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第20話 ブラッド・アット・サンダウン



 改めて私は、突如目の前に立ちふさがった怪人の姿を、つぶさに眺めた。

 金色に輝く丸い兜は、閲兵式かパレードで騎兵がかぶる儀礼用のヘルメットのようで、実用品というよりはやはり儀式や式典に用いる飾り物といった印象で、よく見れば表面隈なく細かい装飾が施され、何か複雑な図像のレリーフが彫ってあるのが解った。

 顔を覆うマスクも同様で、顔を守るというよりも、芝居で役者が被る仮面に近いシロモノだ。

 髭面の男の顔をした形状の仮面は、かなり細かい部分まで細工されて、その微妙な凹凸に陽光が刺さって複雑な色合いを描き出している

 加えて盾、槍、そして真紅に染め抜かれた衣や白のマント、つまり身にまとい手に備わった全てが、先住民の偉大な戦士のように飾り立てられているのだ。


「……」

『……』


 だがそれら目立つ特徴以上に私の目を引きつけたのは、ヤツの双眸だった。

 金の眼に、黒い瞳。

 トカゲか蛇のように、細長く鋭い、真っ黒の瞳。

 深い炭鉱の穴の奥のような、一切光らぬ黒い瞳。

 それは金の眼のなかで酷く映え、異様な印象を私の心に植え付ける。

 ――人間ではない。

 かつて対峙した、スツルームの魔術師たちの、あの紅の瞳を思い出す。

 あれと同種の、危険な気配がそこにはあった。

 冷や汗で背中が濡れるのが解ったが、努めて体の緊張を殺す。

 腕を真っ直ぐに伸ばし、コルトの銃口を真っ直ぐに突きつける。

 照準は真っ直ぐ、ヤツの金の眼へと合わせて揺るがない。


「……」

『……』


 撃鉄は既に起きていた。あとは引き金を弾くだけでいいが……しかしだ。今のところ、何をされたという訳でもなく、ヤツから何か話しかけられた訳でもない。

 気づけば近くに立っていた、というだけで私がヤツを撃つのだとしたら、私に正当防衛は成立しない。

 アメリカの治安判事なら間違いなく私を殺人罪で縛り首にするだろう。

 ――だがヤツの持つ気配は、それだけで銃口を向けるに値するモノだった。

 戦時中に幾度と無く感じた、自分を探る北軍兵の視線。あれと全く同質な気配だった。

 ――つまりは「敵」だ。それだけは解る。


(だが……何故だ?)


 私は疑問を覚える。

 目の前の異形がワンアイド・ジャックの一味には到底見えないのは当然としても、私を恨み付け狙っているスツルームの魔法使いの連中とは、その格好があまりに違いすぎる。体格や僅かに覗く肌の色からすると、オークでもない。

 つまるところ、私はやっこさんの氏素性など知らないし、検討もつかない、ましてや殺気を向けられる理由など無い――こともないかもしれないが、少なくともコイツから向けられる謂われなど無い、筈だ。


(……いっそ、問いただしてみるか?)


 そんな考えが浮かんだ。

 ひょっとすると、何か勘違いしているのかもしれない。私と似たようなダスターコートを着た奴ならばワンアイド・ジャックの一味にもいたはずだ。そいつと私を取り違えている可能性もありうる。あの連中なら不用意に人の恨みを買うこともあるだろうし。


「俺は――」


 銃口を少しだけ下げて、敵意はないと伝えるべく口を開いた瞬間だった。

 話しかけることに私の意識が向いた、その一瞬だった。


 ヤツが宙を舞った。


「ッッッ!?」


 私の体にかかる影を感じた時には、無意識の内に下がっていた銃口が空へと跳ね上がっていた。

 銃身が持ち上がると同時に、流れるように弾かれた引き金に応え、コルト・ネービーが火を吹く。

 意識の空隙を突くことはできても、私の無意識を欺くことは出来ない。

 幾度と無く繰り返した、戦いの経験は体に染着き、私の考えを超えて自然と腕を突き動かしたのだ。


『!?』

「!?」


 しかし完璧に放たれた一撃はヤツに「防がれ」る。

 ヤツの手にした盾が、必殺の銃弾をはじき返したのだ。

 同時に、私はヤツが防いだ事実に、ヤツは私の攻撃に驚き、動きを鈍らせる。

 ヤツは私の頭上を跳び越え、私はその姿を黙って見送ってしまった。

 振り向きざまに追い打ちをかけようとするも、その時には既に、ヤツの姿は別の建物の陰へと駆け込んだ後であった。

 咄嗟に撃った一発も、ヤツの足跡を穿ったにすぎない。


「チィッ!」


 左手のコルトの撃鉄を起こしつつ、手綱そのまま右手でもコルトを抜く。

 左右合わせて残弾は10発。加えて後ろ腰のトランターに5発。そして鞍ホルスターにはコルト・ドラグーンが差さっており、残弾は6発そのままだ。


(こんなことならロールケースのほうも持ってくるんだったぜ……)


 舌打ちするが、後悔しても始まらない。

 今重要なのは、この危急を脱すること。ならばそれに専念するのみ。


(サンダラーで出口まで一直線……とはいかないか)


 背骨にひしひしと感じる敵意の視線。

 その量は間違いなく、先程よりも数を増している。

 どこに隠れていたかしらないが、敵は大勢だ。うかつに動いて待ち伏せを喰らうなど笑い話にもならない。

 しかしかといって座していれば包囲されて袋叩きに合うだけだ。

 慎重かつ迅速に、銃口をちらつかせながら退く。これしかあるまい。


「……よし」


 右手の手綱を口に移し、咥える。

 足でサンダラーに前へゆっくりと進むように促す。

 どうどうと真っ直ぐ、外へと出て行ってやるのだ。コッチに飛び道具があると解った以上、相手もそう迂闊に攻めては来まい。

 ――などと考えていたのだが。

 甘かった。


「!?」


 私は馬上より咄嗟に飛び降り、地面に体を転がす。

 ゴロゴロと転がりつつ立ち上がり、壁に背をつけ、微妙なくぼみに身を隠しつつ左右にコルトを構える。

 帽子のてっぺんより、熱さを感じる。髪の先が少し焦げたのか、嫌な臭いが鼻を突く。

 辺りの家々へと視線を巡らし、目当てのモノを見つけた。

 土壁のひとつに、焦げたような跡がある。今もなお煙が燻っているのがハッキリと見える。

 「おそろしく熱い何か」が空中を駆け抜け、私の帽子の先と髪、それに壁を焼いた。それだけは解る。

 避けるのが遅ければ、心臓に火矢を受けたようになったかもしれない。


(連中……正体は解らんが、飛び道具を持ってやがる!)

 

 サンダラーに視線で家の影に隠れるように促す。

 愛馬を撃ち殺されれば「チェック」だ。

 カウボーイ同士の諍いなら、貴重な戦利品となる相手の馬は殺さないが、そんな常識はここでは通じない。

 賢い彼が奥に引っ込むのを見送りつつ、右手のコルトを戻し、すれ違いざま鞍からコルト・ドラグーンを引き抜く。

 45口径ホース・ピストルの威力、連中に存分に味あわせてやる!


「……」


 コルト・ドラグーンの長い銃身を、帽子の庇にひっかける。

 随分と長く慣れ親しんだ一品だが、致し方あるまい。それなりに値は張った代物だが……どれでも命よりは安い。

 私は帽子を投げた。

 ――おびただしい数の赤い光の線が、視界を横切り、帽子を蜂の巣にする。

 穴だらけになった帽子はいよいよ燃え出し、真っ黒な煙を吐きつつ地面に転がる。

 しかし帽子の犠牲でようやく解った。

 少なくとも今私を狙う相手は三人(“人”と言って良いかは怪しい)。

 謎の光線の飛んできた向きと、射線から割り出したのだ。

 それにしても、恐るべき連発速度だった。一方から最低3条の赤い線が飛んでいたのが見えたのだ。


(見えたってことは、銃弾よりは遅い。……だが矢よりは速い)


 避けるのは至難。ならばどうする?


「……」


 左のコルトも一旦しまって、後ろ腰のトランターのほうを抜いた。

 人差し指と中指をトランター特有の上下2つの引き金に掛けた。

 この2つを同時に弾くことで、トランターはダブルアクション

 呼吸を整え機を探り、私は銃身のみを敵のいる方向へと物陰から突き出し、素早く2連射!


「タアッ!」


 物陰から身を躍らせつつ、逆方向にも素早く3連射!

 しつつ這うように、もっと隠れやすい物陰へと転がり込んだ。

 盾とした壁に、次々と赤の線が突き立つ音が響く。

 牽制の銃弾は想定以上にモノを私に与えた。場所を変えて動きやすくなったのみならず、二度の攻撃で敵の位置がほぼ確実に解ったのだ。

 撃ってくるモノは恐ろしいが、肝心の射手が狙撃のABCを解ってないらしい。

 スナイパーは位置がバレたら終わりだ。私の師匠がそうだったように。


「……」


 トランターを後ろ腰に戻し、コルト・ドラグーンを両手で握る。

 ピストルは本来片手で撃つものだがコイツはホースピストル。その強烈な反動を制し、弾道を真っ直ぐにするには両手持ちが一番だ。

 体勢を整えながら、私を狙う敵の気配を探る。

 最初の帽子のブラフに、トランターの牽制射撃。

 敵は次の攻撃には少しだけ慎重になってくる筈だ。つまり、私の姿を確認してから赤い光の矢を放つまでに間が空く。ほんの僅かの、あるかないかの間が。

 ――そこを突く。


 私は悠然と物陰から歩み出て、姿を晒した。

 そのあまりにスローで呑気な登場に、敵の虚を突いた。

 慌てて何かを構えた人の影を見つけた時には、コルト・ドラグーンの狙いは完全に定まっていた。

 引き金を弾く。

 爆音!そして反動!

 拳銃とは思われぬ強烈な衝撃を、腕より肩に伝わる前に、腕を曲げて受け流す。

 45口径の鉛球は影を射抜いて、バッと赤い血の花を咲かせたのが見えた。

 赤い血が出た。ならば敵は生きた人間だ。恐れる必要はない!

 素早く身を躍らせ、別の物陰へと隠れる私の心は、完全に平静を取り戻していた。

 例の赤い光線が壁に打ち付けられても、さっきほどの恐怖はない。

 これは銃弾で、敵はガンマンと同じだ。そう思えばいい。ならばいつもと、やることは変わらない。


(マントみたいなのを着ていたな)


 一瞬だけ見えた敵の姿を思い返す。

 槍に盾を持ったヤツとは明らかに違う姿だ。

 今私を狙っている、残りの連中にもあの目立つ姿は見えなかった。

 ならばヤツはどこだ?


(射撃で注意をひきつけ――)

「背後をとる!」


 左手でコルト・ネービーを抜き、背後の空間に1発!反動を利用して撃鉄を素早く起こし、さらにもう1発!

 銃弾は2発とも盾に防がれる。だが牽制にはなった。

 感じた気配と読みは正しかったのだ。盾を構えたヤツが私へと突進をしてくる姿が、振り向いた私によく見えた。


 コルト・ドラグーンを今度は右片手で構える。

 この間合ならば、狙う必要は、ない。


『!?』


 銃声と甲高い金属音。銃弾はやはり盾に命中し、今度はそれを衝撃でかち上げた。

 たとえ装甲を貫けなくとも、衝撃は相手に伝わる。それで充分だった。要塞の門は空いたのだ。

 左手のコルトの照準がかち上げられた盾の向こう、がら空きの胴へと合わさる。

 まずは1発!ヤツの体が、着弾に揺れる。

 次にコルト・ドラグーンの銃口を、揺れる奴の上体へと向け、さらに撃つ!

 45口径の1発に、くるりと反転しながらヤツの体が吹き飛び、地に伏した。


「……」


 胸板に2発。流石に死んだと思い、まだ残る敵の射手のほうへ意識を戻そうとする。

 途中で止める。まだ、ヤツの臥した体から出た血を見ていない。

 確認しようとして振り向いて気づいた。奴の手は未だに槍を固く握ったままだった。


「ッ!」


 もう1発、お見舞いしようとした所で、ヤツの体が地面からバネの仕掛けの人形のように跳び上がった。

 攻撃を予期し、身を屈めんとするも意外、ヤツは宙高く舞い、手近な家の屋根の上に跳び乗ったのだ。


 その胸元には穴が空いているものの、血は一滴も流れだしてはいない。

 例の怪しい眼光も、依然ギラギラと金の光を投げかけてくる。


「――」

『……』


 時間にしちゃ2秒にも満たない間だけ、黙って見つめ合う。

 直後、ヤツは現れたのと同じぐらい唐突に、その姿を空に踊らせ消えた。

 同時に、射手の気配も消えたのに、少しして気づいた。


 隠れていたサンダラーが気配を察し、陰より出てきて私の傍らへとやってくる。

 私はコルト・ドラグーンを鞍ホルスターに戻し、開いた右手で愛馬の顔を撫でた。


 死の街には再び、私とサンダラーだけになっていた。

 ただ風が吹き抜け、陽は相変わらず照りつけていた。




 しばらく、街を探ったが、有益なモノは何一つ見つからなかった。

 唯一の成果は、斃した射手のいた場所に残った血の跡だけだった。

 屍体は無かったが、血の跡がある事実が、今日の出来事が幻ではなかったことを教えてくれた。

 日没を前にして、私は廃都を離れた。

 マルトボロに帰る道すがら、丘の上からストン・ホーを振り返る。


 死の都には夕陽が照りつけていた。

 それはまるで血の色のようであり、不吉な気配を漂わせていた。

 私は予感した。嵐が近づいてくるような、そんな感覚を、血の夕陽に覚えた。

 果たして翌日、そのとおりになったのだ。



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