第14話 ランキー・フェロー
「大丈夫か?怪我は?」
『ええ……ええ、ありがとう』
樽の陰のフラーヤに手を貸して、助け起こす。
彼女はひと通り自分の身体のあちこちをぺたぺたと触ると、疲れと安堵が半々で交じり合ったため息をひとつ。
『なんとか生きてるみたいね。……怪我らしい怪我もないし』
確かに幾つかかすり傷らしいものが手や足にある。
だが、どれもひと晩ほっとけばカサブタで塞がってしまいそうな浅く軽いモノだ。
その様子に私のほうもホッとする。うら若き御婦人に目の前で死なれたら流石に寝覚めが悪い。
「正直癪だが、キッドの野郎には感謝しないとな」
『私にもな』
誰に言うでも無く呟いた言葉に、帰って来た聞き覚えのある声。
フラーヤと揃って振り返り見れば、腰帯に魔法のコルト・ネービーに挿し込みつつ歩み寄るイーディスの姿があった。
腰に両手をあてて、私へと得意満面の顔でふんぞり返ってみせる。助かったのは事実だが、なんだか腹が立つ顔だ。
『私があそこで屋根のやつを仕留めてなければ、どうなったことか』
「仕留めてないぞ」
『やはり余所者に保安官など――……なに?』
私の言葉に、イーディスが不意に見せたキョトンとした顔が面白く、思わず吹き出してしまう。
それを侮辱と受け取ったか、彼女の顔はたちまち赤くなり、膨らんだ。顔がコロコロと変わってますます面白い。
右目を覆う眼帯も、顎元の刀傷も、こうしてみると可笑しみを増すアクセントになってくる。
一戦やり終えた安堵も加わってか、無性におかしくなって今度は声をあげて笑ってしまった。
『き、キサマ!何を笑ってる!何がおかしい!』
イーディスの顔はもっと赤くなり、私を黙らせんと胸元を掴んで揺さぶってくるが、笑いというやつは一旦弾けると止まらない。
『……くく……うふふふ♪』
しまいにゃフラーヤを貰い笑いしてしまい、イーディスに睨まれて慌てて口元を手で塞いで「ごめんネ」といった調子で目を伏せた。
その間も、私はなぜか笑い続けてしまった。
「……おたくら、何やってのさ?」
私の笑いは結局、駆けつけたきたマルトボロの警邏隊と一緒にアウトローどもの生き残りをふん縛っていたキッドにそう呆れ声を掛けられるまで続いた。よりにもよってキッドにこんな物言いをされるのは無念である。
ひとまず目前の危機を脱した私達だったが、しかしこれで今度の仕事は終わった訳ではない。
いや、ここからが本番であった、と言ったほうが適切だろう。
縄に繋がれ、曳かれ連れられていくアウトロー共の背中を見送り、帽子を脱いで扇ぎつつ、ついでに天を仰いだその時だった。
――銃声。
――銃声!
――また銃声!
「……勘弁してくれ」
自然と逆Vの字に曲がった口からそんな言葉が出た。
左右のコルトの残弾を確認し、ホルスターに戻す。やや心もとない弾数だったが、ゆっくり再装填をしている暇はない。昔ながらのキャップ&ボール式はこういうバタバタとした戦いだと、気軽に再装填が出来ないのが弱点だ。
8ゲージ散弾銃は強力な武器だが、込められるのは2発だけな上に、さっきのようなライフル持ちに出くわせば射程の上で不利だ。
こんなことならサンダラーに乗ってくれば――。
「オッサン!」
思考が遮られる。声をかけてきたのはキッドだ。
やつさんが親指で指す方を見れば、馬車に積んであったのは……私のロールケースだ!
「気が利くでしょ?」
「……ムカつくがその通り!」
馬車へと駆け上がり、ロールケースを開いた。
イエローボーイ、トランター、専用ケースに入ったマルティニ・ヘンリー……そして他に3種類の銃が確かに収まっていた。
私は取り敢えずイエローボーイとマルティニ・ヘンリーを取り出し、御者席へと跳び乗った(相変わらず身軽なヤツだ)キッドの隣に座る。
続けてフラーヤが馬車に乗り込んで、イーディスは乗ってきたらしい自分の馬へと跨った。
「よし出せ!」
「トばすんで揺れますが失礼!ハイヤー!」
荷台のフラーヤへと振り向きウィンクしてキッドは馬を鞭打ち、馬車は銃声のした方へと猛然と走りだした。
――そしてあまり進まない内に、急停止せざるを得なかった。
「うわぉっ!?」
「へやっ!?」
『きゃぁっ!?』
『うぎゃぁっ!?』
馬が棹立ちになり、馬車は前後に大きく揺れて傾いで、御者台から振り下ろされそうになるのを必死に堪える。
目の前に突如出現したのは、馬、牛、羊、ボルグ、それ以外にも見たこともないような動物の群れだ。
人の乗れそうな脚が六本もある巨大蜥蜴に、頭部が鷲のような猛禽帖だが体躯は羽毛に包まれた馬型の謎の生き物など、とにかくインディアン達の話に出てくる精霊の大行進かと思うような、そんな状況だった。
『くそったれベルグル!どこぞの馬鹿が家畜の囲いを壊したな!』
イーディスが馬をあやしながら叫ぶ声が聞こえた。
「ベルグル」云々については何を言ってるのか私には解らなかったが、後半については即座に得心がいった。
家畜の囲いをぶっ壊して牛や馬をスタンピード(暴走)させるのは、私自身――というよりも南軍兵士達は皆、戦時中もよくやった手だし、今でもアウトローの連中が追手を撒いたり、官憲の注意をそらしたりする為に頻繁に使う戦法のひとつだ。
ただ「こちらがわ」でのことだけあって、スタンピードした家畜たちの顔ぶれがまるで魔女の宴みたいになってるだけのことだ。
「ヒィィィヤッハァァァァッ!」
『おらおら走れ!走れ!』
見れば、暴走する動物たちの上げる砂埃土埃の向こうに、天へと向けて銃を乱射したり、手にした蛮刀の切っ先で牛の尻を突いたりする無法者連中の姿がある。
しかも今度は「まれびと」のアウトロー連中だけではなく、随分と懐かしい豚面も見える。
オークだ。どこでいつ出くわしても、やることに変わり映えのない連中だ!
『くそ!逃すな!ドレーキの名に掛けて!』
「反対側から回れ!連中の退路を塞ぐんだ!」
さらに聞こえてくる別の声に耳を傾ければ、駆けつけてきたのかマルトボロの騎兵隊連中や、それに混じったスリーピィの姿も見える。そして私達同様、家畜のスタンピードによって行く手を遮られ、立ち往生しているらしかった。
騎兵はみなサーベルで武装し、その中にあってスリーピィひとりのみが例のニッケルフレームのよく光るロングバレル・コルトSAAを掲げ、指揮杖のように振り回して騎兵たちを指図している。
気づかぬ内に、随分と連中に馴染んだらしい。
「……チッ!」
スリーピィの指図にしたがって騎兵たちは回り道をしようとしているが、それでは遅い。
――無法者たちはどさくさに紛れて、今にも逃げ出さんとしている。
「……戦列の神、万軍の主の名において」
スリーピィは手にしたコルトを騎乗にて構えると、空いた方の手で銃を持つ方の手首を握った。
あまり見たことのない射撃スタイルだが、確かにあれならば手のブレは止まる筈だ。
「AMEN! / 当たれ!」
『ぐえあ!?』
片目をつむって引き金を弾けば、銃弾はオークの一匹の背中に命中し、やつさんが跨っていたボルグから転げ落ちる。拳銃の間合いには遠い筈なのに、ロングバレルとは言え良く当てる。
――私も負けてはいられない。
「……少し遠いな」
『私がやるか?』
「お前の魔法だと余計なものまでふっ飛ばしてしまうだろう。家畜の暴走もひどくなる」
『ぐぬぬ』
魔法のコルトを抜こうとするイーディスをたしなめつつ、私は逃げる連中との距離を目測で出しながらマルティニ・ヘンリーを専用ケースから取り出す。
スコープを調節し、軽く覗きこむ。
マルティニ・ヘンリーは単発式のライフルだ。逃げる大勢の敵を追撃するのにはあまり向いていない。
だがこの間合ではイエローボーイで有効打を出すのは難しいだろう。――じゃあどうする?
「……」
スコープから目を離し、連中の逃げる先、その進路上の建物などに目を遣る。
そして見つける。「それ」を見つける。
「――」
ニヤリと薄く笑うと、レバーを下ろしてブリーチを開く。45口径の、太く、そして縦方向にも馬鹿みたいにデカい専用弾を取り出し、給弾口へと滑りこませる。レバーを戻せばブリーチが閉じ、ガチャっと音を立てて内蔵された撃鉄が起きる。
私はマルティニ・ヘンリーを構え、スコープを覗きこんだ。
狙うべき標的は構えからそのまま、望遠レンズ越しに捉えられた。
連中の進路上にある商店らしきもの。その2階の突き出し部分に積まれた樽の数々。
それらを縛り付け、固定した縄。
その結び目。
――人差し指に力を込める。
エンフィールドライフルに勝るとも劣らない強烈な反動が体を揺さぶり、私はそれに耐える。
強力無比な銃弾は空気を引き裂いて突き進み、見事に標的を捕らえた。
『うわわわわわわわわ!?』
「うぎゃおらぁつ!?」
路上に転がる樽の雨。
止まるアウトロー共の足並み。
『今だ!かかれー!』
そこへと襲いかかるのは、遠回りしてきたマルトボロの騎兵達だった。
これで勝負はあった。
――この後、若干の刃傷沙汰はあったが、連中の殆どは生かして捕まえられたとだけ言っておこう。




