かく目利きする。

 使えそうな部品を組み合わせて、一丁のコルト・ネービーを仕立てあげるのだ。予備の、三丁目、四丁目を仕立てあげるという算段だ。

 たとえシリンダー(弾倉)だけでも、使えそうならば弾を込めて使う。

 ヤスリでちょいちょいと削って合わせれば、愛用のコルト・ネービーとシリンダーのみの交換が出来るようになるのだ。

 そうすれば戦闘中でも、素早く再装填が出来る。


「……」


 キッドはコルト・シングルアクション・アーミーを手に取り、見定めていた。

 耳元にコルトを寄せて、シリンダーの回り具合を耳と眼で確かめる。

 4インチバレル仕様、通称「シビリアン」だ。早撃ちが得意なキッドらしい選択だ。

 音でお気に召したようで、ヤスリを使って照星を削りに掛かる。早撃ちガンマンがよくやる改造だ。


「……」


 スリーピィは愛用のシャープスの手入れをしつつ、ライフルの方を見繕っていた。

 ヘンリー、ウィンチェスター、レミントン・ローリングブロック、トラップドアカービンと選り取り見取りだ。


「……」


 スリーピィが手にとったのは、ウィンチェスターだった。

 レバーを動かして、使い勝手を確かめる。お気に召したのか、肩にストックを当てて構えてみせる。


『……』


 イーディスが手にしているのは私同様、コルト・ネービーだった。

 銃身を取り外し、陽に翳して、そのバレルの具合を確かめている。

 満足した所で、サッシュよりナイフを一本抜いた。

 針のように刃の細い、刺突用のダガーのような短剣だ。

 その切っ先を銃身に当てると、まるでペンでも滑らせるように、銃身を刻み始めた。

 鉄で出来た銃身をそう易々と刻める筈もないが、どんなまじないか、本当に絵筆でも走らせているかのように金色の図像が刻み込まれていく。

 それをなすイーディスの表情は真剣さ来る仏頂面で、話しかけるのも躊躇われるほどに気配が尖っていた。


 ――そんな彼女の視線が、ふと葬列の方に視線が向いた。


 釣られて私もイーディスの見る方を眺めた。

 葬列は遂に終点へ、街の中央にある神殿へと辿り着かんとしていた。


 弔意を表すラッパが、高らかに吹き鳴らされる。


 その時だった。

 私達のすぐ側から、聞き慣れた調べが、ラッパと共に弔意を奏でる。


 スリーピィだった。

 

 彼が奏でるのは、「タップス」という曲だ。

 一足先に自由になった戦友たちを、冥府へと送り出すために奏でられる曲だ。

 前の戦争(南北戦争)の時に北のヤンキーどもの間で出来た風習で、それは戦後も引き継がれた。

 だから南部男の私でも、聞いた覚えはちゃんとある。

 本来ならばビューグル(軍用ラッパ)で奏でられるそれを、スリーピィは得意のハーモニカで弾いた。


「~~♪♪♪」


 キッドが口笛を合わせた。

 不思議なことに、吹きなれた様に上手い。

 口笛で、吹き馴れるような類の曲でもあるまいに。


「……」


 私は既に弾の込めてあるコルト・ネービーを、左の真鍮のコルトを構えると、手近な市庁舎の塔へと向けて引き金を弾いた。

 撃鉄を起こし、もう一度。

 さらに撃鉄を起こし、もう一度。

 三発の銃声で戦友を送るのは、南部でも通ずる古いやり方だ。


『……』



 イーディスは黙して、額に人差し指を当て、それを横へと滑らせ、指先を天へと向けた。

 きっとそれは、「こちらがわ」式の友を見送るやりかたなのだろうと、私にも解った。





 一人の女性の死を、悼んでいる暇すら私達にはない。

 グノーダが遺したビジョンは、私達に次なる戦いを教えてくれた。

 それにただ、私達は備えるのみだった。

 仇は討とう。必ず。必ず。



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