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第17話 ガンマン・オブ・アヴェマリア


 「いとしのクレメンタイン」は哀しい歌だった。

 惚れた女を亡くした男の嘆きの歌だった。

 金槌だったばっかりに、溺れるクレメンタインを見捨てるしかなかった男の歌だった。

 明るめのメロディーに哀しい詞。西部に生きる者ならば、一度は聞いたことがある歌だった。


「問題は……それが今回のことに何の関係があるかってこった」

「全く同感」


 呟いた後、軽いため息をついた。キッドは帽子を脱いでボリボリと頭を掻く。

 金槌でないなら泳いで川底でもさらってこいというのか?全く意味がまるで解らない。

 結局、ジョー・キャラウェイは碌な事を話さなかった。フラーヤが言うに暗示がかかっていれば嘘は絶対につかないし、隠し事もしないしできないんだ。ならば本当に何も知らないし知らされていないのだろう。

 まぁ私がワンアイド・ジャックの立場でも、キャラウェイのような下っ端には重要なことなど何一つ教えはしないだろう。ああいう手合は金や恐れで容易に「転ぶ」。調子が良い時だけは味方だが、窮地となれば逃げるだけならまだしも敵にすらなる。信など置くことは出来ない。

 他の捕まえておいた連中にも、同じフラーヤの術をいかけてみたが、キャラウェイが知っていた以上の話を聞き出すことはできなかった。


「オーマイダーリン、オーマイダーリン、オゥマイダーリンクレーメンタイン……」


 軽く口ずさんでみても、こんな歌が何を意味しているかさっぱり解らない。キッドも頭から湯気がでるくらい考えていたが、私と同じくまるでピンと来るものはなかったようだった。

 フラーヤは少し術のやり方を変えてみようかと言っていたが、その準備があるらしく一旦別行動になった。

 市庁舎の無駄に広い階段を、イーディス、そしてキッドと連れ立って歩く。


「ユーアロストアンドゴーンフォーエーヴァー、デッドフルソーリィクレメンタイン……」


 すると自然と、自然と歌の続きを口ずさんでいた。キッドはそれに口笛で伴奏を付ける。

 どうでも良いが口笛がかなり上手い。本当に色々と小器用な野郎だ。


『……その歌はいい加減に止めろ。頼むから』


 しかし傍らのイーディスがしかめっ面しつつ私の脇を小突いてくる。

 その顔が面白いでそのまま歌い続けようとして、彼女に睨みつけられて目をそらす。

 キッドは口笛を吹き続けようとして頭をはたかれて「イテェ」とか呟いていた。調子に乗るからそうなる。

 ――やっこさん、どうにも金槌であるらしく溺れるだのなんだのと、そういった話を聞くと気分が悪くなるらしい。

 女傑然とした見た目の割には、ずいぶんとまぁ可愛らしいことである。……いや、別に可愛くはないのか?しかし顔自体は結構な……。


『なんだその目は』


 改めてイーディスの顔を横目に流し見ていたら、視線に気づかれた。慌てて目をそらし、口笛を吹く。

 綺麗に整って、凛然とした美人ではあるのだ。右目の眼帯や顎先の刀傷は痛々しいが、それもイーディスの美しさにアクセントを与えこそすれ損なうものではない。三つ編みにまとめた金の髪は陽光に映えて実に良い色をしている。

 ――まぁ美人である。そこについては異論はない。

 これでもう少し立ち居振る舞いに色気がありゃ良いのにつくづく残念至極。


『……水辺には碌な思い出が無いんだ。この右目も水辺でやられたから尚更に、な』


 イーディスは相変わらずのしかめっ面で、自分の右目を眼帯越しに撫でる。

 彼女の空いた方の手は自然と、腰元の魔法のコルトの銃把に伸びていた。年期の入っているらしいグリップには今やあちこちに傷が走り、何度も握った箇所は擦られて白く変色してしまっている。

 私のコルトも似たような感じになっている。何度も使っていれば自然とこうなる。

 それだけ長く使っているらしい魔法のコルトのグリップに指が触れると、彼女のしかめっ面も和らいだ様子だった。

 ――そんな姿に、改めて気になった。

 やっこさんの魔法のコルトの、その出処について私はまだまるで知らない。

 聞き出せるような雰囲気でもなかったし、イーディスも必要以上の話は決してしようとしなかった。

 だが興味がなかった訳ではない。そのブラス・フレームのコルトについては、ずっと気になってはいたのだ。

 何故だか今、彼女に聞けば答えてくれるような気がした。


「そのコルトにも水辺にまつわる話があるのか?」


 そう聞いてみた。

 イーディスは横目に私を見たが、憮然とした顔で怒っているようにもそうで無いようにも見える。


「……」

『……』

「……」

『……』

「……」

『……』


 暫し無言の間。キッドですら茶々も入れられずに気まずそうにしている。

 もう口笛でも吹いて誤魔化し、尻まくって逃げようかと思った所で、イーディスが囁くような声で話し始めた。


『――“彼”は何の前触れもなく、唐突に現れた』

「……」


 黙したまま視線で続きを促すと、少しだけ声を大きくして、彼女は続きを語る。


『呼ばれるでもなく、乞われるでもなく』

『風のように現れて、風のように消えていった』

『水辺に生えた雑木の合間を、蒼ざめた馬に乗ってやって来た』


 ここで一度、言葉を切る。

 次の言葉を探しているのか、ちょっと逡巡し、再び語りだした。


『奇妙な格好をした男だった』

『黄色い筋の入った青いズボン。より濃い青の上着に、肩には裾の長い革外套を引っかけていた』

『ふた振りのサーベルが交差する意匠の、金物の徽章をつけた帽子を被り、腰にはサーベルを下げていた』


 イーディスが語る“彼”の姿に、私とキッドは顔を見合わせた。

 彼女の語る特徴の数々は、アメリカの騎兵隊の格好そのものだった。

 ――語りは続く。


『なかなか立派な面相の男だった』

『綺麗に整った髭の持ち主で、見るからに紳士然とした男だった』

『穏やかな声で話す、物腰が品の良い男だった』

『抜けるような青い目と、金の髪を持った男だった』

『腰には2つの銃を吊っていた。彼が“スミス・アンド・ウエッソン”と呼んでいた銃と――』


 イーディスは魔法のコルトを抜き、それを陽光にかざす。

 真鍮は日を浴びて鈍く輝き、イーディスはそれに目を細める。


『このコルト・ネービーの2丁だった』

『彼がいなければ……私が無くしていたのは右目じゃなくて命だったろう』


 コルトをしげしげと眺め、語りを止める。

 コルトより来る回想に身を委ねているのか、間は思いのほか長かった。


『短い間だったが私は彼と共にあり――話は長くなるから全部は言わんが――別れの時にこの銃を譲り受けた』

『以来こいつが私の相棒だ』


 黙ってイーディスの話を聞いていたキッドがここで口を挟んだ。


「その“彼”って紳士の名前は?いや、知らないと思うけど一応ね。ひょっとすると知り合いかもしれんし」


 一瞬言いよどみ、イーディスはその名を告げた。

 ひょっとすると私かキッドのどちらかが知っているかもしれないと思ったのだろう。

 ――結果から先に言えば私は知らなかった。だがしかしだ。


『フランク。フランク・スペンサー。それが彼の名前だった』


 ――キッドのほうはそうではなかったらしい。


「――……」

『……?もしや、心当たりでもあるのか!?』

「……」

『?……どうした?急に黙りこんで何だ?』


 似合わぬ沈黙を彩るのは、今まで見たこともない押し黙ったようなキッドの表情だった。

 青い瞳はその深さを増し、驚くほどの冷たさを湛えている。

 横一線に結ばれた口元。常にニヤニヤと笑い、軽口を吐き出しているとは思えぬ顔。


「――」

「おい。どこ行く!?おい!」


 そのままキッドは何も言わず踵を返し、どこぞへと歩き去ってしまった。

 余りの唐突な展開に、私もイーディスも唖然としている内に、キッドの背中はもう遠かった。


『待て!キサマ!“彼”についてなにか知っているな!』


 イーディスがキッドのを背を追い、走り去る。


「……」

 

 かくして、状況の飲み込めぬ私だけが残される。


「……」


 帽子を脱いで、頭をボリボリと掻き、ため息をひとつつく。


「フランク・スペンサー」


 声に出して名前を呼んでみるが、聞いた覚えの無い名前だった。

 だったら、キッドの知り合いか、あるいは身内か。だがあの反応は少し尋常じゃない。


「……親の仇だったりでもするのかね」


 そんな私の疑問に答える者もなく、ただ宙へと溶けて消えた。

 誰だって過去を背負って生きている。でも私はキッドの過去については何も知らないのだ。

 そんなことを今更ながら思い出していた。





 ひとり途方にくれていてもしかたがないので、当初の目的のために市庁舎の廊下を歩きまわる。

 向かうのは捕まえた連中の武器の類を保管してある部屋である。まだ弾の残っている銃がいくつも残っていた筈だ。使えそうなのを見繕っておくのも悪くはない。

 ――その途中で、懐かしい音色に出くわした。


「……こいつは……ハーモニカか」


 メロディーは「いとしのクレメンタイン」。

 音は少し遠くから聞こえてくるが、遠くから聞いても中々に上手い音色なのが良く解る。

 酒場で一吹きすれば、商売になる程度の腕前はあると見えた。


「それにしてもハーモニカか」


 コッチでそれらしき楽器を見かけたことはないから、だとすると「まれびと」の誰かが吹いていることになる。

 目的の部屋に近づくにつれ、ハーモニカの音色は大きくなっていったが、 果たしてその道すがら吹き手を見つけることが出来た。

 スリーピィのやつだった。

 こうして顔を合わせるのは、結構久しぶりかもしれない。

 例の黒ずくめの格好のまま通路脇の段差に腰掛け、ハーモニカを吹き鳴らしている。

 そんな彼の前には子どもが数人、床に座り込んでハーモニカの音色に耳を傾けていた。

 ずいぶんと熱心に聞き入っているらしく、私がすぐそばまで近づいてもコッチを見もしない。

 だから私もつぶさに子ども連中の格好などを観察することが出来た。

 こんな所になんで子どもが、と思えば、どの子どももかなり身なりが綺麗なのだ。おそらくは市庁舎の役人連中辺りの身内なのだろうと当たりがつく。


「……」


 スリーピィが一曲吹き終わった所で私を見上げてきた。

 流石にガンマンなだけあって、やっこさんは私が近づくのに気づいていたらしい。

 スリーピィに釣られてこっちを見たガキ連中は始めて私の存在に気づき、ビックリしたのか駆け去ってしまった。

 ……そんなに怖い面をしているつもりは無いんだが。


「嫌われたもんだな」

「人見知り気味なだけさ。少し慣れればこんどは雛みたいに付いてくる」


 そう言うスリーピィの横顔は優しげであった。……賞金稼ぎのような稼業には、余り似つかわしくないぐらいに。

 

「あの子どもたちは?」

「騎兵隊の連中の子どもさ。時々親について市庁舎に来てるんだ」

「ピンカートンの探偵さんが子守かい?」

「子どもは好きだよ。それに賞金首相手よりよっぽど気が楽だ」


 例の眠たげな双眸を優しげに細める男の顔を見ていると、やっぱり賞金稼ぎとも思えぬ顔をしているように感じる。堅気な仕事のほうが、よほど合ってそうに見えるのだ。


「それに親の騎兵隊連中も、一緒に過ごすのには気持ちがいい連中だ」

「そうなのか?」

「俺は騎兵隊が古巣でね。これでも前は将校だったんだ」


 そりゃ初耳だ。


「……制服に身を包んだ男は、世界は違っても同じような人間になる。それを纏うのに相応しい人間になっていく。そういうふうになってるらしい」


 問われずとも嬉しそうに語るスリーピィに、「なぜ騎兵隊の将校さんが賞金稼ぎに?」と訊きそうになったが、口を閉ざす。

 西部の荒野で荒事に手を染める人間は、多かれ少なかれスネに傷を負っている。

 人様の古傷を暴くのは賢いやりかたじゃない。長生きしたけりゃなおさらだ。


「……」


 迂闊に喋りすぎたと思ったのか、スリーピィは再びハーモニカを奏で始めた。

 今度は「リパブリック賛歌」、北軍の曲だった。

 私は何も言わずにスリーピィの前を通り過ぎる。


 誰もが過去を背負って生きている。

 私も含めて。


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