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第22話 トゥームストーン



 ――襲撃者を返り討ちにし、一息つけたの一瞬だった。

 出し抜けに鳴った銃声が、私達の耳朶を打ち、束の間の安堵を突き破ったのだ。


『――くそ!?どこだ!?どこから撃たれた!?』

「いや……こりゃあ中じゃないね。外だ。外から聞こえてきてる」


 身を屈めつつ、周囲を見回すイーディスに、冷静にデリンジャーに再装填するキッドが指摘する。

 私とスリーピィもそれに頷きつつ、手にした隠し武器に弾を込めなおしていた。

 しかしこの手の武器は緊急の時には役にはたっても、普通の撃ち合いに耐えうる代物じゃあない。

 まず何よりも先にすべきは、表に預けておいてきた銃の数々を取り戻すことだ。ガンマンがまともな銃を手にもせずに死んだなんてのは、間抜けすぎて笑い話にもなりゃぁしない。


「とりあえず、ここから移動するぞ。次の敵が来る前に、得物を――」

『待ってください』


 皆を促そうとした私に待ったをかけたのは、ティーメの女神の巫女ことグノーダだった。


『この神殿の入口はひとつ。先ほどの曲者共、そのともがらが神域を侵さんとするならば、まず門より攻めくるでしょう』

「まっすぐ向かうのは危ない、ってことか?」

『その通りです。神殿の番兵も手練ではありますが、「まれびと」の武器が相手とあっては、勝手違いで神域に踏み込むことを許してしまうやもしれません』

「じゃあどうするというんだレディ?生憎だが俺達の今の手持ちの武器じゃ連中には歯がたたんぞ」


 斃した連中の銃は使う気にならないのが本音だ。

 他人の銃というやつは勝手が違って色々と良くない。


『……』


 私の問いにグノーダはすぐには答えず、まず手の内の宝石が先についた杖を構えることで応えた。

 ふと気づけば、宝石がひとりでに輝き始めているのが見えた。キッドもスリーピィも私同様訝しげにその様を伺い、イーディスだけは何やら神妙なモノを拝む調子で、光を見つめていた。


『ひととき、ほんのひととき、ティーメの女神の御徴みしるしを以ってして、時を切り取り、その中を進むのです』


 ――?

 私には彼女が何を言っているのかサッパリだったが、グノーダの言うことを飲み込もうと考えている間にも杖の先の宝石はより強い輝きを放ち始めていた。

 同時に、グノーダの翠の瞳もまた、その色を変じ、怪しげな紫光を灯していた。翠の瞳を持った者はその感情の昂ぶりに伴って瞳の色が変わる、といった話なら前にも聞いたことがあったが、しかしそれに実際に出くわすのは今日が初めてだった。


『――ティーメ・エル・フラ・フェーリエ・ストドゥントゥ』


 焦点の合わぬ、文字通り「神がかった」眼となったグノーダの口からは、私には意味が一切わからぬ奇妙な言葉がずっと漏れでていた。

 最初はつぶやきだったその声も、気づけば叫び声のように大きくなっていく。


『フュイーリン・グリーグ・エル・ヒューエル・ハイト!』


 グノーダがそう叫んだ瞬間だった。

 世界が、私たちを取り囲む世界が、「バラバラに切り分けられた」のだ。

 ――何を言っているんだ?と思うかもしれないが、私にもそうとしか表現できない。

 周りの景色が、まるで包丁でスライスでもされたように、紙のように薄い板状の断片に切り分けられ、光一つ無い漆黒の空間の中を、縦一列に並んでいるのが見えたのだ。

 それはまるで、合わせ鏡のどこまでも続く世界を見せられているような感覚だった。


『――セ・ステーセス・エステン・ティーマ!』


 またどこからともなく、グノーダの声が聞こえた。

 瞬間、私の意識はどこまで並んだ「世界の板きれ」の列をくぐり抜けていた。

 まるで蜃気楼のように、確かに目に映る筈の世界の断片の中を、何の抵抗もなく潜り抜けていく。

 一枚通り抜ける度に、強烈な痛みが頭蓋を貫き、同じ程度に強烈な「熱さ」が頭へと襲い掛かってくる。


 ――しかし痛みや熱さを感じると同時に、脳裏に焼き付けれていく「景色」の数々がある。


 それは未来の景色だった。幾つもの未来の景色だった。

 この事実を私は直感的に理解することができた。

 写真を紙に焼き付けるように、私の頭の中に未来の絵図が焼き付けられていく。

 膨大な量の未来の絵図が頭の中へと投げ込まれ、破裂寸前になっていくのが解った。

 激痛と熱気の中で私は思わず「もうやめてくれ!」と情けない声すら上げそうになったが、その寸前で飛び込んできたグノーダの声のお陰で、私は恥をかかずに済んだ。


『ティーメの女神よ!止め給いし時を、新たなる定めに拠りて動かし給わんことを!』


 その一声で、世界は一瞬で「元に戻った」。

 例の祭壇のある白亜の部屋の真ん中へと、私達の意識は瞬く間に戻ってきたのだ。


「……うげぇ」

「くおぉ……」


 私もスリーピィも思わず膝を突いて、口元を掌で覆いつつ呻いた。

 これほどの気分の悪さはここ数年来感じたことのなかった程だ。

 まだ未熟で自制を知らなかった、ケツの青い若造だった頃に、飲み過ぎで二日酔いになったことがあるが、あれに限りなく近い。それに船酔いを足したような不快感だ。

 スリーピィも同様らしく、珍しく顔を露骨に歪めて苦痛に耐えているのが解った。


「あばばばばばばばば」

『しっかり……せんか……ばかもの……このて……いどで……』


 キッドなどは我慢など全くせずに床の上をのたうちまわっており、イーディスがそれを見苦しいと手で抑えこまんとするも、当の彼女も真っ青な顔をしてフラフラの有り様だった。


『……』


 この場において自分の足で立っているのはグノーダただ一人だったが、そんな彼女も杖を支えにかろうじて立っているだけ、という塩梅だ。目を口を固く閉ざし、じっと堪えている。


『――……――』


 薄く形の良い唇を、ほんの微かに開いて、囁くように、呟くようにグノーダが何事か言った。


 ――瞬間、またも状況は一変した。


「ん?」

「お?」

「あ?」

『ふぅ』

『……なんとかなったようですね』


 さっきまでの悪寒は全て何処かへと消え去り、立ち上がってみてもなんともない。

 キッドもスリーピィも立ち上がり、不思議そうな顔で頬を叩いたり摘んだりしている。

 一方イーディスはため息をひとつついただけだった。彼女は前にもコレを体験したことがあるらしい。


「……今のは?」

『未来です。より正確には、ティーメの女神の定めし、「在り得る未来」への道標なのです』


 問えば、ふたたび要領を得ない答えが返ってきた。

 疑問符が頭の上に浮かぶが、ともかく彼女の言葉の続きを聞いてみる。


『神々は命ある全てのモノに、おのれ自身の意志で未来を紡ぐ力を与え給いました。故に神が我らに下し給う未来の画もまた、それは「今」より起こり得る分岐のひとつに過ぎません。されど、意志を持てど用いる能を有せぬ者には、仮初めの定めとて破ることは叶わぬのです』


 ……やっぱり、結局何が言いたいのか解らない。

 酔っぱらいのサーキットライダー(巡回牧師)の説教でも聞いている気分になってきたが、それも当然だった。

 気づけば彼女はさっき見せたような「神がかった」眼つきになっていて、話し声も徐々に誰に向かって喋るでもない、ブツブツとした呟きへと変じていた。


「……」

「……」

「……」


 私達まれびと3人組は顔を見合わせ、肩を竦めあった。

 ともかく、入り口へと戻らねばならない。






 グノーダが私達に何をしたのか。

 その意味を、すぐに理解することができた。


「……右側の廊下、曲がり角の向こうから、2人だ」

「よし」


 ふと脳裏に「視えた」画に従って、スリーピィと私は曲がり角の陰に身を潜める。

 この神殿の内部は迷路のように入り組んでおり、隠れることのできる場所は多いが、しかし曲がり角で敵と鉢合わせたり、待ち伏せを喰らう可能性も同じぐらいに多いのだ。

 だが今の私達にその心配はない。


「そら」

「きた」

「うげ」


 飛んで火に入る夏の虫。

 曲がり角から顔を出した瞬間、神殿内部に入り込んでいた刺客の横っ面に私のパンチを一発。

 反応する間を与えずに、今度はスリーピィの足払いを一閃。


「ほいさ」

『捕まえた』


 立て続けにキッドが止めの一撃をくれて、やっこさんをノビさせれば、イーディスが素早く縄で縛り上げる。


「いっちょ上がりの――三匹目?」

「だな」


 キッドが聞くので頷いた。確かにこれで、敵のアウトローをとっ捕まえるのは三人目だった。結構な数が、すでに神殿に忍び込んでいるらしい。

 ――それにしても、事前に念入りに準備か訓練でもしなければできない、我らながら見事な連携技だ。

 しかし私達は別に準備も訓練もしたわけでもなく、仮にしていたとしても、ホイホイとここまで手際良く出来るものでもない。

 私達にこんな芸当が可能なのも、それは全て「視えて」いるからだ。

 ……何がって?「未来」に決まっている。

グノーダが女神様の力を借りて見せつけてくれた、「起こり得る未来の絵図」。

 それは確かに私達の目の裏側に焼き付いていて、まるで幻覚のように、時としてその絵図が視界へと映り込んでくる。

 

 つまり、先住民のシャーマンや、交霊会の霊媒師、あるいはカード占い……とにかくそういう類のもの事が、私達の身にも起こったということだ。

 ――「何か」と魂を交わし、未来を覗き見る。

 私達の世界では限りなく絵空事に近いそんなことが、「こちらがわ」では実際に起こるもの事なのだ。


『……神域にこうも無法の徒が土足で踏み込んでいるとは……嘆かわしく……かつ腹立たしい』


 神秘を引き起こした張本人は、私達4人が先行して悪党をとっちめる様を、後ろから付いて見つつ怒ったり悲しんだりしていた。心なしか顔が青白いままで、時々眼つきや言動がおかしくなるが、まぁ一応は元気について来ていた。


『粗相はいかんといった、私の言ったことの意味がこれで解ったろう』

「ごもっともで」


 イーディスがジト目で言うのに、私は素直に頷いた。

 こっちの神様は気前よく奇跡を起こしてくれるということ、それだけに怒らせたらマズそうだということ。

 その二つのことが、今しがたよぉーく飲み込めた。 





 神殿の入り口にたどり着いてからも、グノーダの、というより彼女の女神様の力は「圧倒的」だった。

 神殿前に押し寄せていた刺客共も、彼女を前にして何一つ手が出なかったのだ。 


「畜生!?化け物め!?」

「どうなってやがる!?話が違うぞ!?」

「やってたれるか!逃げろ!」

「逃げるな!逃げたら殺すぞ!」 

 

 銃を撃ちかけてくる「まれびと」の無法者たち。

 しかしその手に必殺の武器を有しているにも関わらず、連中はみな気圧され、今にも崩れ落ちようとしている。

 

『 飛 矢 は 不 動 な り ! 』


 杖を掲げたグノーダがこう神言を叫ぶ時、彼女へと向かう全ての銃弾が空中で静止してしまう。

 それはあまりに異様で、目を離すことの出来ぬ光景だった。

 幾つもの銃弾が空へと縫いとめられ、その中に神のごとく佇む、白亜の巫女。

 未来を垣間見た彼女には、敵がいつ自分を撃つかを悟ることができるのだ。


『糞ったれ!直接ぶった切ってぶち殺してやる!』

『いや殺す前に裸に剥いて落とし前つけさせてやらぁ!』


 「まれびと」のアウトロー達に混じって、少なからず神殿へと押し寄せていたらしいオークの無法者達。

 連中は蛮刀や槍を手に、通じぬ銃弾に代わって、直接グノーダを攻撃せんと突っ込んでくる。

 だが続けて白亜の巫女の口より紡がれる言葉は、さらなる異常をこの場へと引き起こした。

 

『トゥヴィス・キプティン・グー……』


 懸命に、緑の顔を真っ赤にしながら駆けるオークたちが、何故かいつまでたってもグノーダへとたどり着けない。

 その太い足はまるで滑る氷の上にいるように、盛んに靄に包まれた地面を幾度も蹴るも手応えもなく宙を切っているのだ。


『 猛 者 は 亀 に 追 い つ け ぬ ! 』

 

 グノーダの叫びに応じて、連中の足元の靄が濃くなって――気づけば連中の姿は失せていた。

 忽然と、消えてしまったのだ。まるで遥か彼方、時の向こう側まで吹き飛ばされてしまったように――。


「こりゃ、オレっちたちの出番はないかね?」

『いや、巫女がティーメの女神の分霊を降ろせる時間は決まっている。今はまだ大丈夫だが――』


 キッドとイーディスが話している言葉も、私の耳を素通りしていた。

 それほどまでに、私はグノーダの描き出す奇跡の技に、惹きつけられていたのだ。


 それだけに――。

 

『――え?』


 あれほどの力をもったグノーダが、よもや一撃で斃されるのを見た時の衝撃は。

 凄まじい以外に言いようがなかった。


 紅い光が視界を過ったと思った時には、グノーダの胸元には風穴が開いていた。

 美しい白い肢体の上に、穿たれた紅い紅い穴。それは彼女を突き抜けた魔法の弾丸の引き起こしたモノだった。

 グノーダ自身が言っていたことだった。


『神々は命ある全てのモノに、おのれ自身の意志で未来を紡ぐ力を与え給いました。故に神が我らに下し給う未来の画もまた、それは「今」より起こり得る分岐のひとつに過ぎません。されど、意志を持てど用いる能を有せぬ者には、仮初めの定めとて破ることは叶わぬのです』


 ならばこそ、自らの意志を用いる者には、女神の見せた画図もまた用をなさない。

 唖然とする私達の目の前で、グノーダが声もなく崩れ落ちる。


 ――青褪めた馬を見よ、その名は「死」なり。

 ――地獄、これに従う。


 果たして「ヤツ」は姿を現した。


 地獄を連れて、やって来た。





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