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第16話 マイ・ディアリング・クレメンタイン


 下準備は済んだ。

 背後から付いて来てた看守が鍵を外して引込んだ後、私達は例の部屋の中へと入る。

 分厚い扉が、ギギギと蝶番を軋ませつつ開く。中からムッとするような独特の甘ったるい臭いが吹き出してくる。

 鼻の穴は塞いである上に、口も鼻もメヌンタのミントに似た匂いで満たされているというのに、それすら凌ぐ臭気である。思わずゲホゲホとむせ返りそうになるほどだった。余計に力を入れてメヌンタの葉を噛み、匂いを口内に行き渡らせた。

 同じようにクチャクチャとメヌンタを噛むキッドなど、その目尻には涙すら浮かんでいる。気持ちはわかる。たしかにこの臭いはキツい。しかしイーディスもフラーヤも、別段辛そうな様子も無くケロッとしてる所を見ると、単に慣れの問題なのかもしれない。

 ――部屋の中は薄暗かった。天井も低くオマケに間取りも狭い。私にキッド、フラーヤ、それにイーディスまでが入った時点でかなりの閉塞感を覚えるほどだった。それでいて部屋には既に先客がいたのである。

 部屋の真ん中にデンと置かれた椅子。その上に座らされて背もたれに縄で縛り付けられた先客は、私達が入ってきても俯いたままでいるので顔がまるで解らない。一瞬死んでいるのかと思ったが、肩が上下している辺りを見るに、一応生きてはいるらしい。

 その傍らに据えられた小卓には香炉みたいなモノが載っていて、そこから毒々しい色の煙が伸びている。

 臭いの元もそこだった。


「……ひょっとしてアヘンかなんか焚いてる?」


 私が思ったのと同じことを、キッドが先に声に出して聞いた。

 フラーヤが首を横にふる。


『いいえ。エンヴァーネの根を干してアーマニカ茸の酒に漬けて三年寝かせた後、もう一度日の下で乾かしたモノよ。私達はピリヨンテと呼んでるけど』

「……?」

「???」


 ――なるほど。何を言っているのかさっぱりだ。

 キッドがキョトンと呆けた時、たぶん私も同じ顔をしていたのだろう。

 フラーヤが気付いて、すぐに説明をしてくれた。


『幻術に使う香のモトなのよ。ピリヨンテに火を点けて出た煙は、吸う者の心を夢幻に導き、茫洋とさせる力があるの』

「……やっぱアヘンと大差なくねぇか?」

「どっちかといえばペヨーテに近い気がするがな」


 キッドの口から思わず出た言葉に、私の指摘が続く。

 ペヨーテと言えばインディアンの連中が儀式に使う「霊薬」というやつで、ボールのように丸い形をしたサボテンの一種だ。自分は流石に食したことは無いが、その身は思わず吐き出す程に苦くて不味い反面、飲み干せば未来を見通す神通力が備わるという話だった。たぶんピリヨンテとやらも、そんなペヨーテ同様の霊薬の一種なのだろう。


「……前にアヘンチンキの使いすぎでトチ狂っておっ死んだヤツなら知ってるけど、なるほど、その為の鼻栓ね」


 キッドがウゲぇと顔をしかめつつ呟く。

 私も前の戦争の時にさんざんソルジャーズ・ディズィーズ(軍人病)でボロボロになった連中を見てきたので、同じ感想になった。麻酔用のモルヒネの使いすぎで廃人になる病気――と言われている。医者の中にはコレを頑なに否定して「作り話」だと言いはる連中がいるが、実際に軍人病を患ってる連中に出くわした私とすれば、間違いなく実在する病気だと言い張れる。だから私はアヘンチンキなどにもできるだけ手を出さないようにしている。

 ――長生きできる生き方をしていないが、それでも死に方ぐらいは選びたいもんだ。


『たぶんオーピウムの話をしてるんだと思うのだけど……ピリヨンテはあれほど毒性が強い訳じゃないわ。それ自体の薬効もたいしたモノじゃない。ただ……』

「ただ?」

『私のような魔法使いがいた場合は別よ』


 言うなり彼女は、例の縛られた男の俯いた顔に自身の顔を寄せ、その両手で何やら複雑なハンドサインをしながら小声で呟いた。何を呟いているのかは小声過ぎてよく解らなかったが、どうにも呪文の類であるらしい。所々聞こえてくる単語は全くの未知のモノで、まるでさっぱりであった。

 暫し私、キッド、そしてイーディスの三人並んで突っ立ったまま、フラーヤの呪い(まじない)が終わるまで待つ。


『……いいわ。完了よ』


 フラーヤが振り返り言った。額に汗が伝い、頬は仄かに赤らみ、肩が小さく上下している。傍目には解らないが、それなりに体力を費やしたらしい。魔法と言っても、お伽話のように万能ではないってことか。


「――――」


 椅子に縛られた男がひとりでに顔を上げた。口は半開きで、目の焦点があっていない。まるで寝ぼけたみたいな顔をしているが、その面相に私は見覚えが合った。


「……ジョー・キャラウェイ……だったか、な」

『知っている男か?』


 私の口から思わず出た名にイーディスが即座に反応した。

 余計な誤解をされても困るので、肩をすくめつつ、この男の素性について私は喋る。


「カウボーイ崩れの小悪党だよ。ワンアイド・ジャックの一味に加わってたとは知らなかったが」


 私の告げた名を聞いて、キッドもポンと掌を拳で叩く。


「あー言われて俺っちも思い出した。商売敵を撃ち殺して牛を奪ったとかって奴だっけ?」

「ソイツだ。他にもメキシコとの国境付近の村を襲って、山賊みたいなことをしでかしたりな」

「ほっぺの傷と、悪い歯並びには見覚えあったんだけど……俺が見た時はリンゴとか名乗ってたっけか」


 キッドの言うとおり、突き出ている上に並びがガタガタな前歯と左頬の刀傷が特徴的な男で、一度見たら忘れられないなかなかに強烈な面相だ。そしてその面相から来る印象に違わぬ凶暴な男でもある。

 まぁ凶暴なだけでおつむは良くない。つまるところ単なるチンピラだ。ワンアイドジャックなどと比べれば小者も良いところだった。


『いずれにせよ、例のその片目のジャックとやらが今度の一件の背後にはいるということか』

「まぁそういうことだと思うが……問題は目的がさっぱり見当もつかん点だろう」

『ジャックとやらについて知ってるんじゃないのか?』


 イーディスへと私はまたも肩をすくめつつ答える。


「だからこそ解らんのさ。ヤツは無法者だが馬鹿じゃないし、士官崩れだから学もそれなりにある。血の気は多いが、結局は損得勘定で動く奴だ」


 ところがどっこい、今度の場合は目に見えてわかる「得」というやつがまるで見えてこない。

 騒動のドサクサに紛れて火事場泥棒があったという訳でもなく、ただ単に街なかで暴れて手下を無駄に失ったようにしか見えないのだ。


「どうせ下っ端のコイツがどこまで知ってるか解らんが……まぁ聞き出せることは聞き出しておいたほうが良いだろうな」


 言いつつ、私はキャラウェイの顔を覗き込む。

 口を割らせる時にアヘンを使うという話は聞いたことはあるが、実際にそれを見たことは無い。

 鼻薬を嗅がせるか、拳や銃で「説得」するほうがだいたい早いからだが、それにしてもこんなボケた面でこっちの質問に答えられるものなのか?


『……あなたの名前は?』


 私の表情から疑問を察知したらしいフラーヤが静かな声で聞いた。

 少し間があって、キャラウェイが答える。


「キャラウェイ。ジョーセフ・キャラウェイ」

『出身は?』

「オハイオ」

『歳はいくつ?』

「知らねぇ。たしか30ぐらいだった」


 少しのんびりとした調子だが、聞き取りづらいなどということはない。

 例の呆けた表情のまま、淡々と質問に答えてる。

 こいつは凄い。素直に私は感心した。


『何のために、街で暴れたのかしら?』

「知らねぇ。ジャックの野郎は説明しなかった。ただ分前はたんまり出すって言ってたぜ。手付だけで500ドル貰ったしな」


 私はキッドと顔を見合わせた。

 500ドルと言えば結構な額だ。しかも手下一人当たりにその額だったら総額は幾らになるのか。

 ヤツは無法者の中でも派手に稼いでいるほうだが、しかしそこまで懐がいいモノなのか?


「その金の出処はどこだ?」

「知らねぇ。だが銀貨で払ってくれたぜ。コートの裏に小分けにして隠してあらぁ」


 イーディスのほうを私が見れば、黙って部屋のすみを指さした。

 武器以外のやっこさんの持ち物が重ねて置いてあったが、コート見ると裏地に生地が縫いこんであって、触ると確かに金属らしき硬さがあった。

 さほど分厚い生地でもなく、糸も太くはない。力を込めればなんとか引き裂くことが出来たが、確かに銀貨らしきものが何枚か出てきた。

 サンプルとして一枚だけ手にとって、残りを私のコートのポケットに入れた。

 役得やくと――『ネコババするな』――イーディスが私の銀貨を奪い取っていく……。けちんぼめ。これぐらい良いじゃないか別に。


『ヴェネートのドゥーカ銀貨じゃないか。何でこんなモノをまれびとが……』

「良い銀貨なのか」

『ヴェネートは商人の国で、あそこの通貨は純度が高く信用がある。国と国を跨ぐ商売の場合は、勘定はほとんどの場合ドゥーカ銀貨か金貨で済ますのが世の習いだ』


 なるほど。それならこ余所者の無法者が持ってるのは妙な話だ。現金輸送の駅馬車でも襲ったのだろうか。


『何か、目的というか、そういうのを仄めかすことは言ってなかった?』


 フラーヤが聞くと、キャラウェイは黙ってしまった。

 どうもフラーヤの魔法は、知っていることしか答えさせることができないらしい。予言の類は無理なのだろう。


「コイツは所詮、ケチなチンピラだ。どうせ碌なことは――」


 と、私がそこまで言った時だった。

 奴が口を開き、意外な言葉を発した。


「歌だ」

『……歌?』

「ああ歌だ」


 私は横から聞いた。


「なんて歌だ?どんな歌だ?」


 ヤツは答えた。


「いとしのクレメンタイン」


 それは私も良く知っている曲だった。

 西部の男なら、だれでも知っている曲だった。


 ――In a cavern、in a canyon / 洞窟を、谷間を

 ――Excavating for a mine / 金脈を求め掘り進む

 ――Dwelt a miner、forty-niner / 49年組の鉱夫と暮らすのは

 ――And his daughter Clementine / 可愛い娘のクレメンタイン


 ――Oh my darling、oh my darling / ああ愛しの、我が愛するは

 ――Oh my darling Clementine / いとしのクレメンタイン

 ――You are lost and gone forever / 幻と消えて、永久に去ったのは

 ――Dreadful sorry、Clementine / 胸が裂けそうさ、クレメンタイン


 恋するあの娘を失った、不幸な男の哀歌。

 だがそれが、今度のことに何の関係がある?


「DUCK YOU SUCKER / 知るかよ、糞ったれ」


 思わず毒づく。

 果たして、ただ謎は深まるばかり。



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