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第21話 スリー・バッド・メン




「むむむ」

『何だ、大の男が服のカタログなんぞ睨みつけて』


 ストン・ホーで一戦やらかした翌日、『けむりたなびき亭』の一階。

 私は、朝食をとりながら一冊のカタログと向き合っていた。

 イーディスが隣で飯を食いながら何やら言ってくるが、気にしない。これは私にとって大事なことなのだ。

 カタログと言っても雑貨屋なんかに置いてる通信販売用のヤツのような大層なモノではなくて、銅版刷りの薄っぺらいパンフレット程度の厚さの代物だった。印刷の質も、紙の質もあまり良くはないが、まぁ肝心の内容がちゃんと読めるなら別に問題はない。

 しかして何のカタログかと言えば、帽子のカタログなのだ。

 昨日、ストン・ホーからの帰りに適当な仕立屋によった所、マルトボロの仕立屋組合とやらが出しているカタログを一部貰えた。普段なら店先で選ばせる所を、保安官だから特別に一部譲ってくれるという。他にもお召し物のカタログをどうぞと言われたが、遠慮しておいた。そっちは当座間に合っている。何より大事なのは帽子のことだ。

 西部での暮らしに帽子は欠かせない。それは街だろうが荒野だろうが変わりはない。きつい日差しに、そして雨風から頭を守るために無くてはならないモノなのだ。

 マルトボロは天気が穏やかなまま安定していて、この街で暮らす限りは帽子は無くともすぐに困るということはない。

 だが私は流れ者だ。今は腰を落ち着けていても、いずれは去りゆく身の上だ。

 ならば旅の想い出も兼ねて、ひとつ仕入れておくのも悪くはない。気に入るものがなければ、前のに似たやつを職人に頼めば良いのだ。多少値は張っても、それだけ良い帽子は大事なのだ。


「……これなんか悪くないか」

「俺っちならそれは選ばないねぇ」


 思わず独り言を出ると、すかさずキッドが茶々を入れてくる。

 ニヤニヤと軽薄に笑う姿には、一昨日に見せたような深刻な気配は、あれが何かの気まぐれだったように欠片も見られない。


『……』


 イーディスが憮然とした面でキッドを睨みつけているが、野郎はどこ吹く風だ。

 結局、キッドはイーディスに何ひとつ明かさなかったようだ。どれだけ問い詰められてものらくらと躱すだけで、イーディスも殆ど諦めているらしかった。だが隙あらばとキッドのほうを睨みつけているので、傍にいる私としちゃとても居心地が悪い。

 「俺を巻き込むな」と、キッドのほうに視線を送るが、野郎は相変わらずのにやけ面だ。

 とことん図々しくできてやがるぜこんちくしょう。


『……ええい!』

「あ――オイ!」


 キッドの野郎に意識を盗られていたら、横合いからイーディスの腕がニュッと伸びてきて、私のカタログを引ったくっていった。抗議を挙げる私に対し、イーディスは机をバンと叩いて一喝する。


『帽子のカタログなんぞ後で良いだろう!それよりもだ!』


 まず私を、そして獲られたカタログにつられてイーディスのほうを見てしまったキッドを更に鋭く睨みつける。

 キッドは口笛を吹きながら視線を逸らすが、イーディスの空いた手が野郎の襟元まで伸びて、掴み上げる。


『昨日のアッシュの話といい、レドウォルド王の墓の話といい、いい加減に話がこんがらがってきた以上!』


 襟首を掴んで前後にブンブンと揺さぶりまわす。それでも口笛を絶やさないキッドには感心すべきか呆れるべきか。


『先ず伺うべきは神託だ!アッシュも、そしてキ・サ・マも付き合え!』

「……神託?」


 なにやら、いきなり気にかかる単語が出てきた。

 イーディスがようやく私の方を向いて、そして言った。


『丘の上の神殿だ。お前たちが来ることを予言した、ティーメの女神様のな』

『そこで再び神託を頂く。貴様らの今後を占うためにも!』




 ――そういう訳で、「丘の上の神殿」とやらに私たちは向かっていた。

 珍しく今日は馬車での移動だ。それも荷馬車ではなくて、ステージコーチ(駅馬車)のような六頭立てのちゃんとした馬車で、乗り心地も悪くない。車室自体も広く、私にキッド、そして合流してきたスリーピィにイーディスの四人が入っても、まだゆったりとした余裕があった。

 神聖な場所とのことで、私ら「まれびと」の三人組は、一様に小綺麗な格好にめかしこんでいる。

 代わりの帽子がなかったので、頭の上には何も乗っけずに来た。せめてもと髪の毛だけは卵の白身で整えてから来たが、やはり居心地が悪い。あるべき場所にあるべきモノが無い故の気色の悪さだ。

 そもそもオメカシをして格式張った所に出向くということ自体に慣れていないのだ。そういう場所に出向くならなおのこと帽子のひとつやふたつ被ってくるのがマナーというモノだから、現状は余計に居心地が悪い。

 その一方で、キッドもスリーピィもまるで涼しい顔をしているのだから、なおのこと居心地が悪い。

 スリーピィに関しちゃ違和感は無いのだが、なかなかどうしてキッドの野郎も綺麗にめかしこんだ紳士然とした姿が様になっているに腹が立つ。前にもこの姿はお目にかかったことがあったが、しかし何度見ても不思議でならない。普段は無頼無精が服を着て歩いているような男なのに、どういう手品か、それとも案外産まれは由緒正しいのか。

 ――まあ後者はありえんだろうけれど。


『もう少しで着くが……言っておくがここでの粗相は私も庇いきれんからそのつもりでいてもらうぞ』


 私の向かいの席のイーディスが、面々の顔を順繰りに見つつ言った。

 イーディスの格好はいつもと大差ないが、心なしかただでさえキツい顔つきが今は一層刺々しい。

 それだけ緊張を要する場所ということなのだろうが、いよいよ面倒くさくなってきたもんだ。


『特にこれだけは絶対に守ってもらわねばならないことだが……神殿に武器を持ち込むのは許されない』


 ――と思っていたら、さらに本格的に面倒くさいことになったらしい。


「無理だ」

「無理」

「それはできない」


 私、キッド、スリーピィ。

 三人の声は完全に重なり合っていた。

 それほどの即答だった。


『いいや!私のようなマルトボロ市の騎兵隊の人間でも神殿に武器を持ち込むことは許されない!お前たちも――』

「絶対に無理だ」

「断固拒否」

「不可能だ。ありえない」


 再び、三人の声が合唱のように重なりあった。


『だ、だから何度拒否しようと駄目なものはだ――』

「ぜぇぇぇったいに無理だ!」

「拒否!拒否!断固拒否!」

「できないものはできない。不可能だ」

『――……』


 みたび、三人の声が重なった。

 イーディスも流石に閉口したらしく、二の句がつげなくなってしまっている。


 だが私達の反応は、陽が東から昇るのと同じぐらいに当然のことだった。


 ガンマンにとって銃とは体の一部だ。腕や足が切り離せないように、ガンマンと銃を切り離すこともできない。

 なによりそんな大事な話を、目的の場所の近くに来てから教えるイーディスも考えが足りていない。

 武器の持ち込みが禁止というのならば、最初からここまで大人しくついて来たりはしなかったものを。

 

『……し、神殿は外を警備の者がびっしりと固めていて、蟻の入り込む隙間もない!武器がなくとも問題は――』

「大有りだ。生憎だが、『こっち』の常識じゃ武器を手放すのは囚人になった時だけでね」

『ぬぬぬ……どうしてもか?』

「どうしてもだ」

『……』

「……」


 しばし睨み合う私とイーディス。

 嫌な静寂の間がほんの数秒だけ流れた後。


『ええいッ!つべこべいわないでとっとと腰に吊るしたヤツをコッチに――』

「そんなことできるか!俺たちゃもう帰るぞこんなところに――」


 まぁ喧々諤々のすったもんだありまして――。





『ようこそまれびとの皆様。お待ちしておりました』


 ――まぁ結局、こっちが折れる破目になった。

 しぶしぶ銃を門番に預け、限りなく丸腰に近い状態で今は神殿の内だ。

 「限りなく」と言ったのは、全部大人しく渡すほど私もトンマではないということだ。

 どこに何を隠したのかは秘密だが、ガンマンたるもの、いざという時の備えだけは欠かしたことはない、とだけ言っておこう。

 キッドもスリーピィも、恐らく何らかの形でエース・イン・ザ・ホール(最後の切り札)を忍ばせていることだろうし。


『わたくしはグノーダ。過去と未来、そして現在を司る時の女神に仕える者です』


 さて、話を目の前のことに戻すと、私達は白亜の神殿――大理石、あるいはそれに似た石で出来た立派な神殿だ――の奥、何やら祭壇らしきもののある部屋で、一人の女と対面している所だった。

 美しい女だった。殆ど銀色に近い金の髪に、柔らかい優しげな造作の相貌、胸元や太ももがふくよかでいて、それ以外の部分は程よく引っ込んでいる。そんな肢体を強調する、肌に張り付くような薄手の白いドレスを身にまとい、手には先に宝石のついた長い杖を携え、頭には蔓草で編んだ冠を載せていた。

 声はフラーヤともイーディスとも違う、抱擁感のある顔からの印象そのままの、優しげな調子だった。

 部屋に入る前にイーディスから聞いた話だと、この神殿の女神様に仕える巫女とのことだった。

 おそらく、先住民の村にいるシャーマンみたいなものなのだろう。シャーマンたちがそうであるように、何か薬草の匂いのようなモノが、彼女の周囲には漂っていた。


『あなたがたが来ることは、我らがティーメの神より宣託を賜わったが故に知っていました』

 

 私達は三人横並びに、手を後ろにやって組んでかしこまっていた。

 背後ではイーディスが一挙一投足、粗相は見逃すまいと目を光らせている。

 あれで躾け用の鞭でも持っていれば、まさしく学校の煩い先生だ。居心地が悪い。全くもって具合が悪い。


『聞く所によれば、あなたがたがこの地に現れた由縁、そこに古のレドウォルド王が関わっているとのこと』

『しからば過去と未来、そして今を司る我らがティーメの女神に申し上げ、まず過去よりの声を呼び覚まし』

『しかる後、今の、そして未来の声をお聞かせ頂かんことを、こいねがいましょう』


 ゆっくりと、文と文、単語と単語を区切りながらグノーダは喋る。

 それが巫女としての作法なのか、それとも単に彼女がそういう喋り方なのか。

 しかし彼女の声がおっとりと柔らかで、不快などころかむしろ耳には心地よかった。


『さればこれより、ティーメの女神に畏み畏み申し上げんが為に、あなたがたのお力をお借りして――』


 とまぁそこまで彼女が話した時だった。


「おっと!そこまでだ!余計な詮索は無用だぜ」


 その柔らかな声に聞き惚れていた私の耳に、無粋な濁声が割って入ったのだ。

 ハッと驚いてグノーダが振り返れば、部屋に幾つも立った柱の陰から、明らかに荒くれ者な男たちが姿を表したのだ。

 しかもその格好は私達と同じ、つまりあからさまに「まれびと」であった。

 その数は、3人。数では同数だが、連中の手にはコッチと違い、ちゃんと銃があった。


『きさまら!?どっから入った!衛へ――』

「おっと叫ぶなよ!叫べば大事な巫女さんがどうなるかなぁ!」


 1人がイーディスに、もう1人がグノーダへと銃口を向ける。

 グノーダは心底驚いた様子で、自分に向けられた銃を目を丸くして見つめていた。


『……どうやって?この神殿には武器を持った者は入れぬよう、結界が――』

「らしいねぇ」


 殺し屋の1人が、グノーダの言葉にニヤニヤと嫌な笑いを返す。


「ココまで俺らを送ってくれた『旦那』が言うには、その結界……だかなんだかで防げるのは、コッチの武器だけなんだと」

『!?』

「へへへ解ったかい?つまり俺らの武器には働かないってこった。困ってた旦那はだから俺らを寄越したって訳だ」

『あ……あなたたちは何者?誰の差金で……』

「んなこたぁどうでも良いさ。ただまぁ俺らや『旦那』の邪魔になる連中は」


 ――「ここで消えてもらう」とか何とか言うつもりなのだろうが、皆まで言わせる義理はない。


「オイ」


 私は口を挟んだ。


「あ?」


 三人の殺し屋の、6つの視線が私に突き刺さる。

 私は連中の顔を眺めながら、静かに告げた。


「武器を下ろせ。そうすれば縛り首だけは勘弁してやるぜ」


 私の言った内容を、聞き間違いとでも思ったのだろうか。

 三人は顔を見合わせ、また私のほうを見て、また顔を見合わせ、最後には苦笑いを浮かべた。


「……おいオッサン。てめぇのほうは律儀に武器を表に置いてきたんだろ?強がってんじゃねーぞ」

「虫を殺すより簡単に殺せるんだぜ?解ってんのかオッサン」

「頭の中身がお留守なんじゃねーの?その歳でもうボケたのかよ」


 さんざん好き勝手言って、ゲハハと下品に笑う。

 連中が顔を見合わせていた隙に、上着の左ポケットに伸びていた手のひらが、その中に潜んでいたモノに触れた。

 コイツを使える体勢になるまで、もう少し時間が必要だ。


「まるでメダカだねぇ」


 私の目論見を察したのか、キッドがここで口を挟んできた。

 連中の意識が、キッドの方へと向く。


「メダカだぁ?」

「そ。メダカ。弱くて小さくて、だからよく群れる」


 キッドが連中に嘲笑を浴びせた。連中の銃口が一斉にキッドの方へと向く。


「おい。口の利き方に――」

「そしてメダカは」


 連中の口上をキッドが遮った時、私のほうの準備は整っていた。


「すぐに死ぬ」


 それが合図だった。

 私がポケットの中で、掌の内のモノを握りこんだ時、内側から布地を突き破って、32口径のリムファイア弾が火を吹いた。


「うごっ!?」

「!?」

「!?」


 それは必殺には届かない威力の弾丸だ。一発突き刺さっただけでは傷が浅い。

 だから私は、手の中のソレの残弾が尽きるまで、撃ち続ける。


「が」

「ぎえ」

「ぎょ」


 ポケットから飛び出した掌は、手の内のそれを「絞り」続ける。

 装弾数は7発。1人に3発。残り2人に2発ずつ。

 1人は斃しきるが、残り2人はまだ生きている。


「くそっ」

「垂れがぁ!」


 連中は最後の力を振り絞り、私を狙うが、果たせない。

 私に続いて鳴った銃声。私が射ったのと同じような小口径弾が、残りの2人に完全にトドメを刺した。


「危機一髪?」

「でもなかったな」


 キッドとスリーピィだった。

 ふたりともどこに隠していたのか、キッドの手にはレミントン・デリンジャーが、スリーピィの手にはシャープス四連発ポケットピストルがおさまっているのが見えた。どちらも手のひらサイズの、隠し持つために造られたピストルだった。


「それにしても、オッサンのそれ何よ?」

「たしかに。私もそれは初めて見たな」


 2人は各々の隠し武器をしまい込みつつ、私の掌のうちをしげしげと眺めた。

 確かに私の掌の内にある代物は、かなーり珍しい代物だった。

 フランス製の試作品で。マルティニ・ヘンリーを仕入れた業者が、面白いからと一品贈ってくれたモノだった。

 それは私の七つ道具のひとつとして、こうして切り札として役に立った。


「プロテクター・パーム・ピストル……って名前で売り出す予定だそうだ」


 レモンプレス(レモン絞り器)にも似た、世にも珍しい「握り込んで撃つ拳銃」を見せびらかしつつ、私は得意気に笑った。

 そしてその笑いは、命拾いしたが故に怒るに怒れない、怒りを必死に堪えるイーディスの物凄い顔に、しぼんで消えてしまうのだった。



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