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第18話 スカイ・フル・オブ・スターズ・フォー・ア・ルーフ



 ――ようやく目的の部屋にたどり着くことができた。

 扉の前に立つ守礼に軽く挨拶すると、向こうも挨拶を返しつつ中へと通してくれた。

 さして広くもない部屋には小窓がひとつあるだけで薄暗い。マッチを上着の内から出し、壁掛けランプに火を灯そうとして……手を止める。マッチにも限りがあるのだから、無駄使いするべきではない。

 ダスターコートの裏を探ると――あった。持ってきていたか不安だったが、古びた火口箱はちゃんとコートの中に収まっていたようだ。あちこちへこんだり傷ついたりした真鍮製のケースを開くと、火打ち石、火打ち金、糸状に縒った紙くずなどが入っていた。私がまだ鼻たれ小僧だったころから使っている、昔ながらの火起こし一式だ。今じゃ余程の貧乏人でもマッチを使うようなご時世だが、それでもこういう古いやりかたは今でも意外と役に立つ。

 紙糸の火口を点火し、ランプへと移せば、薄暗い部屋もようやく仄かな黄銅色の光に満ちた。

 部屋には大きな机がひとつ、椅子が数脚あるだけで、壁も床も石作りの剥き出しで肌寒い上に殺風景だ。

 だがそれとは対照的に、机の上に並べられた諸々はバリーションに富んである意味華やかであった。

 ――捕まえた連中から押収した武器の数々が、そこには並べられていたのだ。


「さぁてなにがあるかな」


 と舌なめずりしつつ手を揉みつつ近づき見るが、つぶさに見てみて少しガッカリさせられた。

 コルト、スミス・アンド・ウエッソン、あるいはレミントンの「ちゃんとした」銃を買おうと思えばそれなりに値がはるものである訳で、となると金のない連中はそのコピーや2流、3流のガンメーカーの粗製品で妥協するしかない。

 アウトローのガンマンと一口にいっても単に銃を持っているだけのチンピラから腕利きの殺し屋まで幅広い。

 先日の襲撃時にも狙撃手らしきのがいたりと、まともなガンマンも何人か混じっていたようだが……しかし残念、私達が斃したり捕まえたりした連中の中には殆ど居なかったらしい。

 ――要するに戦利品と呼べるような、まともな銃が余り無かったのだ。 


「……まぁ全部が全部じゃあないが」


 コルトSAAを一丁手に取り、弾倉を回してみたりして動きの具合を確かめる。

 ……コイツの持ち主、手入れをサボってやがったな。


「DUCK YOU SUCKER / ひでぇ音だ、糞ったれ」


 耳元に近づけて音を確かめれば、コイツが到底命を預けるに足る相方になり得ないことは解る。

 折角コルトの名品を買っても、持ち主がコレじゃ銃のほうが可愛そうだ。

 全く、こんなモノを使っているから私なんかに撃ち殺されたりするというに。


「……」


 余り期待せずに、目についたウィンチェスターを一丁手にとってレバーを動かしてみる。

 やはりというか、コッチも音が酷いし、動きも滑らかとは言いがたい。更に調べてみると、弾倉部のバネも若干ヘタっている感じだ。

 言われてみれば戦闘中に止む無く拾って使ったウィンチェスターも照準が合わず使いにくいにも程があった。


「やっぱ他人の銃ってのはどうにも……駄目だな」


 テンションがどんどん下がっていく中、机上の「ガラクタ」を順繰りに眺めていて……ふと目がとまる。

 思わぬモノを見つけて、少し驚き、少し興奮して、目にとまった「デカブツ」を手にとった。


「コルト・ドラグーンじゃないか、懐かしい」


 一見、それは我が愛銃コルトM1851ネービーに似た姿をしているように映るかもしれない。

 実際、今私の手の中にあるシロモノと、コルト・ネービーは双子のように形状構造はそっくりだが。

 だがある一点で両者は決定的に異なる。

 「大きさ」だ。

 最初に「デカブツ」と評したように、コイツはコルト・ネービーの2倍近い大きさをしているのだ。

 形状そのものは拳銃然としているが、コイツを腰に吊るして持ち歩くのはまず不可能だろう。


 ――コルトM1848ドラグーン。


 あるいは人呼んで「ホース・ピストル」。腰には吊るせないので馬の鞍に差して持ち歩いた為この名がついた。

 銃弾、装薬量、そして威力はコルト・ネービーと較べて段違いだが、しかしその大きさ来る持ち運びの不便さ、取り回しの悪さはそうして利点を大きく損なってしまっている。反動も大きいから、使いこなすのは中々に難しい。

 今じゃ使うやつなど殆ど見ない、旧式の――コルト・ネービーと比べても旧い――お化けピストルだ。

 前の戦争――南部と北部の戦争――の頃は、まだ時々コイツを鞍のホルスターに入れている奴もいたが、あの頃の時点でコルト・ドラグーンは旧式、もとい「時代遅れ」と言って良い部類だった。


「それを今どき、こんなモンを使う奴がいたとはな……どいつが持ってたっけか?」


 こんなデカブツを手にしていれば目立つと思うのだが、どうにも見た記憶が無い。

 キッドかスリーピィ、あるいはイーディスが斃した(捕まえた)野郎かも知れない。

 いずれにせよ、ずいぶんと粋な選択だと感じる。……単に得物を買い換えるのが嫌なケチ野郎かもしれないが、それについても、コイツを細かく見ていけば解ることだ。


「……」


 金具を外し、銃身を引っこ抜く。続けて弾倉も引っこ抜き、コルト・ドラグーンを3つの部位にバラして並べる。

 この頃のコルトのピストルは簡単に分解できるのが実に良い。素晴らしい。お陰で整備も簡単にできるし最高だ。


「……ふむ」


 まず銃身をランプの火に翳し、灯りで明るくなったその内部を覗き込む。

 見ると解るが、発砲時にはどうしても出る火薬の燃えカスがついている量が少なく、とても綺麗だ。普段からこまめに掃除していないとこうはなるまい。そして何より、銃身に目に見えたゆがみ等が無く、殆ど真っ直ぐなのが良い。


「……ふむふむ」


 次に弾倉を手に持って、両の手のひらで挟み込みコロコロと回してみる。

 手の中で滑らかに回る弾倉。そこには何の引っ掛かりもない滑らかさだけがあった。

 弾倉は3発分空になっているのが、見れば解った。


「……ふむふむふむ」


 弾倉を戻し、銃身を取り付け直して、金具をはめ戻す。

 撃鉄を半分だけ起こして、弾倉を改めて回してみる。

 これまでの「ガラクタ」共と違って、実に心地よい音が耳をくすぐる。


「……ふふふふふふ」


 私は嬉しくなって、思わず声に出しつつニヤニヤと笑ってしまっていた。

 誰もいない部屋で独り笑うのは不気味だとは承知だが、しかし私もガンマンの端くれ、良い銃に巡りあえば心も踊るというものだ。

 しばし、弾倉の回る音を独り楽しんでいた所で――。


『邪魔するぞ』


 ――いきなりタビー将軍が部屋へと入って来た。例のこ汚い猫の将軍閣下だが、私は慌てて耳元のコルト・ドラグーンを背後に隠しつつ振り返った。


『……なにしとったんだ?』

「いや、別に」


 訝しがる将軍閣下へと、私は軽く口笛ひとつふいて誤魔化すのだった。





 とりあえずコルト・ドラグーンは後で頂戴するとして、タビー将軍に連れられて私は市庁舎の有する尖塔の最上階までやってきていた。

 ――しかし「リュフート」とか言うシロモノは実に凄かった。

 てっきり長い螺旋階段を延々と登らされるかと思っていたら、なんとか機械じかけの動く床が私と将軍の身体を最上階まで押し上げたのだから。将軍曰く、魔法の業の応用らしいが、詳しい理屈は私には解らない。

 とにかく、その余りの未知なる体験に驚いてしまって、それを取り繕う間もなかったのは確かだ。

 だから思いっきり狼狽える私の姿を、ばっちりと将軍に見られてしまった。

 格好悪い。実に格好悪い。さらに言えばお上りの田舎者みたいで大層恥ずかしい。

 いずれ汚名を返上せなばならぬだろう。


『ともかくだ。お前さん……には限らんが「まれびと」の誰かの意見を聞きたくてな。来てもらった訳だ』


 タビー将軍は懐から大きめの巻物をひとつ取り出しつつ言った。

 シワだらけのそれを開けば、地図であることが解った。マルトボロの地図だ。

 地図には赤いインクで何箇所か×印が付けられており、その連なりは欠けもありつつ一定の規則を持って並んでいるように見える。×印同士を繋げば歪ながら何らかの図形を描き出すだろう。


「……」


 印のひとつに指先を翳し、そのまま指だけ動かして印と印を見えない線で繋いでみる。

 するとやはりというか地図上にひとつの形が浮かび上がってくる。


「星?」

『うむ』


 私に続いてタビー将軍も爪の先で印をなぞり、同じ星形の絵を描いてみせた。


『こいつは街の防空結界を機能させるために必要な図形でな。この星にいくつかの図形を組み合わせる必要があったりするが……まぁ細かい説明は必要なかろう』

「防空結界?」


 聞きなれぬ言葉に眉を顰めた私は不意に思い出した。

 電信柱のように木の柱と柱の間を縄で繋いだアレか!街に来た当初は妙に見えて気になってはいたが、それが今じゃ当たり前になってしまって、気にすることなど殆どなくなっていた。


「……空から見ればこんなふうになってたのか」

『まぁこういう高い所にでも登らにゃ、全体を見通すことはできんわな』


 地図を片手に、塔から将軍の指差す先を次々と眺めていく。

 印の記された箇所を実際に目で追えば、街を覆う巨大な六芒星を実感することができた。

 ――同時に、タビー将軍が私に何を見せたかったのかも理解した。


「……連中の狙いはケッカイ……を形作る柱だったのか」

『そうとしか見えんわな。暴れた先がことごとく偶然、星の頂点と一致するなんてことはあるまいよ』


 ワンアイド・ジャックの一味が爆破しようとしていた場所。

 それは魔法の六芒星を形作る「柱」だったのだ。そして幾つかは爆破を阻止したものの、魔法の図像は今大きく傷ついてしまっている。


『これでマルトボロの空からの攻撃への備えは……無くなったとは言えんが弱くなったのは確かだ。それも一大事だが、それ以上に気にかかるのは、だ』


 タビー将軍が何を疑問に思っているのかも私には解った。

 ご大層な魔法の結界とやらを、なぜ「ワンアイド・ジャックが」狙ったか、だ。


「……俺の知ってるワンアイド・ジャックは、魔法だの何だのとは最も縁遠そうな男だ」

『その何も知らない男がこんなことをするかね?』

「むしろコッチが知りたいよ」


 片目のジャックは騎兵隊崩れと聞くから、今じゃ身持ちを崩したとは言え元は軍人としてもエリートに近い人種だ。だから学といえる物は一応備えているだろう。だがそりゃ文字の読み書きだのであって魔法なんて代物じゃあない。

 そのことを簡単に将軍に説明すれば、将軍はちょっと考え込んだ後に言った。


『可能性としては……雇われた、といったところか』


 まぁそれが自然な流れだろう。現に私自身、こうしてこの街に雇われている身の上だ。


『だが、何のために?この街は確かに豊かだが……』


 そのまま将軍は考え込み、自分の世界に入っていってしまった。

 どうやらワンアイド・ジャックが魔法について知っているか聞きたかっただけらしいが、それならわざわざここまで登ってくる意味も無かったんじゃなかろうか。


「……しかし良い景色だ」


 考え込んだまま気づけば立ったままいびきをかき出した将軍を背に、私は呟き街を眺めるのだった。






『……こんな所にいたのね。少し探したわ』


 そろそろ日が落ちようという時分、私の背に呼びかけたのはフラーヤだった。


「こういう景色は、なかなか見られないもんでね」


 首だけ回して振り返り、指でその先を見てみるように彼女へと促す。

 陽が沈み、夕闇が街を包む中、街の灯が夜に映え、空には星がまたたき始める時分だった。

 ――絶景だ。

 金持ちと煙は高いところが好きとは言うが、それも良く解る。こういう眺めは地べたに居るぶんには一生見ることは叶うまい。

 タビー将軍と別れた後、後ろ髪ひかれた私はもう一度塔に登り、ずっと景色を眺めていた。

 西部には高い建物というやつは殆ど無いし、高い所と言えば自然の山々だけで、街の真ん中から街全体を見渡すなど到底できる事じゃなかった。


「こんな良い肴があるなら、合わせて酒でも飲みたい所だが……残念だ」

『あら?お顔に似合わず下戸なのかしら』

「仕事中は飲まないのがルールでね」


 隣にやってきて、並んで景色を眺めるフラーヤに、私は不満のため息を返した。

 私は酒そのものが嫌いなのではない。むしろ好きなほうだが、酒は手先や感覚を鈍らせる。

 つまりガンマンには禁物だ。酔っ払ってるくせに鋭く動けるキッドのような手合もいるが、あんなのは例外中の例外だ。酔っ払って背中を撃たれたウッカリ野郎は日々絶えない。


「……」

『……』

「……」

『……』


 太陽はいよいよ地平の彼方へと去り、街の灯は輝きの勢いを増して、天の星は合わせるように煌めく。

 仄かにして明い、街の灯の群れ。

 屋根にかかる空いっぱいの星。

 しばし、黙して、眺める。見惚れる。


「……」

『……』

「……」

『……』


 完全に辺りは闇に包まれるが、そのまま静かに二人佇む。

 ……いかん、キリが無い。私が思ったのと同じことを、フラーヤも思ったらしく、彼女が何か呪文らしきものを囁やけば、ボゥっと、薄緑色の光の球が、尖塔の最上階、その小部屋を照らした。

 ホタルの光を、集めて球にしたような、そんな幻想的な景色だった。


『あまりにも綺麗だったから、思わず話すのも忘れちゃってたわ』

『でも、大事な話なのよ。聞いて欲しいの』


 そして緑の光の中、微笑む彼女の顔も、外の景色にも負けないぐらいに美しかった。

 思わず、ちょっと見とれる私だった。



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