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第24話 アイアンクラッズ


 ――アイアンクラッド(装甲艦)。

 表面を鋼鉄で覆われた、丈の低い奇妙な戦船。

 水の上に揺るぎなく立つ「ストーンウォール」。いかなる銃弾も砲弾も、その装甲を突き破るのは叶わない。

 味方としてはこの上なく頼もしく、敵に回せばこの上なく恐ろしい。

 「前の戦争」の時に何度か出くわしたアイアンクラッドに対し、私が抱いた想いはそんなモノだった。


 その時のことを、私は思い出す。

 黒鉄のヴェンゲル。奴はまさに丘の上のアイアンクラッドだった。


 肌を晒すこと無く、前身を隙間なく覆った黒鉄の鎧。

 その鎧を貫くことは、私達の銃弾には叶わない。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 身を屈め、獣のように手を足を全部使って必死に這い駆ける。

 這い抜けたすぐ後を、追うように飛んでいた赤光が土壁に突き刺さり、爆ぜながら貫き飛んで行く。

 まるで壁越しでも私の姿が見えていると言わんばかりの、恐るべき精度の射撃だった。

 もう少しだけ私の身のこなしが遅かったなら、とうの昔に五体を爆ぜさせてグノーダの背を追っていたことだろう。

 必死に、決死の想いで土壁を縫って駆け抜ける。

 両方のコルトは弾切れ。トランター、ペッパーボックスも同じとくれば、今の私にできるのは逃げ隠れだけだった。

 私の手持ちのいずれもが、速やかな再装填が不可能な得物ばかりだったのが仇になった。

 懐に忍ばせたナイフも、あの装甲を前にすれば赤子が引っ掻くようなものだろう。

 文字通り痛くも痒くもない。



「コッチ向けド畜生!」


 逃げる私とは対照的に、キッドは既に再装填を済ませ、攻撃の体勢を取り直していた。

 ヴェンゲルへと叫ぶと、土壁を跳び越え宙に身を躍らせる。

 地面を転がり、半ば屈んだ体勢で止まれば、そこでヴェンゲル目掛けての早撃ちの6連発!

 狙いは全て、ヴェンゲルの鉄板頭。しかも意外なほど精確に、殆ど同じ場所へと銃弾を叩き込む。

 距離が近いとは言え、驚くべき腕なのに変わりはない。キッドも早撃ちだけが能の男ではないということか。


『――――』


 立て続けに同じ場所に銃撃を貰えば、ましてやそれが頭とあらば、さすがのヴェンゲルも僅かに仰け反る。

 しかしその僅かな隙すらも、今の私達には天よりの助けにも等しい。


「――主よわれに力を!」


 再装填を済ませたスリーピィが、キッドが撃った場所を、さらなる精確さで撃つ。

 速さは無くとも、キッドよりもはるかに遠くから、ヴェンゲルを狙い、一点への集中した攻撃はヤツを蹌踉めかせる。


『――驟雨のごとく、嵐のごとく』


 続けて動いたのはイーディスだ。狙いはヴェンゲルの頭……では無く、ヴェンゲルの攻勢に合わせて盛り返してきたアウトローどものほうだ。わらわらと怒声を上げつつ迫る連中は、ヴェンゲルと比べれば小者に見える。だからといって油断すれば、背中から刺されて土の下だ。相手をせなばなるまい。


『ラーイン・ヨース!』


 彼女が銃口を向けるのは、敵ではなく自身の頭上。

 イーディスの口から呪文が紡ぎだされた時、空へと向けて光の矢が上がる。

 矢は空高く上がり、そこで雲のように留まったかと思えば、丸く膨らみ、破裂した!


「うぎゃあぁ!?」

『ひぇぇぇぇっ!?』


 細い光の雨が、地面へと、アウトロー共へと振り注ぐ。

 まるでシャープネル・シェル(榴散弾)だ。前の戦争の時、さんざんヤンキー共をふっ飛ばし、それ以上に戦友をひき肉にしたあの忌まわしい砲弾だ。数百の男が一斉に鍬でも入れたように、地面は耕され、土埃があがる。


「……うごごごごご」

『いてぇぇぇくそぉぉぉぉ』


 土煙の向こうから、うめき声が聞こえる。しぶとい連中だ。


『……所詮は散弾か。威力は今ひとつだな』


 舌打ちをひとつし、イーディスが無念そうに呟く。


「だが目眩ましにはなった!」


 応えた時には私は「馬車」まで辿り着いていた。

 ここまで来るのに乗ってきた例の馬車。残弾もなく、事実上丸腰の私にとっては些か距離が開きすぎていたが、キッド、スリーピィ、イーディスの三人のお陰で五体満足で到着できた。

 念のため持ってきたものの、使うことはなさそうだと置きっぱなしにしていた代物。

 そいつを馬車より引っ張り出し、跳び下りた直後に、赤光の矢が馬車へと突き刺さる。

 客車が吹き飛ぶのを背中で感じ、飛び散った破片が頬をかすめるのに冷やりとする。

 だが命は依然ある。ならばそれで問題はない。


「スリーピィ!」


 呼び声と共に、シャープス・カービンを投げ渡す。

 ヤツが綺麗に受け取って構えた時には、私もケースからマルティニ・ヘンリー・カスタムを引き抜き構えていた。

 スコープは着けていない。その必要もない。この距離ならば「昔ながら」のやりかたで充分に狙い撃てた。


 ――銃声!


 腹の底まで響く、強烈なパンチなような音が二発ぶん、重なり鳴った。

 しめし合わせた訳ではない。

 ただ互いのガンマンとしての腕前とセンス故に、私とスリーピィは自然に息を合わせていた。


 私のマルティニ・ヘンリーはヴェンゲルの右目を、スリーピィのシャープス・カービンは左目を狙い、撃った。

 アイアンクラッドは難攻不落の浮かぶ要塞だ。だが弱点が無いわけではない。

 例えば物見用のスリット、攻撃時に開かれる砲門。そこは装甲に覆われていない。銃弾でも、通る。


『――!?』


 今度ばかりはヴェンゲルの野郎の反応も違った。

 仰け反る、よろけるなどといった程度を超えて、躰はV字に折れ曲がって転倒しそうになる。

 しかしヤツはそこを堪えて、何とか踏みとどまる。

 鉄板頭のスリットを満たす、赤い光に変化は見えない。見ただけでは効いたか効いてないかも解らない。

 だが私にも、スリーピィにも気配で解った。この攻撃は効いている。


「 HEY GENTLEMAN! / 野郎、こっち向きな! 」


 解ったのは、キッドも――。


『相手をしてやる』


 そいてイーディスも同じだった。

 それぞれの攻撃がヴェンゲルへと叩き込まれ、その間に私とスリーピィは再装填を済ませる。

 レバーを下ろし、ブリーチ(装弾口)を開く。空薬莢が飛び出し、床に落ちたと同時に、次弾を滑りこませる。

 レバーが上がりブリーチは閉ざされ、銃内部で撃鉄が起きる音がする。


 キッドが撃つ弾が弾かれ、イーディスの放つ白光の矢がヴェンゲルの赤光の矢に撃ち落とされる様を横目に、私はマルティニ・ヘンリーの照準を合わせていた。

 僅かに遅れてスリーピィも照準を合わせる。

 ともにバッファローを一撃で仕留めるライフルだ。

 いかにヴェンゲルが化け物であろうと、今度こそ――。


『――』


 だが、ヴェンゲルとてウドの大木ではないのだ。

 ヤツは自身の頭上へと魔法のレミントンを向ける。


『まずい!来るぞ!』


 イーディスの警告で、何が来るかは解った。

 とっさに私は照準をずらし、ヴェンゲルの掲げられた腕を狙った。


『――!』


 着弾の衝撃に、ヴェンゲルの銃口は揺れ、ヤツが意図していたのとは恐らく違う所へと、赤い魔法の矢は飛んだ。

 空中で止まった矢が丸く膨らむのを見ることもなく、私達は一斉に「射程外」へと駆け逃げる。


 爆ぜる赤光は、赤い光の雨となって、地面へと降り注いだ。






 ヴェンゲルの魔法の「シャープネル・ショット」が起こした土煙が晴れた時には、襲撃者は皆幻のように消えた後だった。


「……へっ。命拾いしたか」

「コッチがな」


 獰猛に嗤って吐き捨てるキッドに、私は静かにそう告げた。

 一見、我々のほうが優勢に立ったに見えたが、実は違う。

 押していたのは一瞬に過ぎない。

 逆立ちしたってヴェンゲルの装甲を破る確実な手立ては出てこない現状は、何も変わっていない。

 ヤツが退いたのは、ヤツもその道のプロフェッショナルだったからに過ぎないのだ。

 プロのガンマンは、必要な時を除いて危ない橋を渡らない。マズいと思えば何より逃げるに如かずだ。


『……グノーダは』

「あそこだ」


 イーディスが魔法のコルトをサッシュに差しながら呟いた。

 シャープスを構えて辺りを警戒していたスリーピィが、指差す。


 あの散弾の雨のなかにあって、奇跡的なことにグノーダには一発も当たってはいなかったようだ。

 だが、だからといって状況が改善したわけもなく、彼女の胸元はより赤く染まり、今や流れ出る血も止まりつつあった。


『……』


 かろうじて、本当にかろうじて、息はしていた。

 だがそれだけのことだった。

 彼女は死ぬ。その「事実」に、何一つ、変わりはない。

 何一つ。


『――』


 彼女が、何か呟いた。

 掠れるような、仄かな声で呟いた。

 もっと詳しく聞こうと思い、彼女の顔に我が顔を寄せた。

 彼女の白い顔が、いよいよ白くなり、命の源が、躰から抜け出ていく様が嫌になるほど良く見えた。


『――』


 彼女が呟いた。

 ――『声を聞いて』。

 そんなふうなことを、囁いているように、聞こえた。


『――』


 彼女が不意に、私の頬へと手を伸ばし、指で触れた。

 びっくりするほど弱い、弱い力で、私の頬に触れた。


『――時の流れを、あなたに』


 今度ははっきりっと、そう聞こえた。

 その瞬間、なにか奇妙な「ヴィジョン」が、私の意識へと流れこんできた。

 







『五百の伯、五万の兵、五百万の民を統べる者』

『死を乗り越え、時をも超える偉大なるただ一人の者』

『過去の、現在いまの、そして未来の王』

『その名はレドウォルド。その名は赤き竜を意味する』



 空を真っ赤な血の色に染めるのは、街を焼く炎の煌めき。

 焼け落ちるのは家屋ばかりでなく、周囲に満ちる屍の焼ける臭い。

 そして、生きながらに燃え、悶え、苦しみ、死にゆく無辜の人々の臭い。



『西はイストランドの山々から、東はオスカンの海に至るまで』

『馬をい兵を槍を駆り、四界を征せし偉大なる王』

『その名はレドウォルド。その名は赤き竜を意味する』



 巷に満ちる、阿鼻叫喚。

 そこはまさしく地獄だった。

 老いも若きも、男も女も、ひとしく死に襲われている。



『その玉座のおわすのは、ストン・ホーの都、その背後に備わる丘の上』

『六つの天突く塔に、鳥すら超える能わぬ白き壁』

『白きたての内に満つるは、値金五万の財貨、数兵五万の剣槍』

『その全てを有するもの、誰よりも偉大なる王』

『その名はレドウォルド。その名は赤き竜を意味する』



 その地獄のただなかに、ただ独り生きて立ち尽くす男。

 私だ。

 私がそこにいる。

 みなの。

 キッドの、スリーピィの、イーディスの、フラーヤの。

 屍に囲まれてそこにいる。

 血まみれになりながら、立ち尽くす。



『その拳は海を割り、その剣は地を裂き、その槍は空を貫き通す』

『いかなる武者をも超える勇者。戦士の王』

『その名はレドウォルド。その名は赤き竜を意味する』



 私が見つめるのは、巨大な赤い竜。

 火を吹き、この地獄を作り出した元凶。

 大きな、大きな、赤い竜。



 ――その赤い竜と私の眼があった時。

 空気を引き裂く咆哮が熱気を破り響き――真っ赤な口から火が吹かれた。


 そこでヴィジョンは終わる。

 私が正気に戻った時、既にグノーダは、こときれていた。

 魂は天に、躰は地に。

 ――彼女は、死んだ。

 



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