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第02話 ラン・マン・ラン



 ――空飛ぶトカゲ鳥。

 私達へと頭上より襲いかかってきた怪物を最も簡潔に表現するならそうなるだろう。その巨体は灰色熊

 牙の生え揃った巨大な細長い頭はまさにトカゲで、しかも何か角のようなモノが後ろの方へと向けて生えている。鉤爪の生えた足は2本で、そして前足あるいは両手に当たる部分からは巨大な一対の翼がのびていた。翼と言っても鳥のように羽の生えている訳ではなく、むしろ蝙蝠の翼に近い。羽の代わりに膜みたいなのが生えているアレだ。バッサバッサと物凄い音を立てながらはばたき、時に滑空し、私達へと向けて上空から急降下してきたのだ!


「お、おい!?オッサ――」

「つべこべ言うな!逃げるぞ!」


 キッドを殆ど引きずるようにして私は走る。サンダラーへと向けて走る。

 前に「こちらがわ」へと迷いこんだ私だから解る。アレはやばい。アレは絶対にやばい。

 しかるに私は一目に退散した。生憎だが私には誇りが掛かってない状況で化け物退治に命を張る趣味は無い。


「うわぁぁぁぁぁ!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

「うぎゃぁぁぁぁっ!?」


 ワンアイド・ジャックの手下共が騒ぎ立てる。空へと向けて各々の得物を撃ちまくるが、あんな盲撃ちで当たる訳もない。


「うわぁぁぁぁ――うごぉえ!」


 そしてトカゲ鳥の急降下の一撃。運の悪い手下の一人が、頭からバックリと喰われたのだ。運の悪いソイツを咥え込んだまま、化け物は再び宙へと舞い上がる。


「ぶ、ブラッキーのやつが喰われたぁ!?」

「逃げろ!にげろー!」


 ジャックの手下達は仲間の死に恐慌し、もう算を乱して逃げ出す寸前だった。


「馬鹿野郎!隊列を乱すな!次の攻撃の時に一斉射撃で仕留めりゃあ良い!」


 しかし元騎兵隊の大尉殿だったワンアイド・ジャックである。手下たちの間を大喝しながら駆けまわり、必死に統制を保たんとしてる。ヤツ自身も慌てている筈なのだが、それをおくびにも出していない。

 ――良し。化け物の相手は連中に任せよう。

 そしてその隙に、私は2000ドルの荷物と一緒に逃げるとしよう。

 どこへ?取り敢えずあの化け物から身を隠せる岩場までだ!


「畜生また来るぞー!」

「騒ぐんじゃねぇ!ちゃんと俺の号令に従ってやれば間違いはねぇ!相手はたかがデカい鳥だぞ!」

「でも隊長!アイツは頭がトカゲみたいな――」

「あれは鳥だ!俺が鳥と言ったから鳥だ!わかったか!」


 ジャック一味の怒号を背中越しに聞きながらに、私とキッドはサンダラーまで辿り着いた。

 ロールケースにイエローボーイを一旦戻し、そしてキッドを自分の後ろに乗せる準備をする。ロバにコイツを載せて曳いていたのではスピードがまるで亀だ。一刻も速く逃げるには、不本意だがコレ以外には手がない


「……賞金稼ぎがいらっしゃらないようで」

「何?」


 私が鞍の調整に意識をとられていた横から、キッドがそんなことを言い出す。

 見れば確かにスリーピィの姿が見えない。ピンカートンの賞金稼ぎは随分と身軽なようだ。


「好都合だ。今なら邪魔者はいない。逃げるぞ」

「おたくの馬に乗せてくれんの?俺っち感激で胸が裂けそう」

「言ってる場合か!早く乗れ!」


 キッドを無理やり押し上げて鞍の後方に乗せると、私もサンダラーに跳び乗った。

 そしてキッドの胴と私の胴を縄で繋ぐ。コイツの両手を縛ってある以上、こうしないと落馬の危険がある。


「んまぁお熱いのねオジサマ。あたくしとご自身のお体を縛って離さないように――」

「次に気色悪い声を出したら舌を引き抜いてやる!」


 この切羽詰まった状況でもやっこさん、軽口が止まらない。取り敢えず一声怒鳴って、私はサンダラーに拍車をかけた。


「ハイヤー!」

「あ!南部野郎!テメェ!」


 ようやく逃げる私とキッドに気づいたジャックだったが、空の化け物に備える為に私には注意を割けない。

 私はヤツへと向けてこう言い残してやった。


「アディオス・アミーゴ(さらば我が友)!生きてたらおととい会おうぜ!」

「くたばれディクシー(南部野郎)!」


 最高の別れの挨拶を交わし、私は全速力で逃げ去る。

 遠ざかっていく場所からは号令と銃声が聞こえてくるが、振り返らない。今はとにかく走るのみ。

 ひたむきに、ひたすらに、走り続ける。


「……あのさぁ」


 しばし岩場を探して走り続けている私。そんな私に、キッドが何か言ってきた。

 取り込み中だ。無視する。 


「ねえちょっと」


 無視する。


「あのねぇ少し悪いんですけどねぇ」


 無視する。


「ねぇ聞いてるの」


 無視するの。


「その歳で耳が遠くなってるのかよオジン!」

「うるせぇなんだ!」


 無視……できなかったので怒鳴り返す。

 するとやっこさん、とんでもなく有難くない知らせをもたらしてくれた。


「気のせぇかも知んないんだけど……なんか追ってきてるよ」


 ――追ってきてる?何が?

 私は思わず振り返った。そして見た。魂消た。


「でしょ」

「でしょじゃねぇ!」


 化け物は「2匹」いた!今やはるか遠くでワンアイド・ジャック達と死闘を繰り広げているのとは別のトカゲ鳥が、私達を追跡してきていたのだ!


「畜生!あっちのほうが獲物が多いだろうが!」

「動物は逃げる方に寄って来るってママンに聞いたぜ」

「ああそうかい!」


 言われてみりゃその通りだった。獣というやつは、特に肉食のヤツには背中を見せるのが一番危ないのだ。ヤツらは立ち向かってくる獲物よりも、背中を見せて逃げようとする獲物こそを先に狙う。そっちのほうが狩るのが容易だからだ。


「うわあ。どんどん近づいて来てます来てます」

「言ってる場合かテメェ一緒にヤツの腹の中だぞ!」

「それが嫌なら何とかしなよオジサン。あいにく俺っちもこんなむさいオッサンと心中はゴメンよ」


 またも器用に肩を竦めるキッドを殴りそうになって、堪える。今はそんなことをしている場合ではない。

 サンダラーは駿馬だが、二人載せてではスピードが出しきれない。ましてや相手は空を飛んでいるのだ。私とトカゲ鳥の距離はぐんぐんぐんぐん縮まっていく。


「DUCK YOU SUCKER! / 落ちろ、糞ったれ!」


 私は左のコルト・ネービーを抜いて後ろ上空へと向けてぶっ放した。当たることは期待してない。音と煙でビビれば幸い程度の目論見だが、トカゲ鳥は気にした様子もなく、迫ってくる。


「このままだとジリ貧だけど……どーすんの?」

「……こうなったら」

「こうなったら?」


 キッドが聞いてきた。こうなったらどうするか。そんなことは決まっている。


「迎え撃つ!ハイヤー!」


 手綱を切って、サンダラーの馬首を巡らせる。Uターンだ。

 そして私は手綱を口に咥えると、二丁のコルト・ネービーの両方を抜いた。36口径拳銃弾はあのクラスの化け物を相手にするには1発では威力不足だ。だが二丁拳銃の真っ向乱れ撃ちなら話は別だ。

 ――そのデカい頭に11発ほどブチ込んでやる!


「ちょちょちょ正気なのー!?嘘でしょー!?」


 よもや私が真正面からヤツに向かって行くとは思っていなかったらしいキッドは悲鳴を上げた。

 そう情けない声を出すなキッド。私のヤツを斃し切れなかった時は、お前さんも一緒に喰われるだけだ。それだけの話なのだ。

 トカゲ鳥は低空飛行に入ると、私へと向けて宙を滑るように向かってきた。

 私はヤツへと二丁のコルト・ネービーを構えた。だが撃たない。まだ間合いが遠い。

 ヤツがと私の間はぐんぐん詰まっていく。だが私は撃たない。あの大きさの化け物に有効打を与える為には、ヤツの縦長の瞳と白目の両方がハッキリと見分けられる距離まで詰める必要がある。

 つまりこれは根比べだ。我慢しきれずに私が撃ち始めればヤツの勝ち。逆に間合いを詰めるまで我慢しきれば私の勝ち。

 そしてこの勝負……私の勝ちだ!

 ヤツがその顎門あぎとをバックリと開き、巨大なナイフのような歯の生え揃った口内を見せた時、私はコルトの引き金を弾いた。弾き続けた。

 次々と銃弾がヤツの口の中に、舌に突き刺さる。トカゲ鳥は絶叫し、悶え、宙へと逃げ飛んだ。


「かがめ!」


 私が咄嗟に叫ぶと、それに合わせてキッドがかがむ。間一髪、頭上をヤツの鉤爪が通り過ぎていく。

 空を仰げば、ヤツは宙高く飛び上がっている所であった。

 だが――。


「やつさん、諦めてないみたいだぜ」


 キッドの言うとおり、ヤツは空高く舞い上がった所で、そのまま飛び去らずにクルリと大きく旋回したのだ。

 ヤツめ、もう一度仕掛けてくるつもりらしい。口の中を傷つけられて、怒り心頭と言った所か。

 ――良いだろう、相手になってやる。


「どう、どう!」


 私はサンダラーを止まらせると、ナイフを抜いてキッドと私とを繋いでいた縄を切る。鞍より飛び降り、ロールケースを再度開いた。先ほど撃ちそびれたイエローボーイを取り出そうとして……止める。あの化け物を相手にするなら、もっと適した代物が7つの銃の中にはあったのだ。

 私が取り出した銃を見て、キッドがまたも口笛を吹いた。

 一見、ごくごくありふれた水平二連式の散弾銃である。横並びに2本の銃身が備わり、撃鉄と引き金が2つずつあるという、構造的には別段変わった所もない普通の散弾銃だ。

 だが銃口の大きさが半端ではない。なにせ8ゲージ(83口径)もの大きさを誇るバケモノ散弾銃なのだ。

 通常、散弾銃と言えば12ゲージ(73口径)のモノがは一般的で、駅馬車の護衛なんかが使う対人用の強力なヤツでも10ゲージ(77口径)が普通だ。8ゲージなんてのは灰色熊のような大型の動物をしとめるのに使う特殊な代物で、普通のガンマンならばそんなものは持ち歩かない。必要ないからだ。

 だが私は知っている。「こちらがわ」の世界にはとんでもないバケモノが大勢居るという現実を。だからこそ私は威力が過剰過ぎる8ゲージの散弾銃を選んだのだ。

 金具が外れるカチッとした音が響けば、中折れ式の銃身が展開され2つの装弾口が露わになる。コートの内側に忍ばせた散弾を2発取ると、右左と装填しガシャリと銃を元に戻す。

 その間にもヤツは再攻撃の態勢を整えていた。今度は私の頭上より一気に急降下し、私を食い殺すつもりのようだ。だが今度の私はヤツと我慢比べをするつもりはない。

 ヤツの方へと向けて二連式の銃口を向けると、迫るヤツの翼、その付け根の辺りに狙いを定めた。

 ――ギャォォォォォォン!

 トカゲ鳥が吼える。今度こそ私を喰い殺さんと、バックリと口を開いて襲ってくる。

 だがこの間合では、私の勝ちだ。

 ヤツが充分に迫った所で引き金を弾く。物凄い反動を肩から体を突き抜ける。それと殆ど同時に、ヤツの翼には散弾が突き立った。

 ヤツが叫ぶ。ヤツの翼の付け根の、鱗をぶち抜いて大型散弾が突き刺さる。そして散弾の一部はトカゲ鳥の翼の皮膜をズタズタに引き裂いていた。

 ヤツは空中で悶え、コントロールを失った。空中でバランスを崩す。

 私がサッとしゃがむと、今度も頭上をヤツの巨体が通り過ぎて行く。だが今度の向かう先は空ではなく地面だ。

 土埃と砂煙を上げ、ヤツの巨体が地面に沈む。だがそれでもヤツは生きていた。破れた翼を懸命に動かし、2本の足で立ち上がらんとする。痛みと怒りで、聞く私の耳が破けそうな声で叫び続ける。

 私はつかつかとヤツに歩み寄った。ヤツは近づく私へと牙を剥き、噛み付かんとして――。


「アバヨ」


 私は開いた口に散弾銃の銃身を突っ込み、引き金を弾いた。大型の散弾はヤツの頭を内側から突き破った。血と肉を巻き垂らしながら、ヤツは少し蠢き、そして巨体を地面に沈めた。いかにバケモノでも、頭を吹き飛ばせば死ぬのだ。

 私は辺りの空を見渡した。「もう一匹」の姿は流石に見えなかった。

 私は安堵の溜息を吐いた。キッドもそれに続いたのだった。



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