第13話 クロスファイア・トレイル
戸惑い、叫び、慄き、慌て、そして駆けまわる人々。
その中を私は叫びながら走る抜ける。
「保安官だ!道を開けろ!道を開けるんだ!」
平穏な日の中に、突然降って湧いたような爆音と黒煙。
『火事か!?』
『火事かよ!?』
『火事じゃないのかあれ!?』
人々の口から漏れる言葉は決まって「火事」。確かに思い当たるのはそれだろう。
だが私は知っている。火事も大いに大事だが、あれはもっとのタチの悪い代物だと。
「おい!そこの男!」
ざわめく人混みを駆け抜けるのは埒が明かない。
私はたまたま視界に入った騎乗の男を呼び止めると、バッジを見せつつやっこさんを馬から引きずり下ろした。
『ななな何しやがんだ!?』
「借りるぞ!後で『煙たなびき邸』って宿屋まで取りに来い!」
『むしろいますぐ返しやがれこの野郎!官のイヌの癖して横暴だぞ!』
「返してほしけりゃ袖の下でも出しやがれ!」
『不浄役人!』
「ハハハハハハハーッ!」
私は男の馬へと跳び乗った。最初、馬は不服そうな顔でこっちを見たが、手綱を引き睨みつけて黙らせる。
馬はすぐにおとなしく私に従った。
――よぉし良い子だ。
サドルケースの蓋を開けてシ散弾銃を突っ込むと、右のコルトを抜く。
そして狙いを定める。照準の先は、手近な店の軒先に下がった金物の釣り看板だった。
銃声。そして通りに鳴り響く甲高い金属音。
人々の視線が集中し、私はもう一発ぶっ放しつつ叫ぶ。
「家の中に隠れろ!引っ込んで道を開けるんだー!」
人々は一斉に路地裏に、屋内へと駆けこんでいく。
大昔の何とかとか言う偉い預言者が海に道を開いたように、大通りの人混みに隙間が開く。
「はいどぉー!」
馬に拍車をくれると、私は煙の出処目掛けて一目散に駆け始めた。
『おいキサマ!その馬はマルトボロ市警隊が徴発した!すぐに降りろ!』
背中越し、私同様馬を調達しているらしいイーディスの声が聞こえた。
上手い具合に応援を呼んでくれれば良いのだが、まぁいいさ。
今は自分のできることをするだけだ。
何発か宙へと撃ちながら通りを駆け抜ける。
銃は知らずとも、発する轟音と白煙は人を遠ざけるには充分な効力を持っている。
うまい具合に私は、人混みに邪魔されず現場近くまで辿り着いた。
――だが厄介事が起きる時、それは決まって立て続けに起きるものだ。
「!?」
またも耳を打つ轟音に、空へと伸びる黒の煙。別の場所で、別の爆発が起こったのだ。
「……チィッ!」
恐ろしく気になるが、今は目の前のことのほうが優先だ。
馬を適当な柵に繋ぎ、散弾銃を手に取る。
爆発が起こったらしい所へと散弾銃を構えつつ進もうと――とした所で響き渡る銃声!
「!」
私はショットガンを構えたまま小走りに進み、適当な家の陰に隠れる。
するとである。
「ぎやぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫と共に通りに飛び出してくる、燃える人影がひとつ。
手にした銃を乱射しつつ、燃えながら地面をのたうちまわる。
「畜生!化け物め!」
「死にやがれクソアマ!」
続けて飛び出してくる男二人。
手にしたコルトSAAとウィンチェスターを、今飛び出してきた方へと乱射する。
連中の注意は、恐らくは今しがた燃え尽きて斃れようとしてる男へと火を点けた誰かへと向いている。
現状、どう見ても爆発の下手人として怪しいの奴らだ――この機を逃す手はない。
「動くな!保安官だ!武器を捨てて手を上げろ!」
散弾銃を構えつつ私は連中の側面を取った。
完全な不意打ちであったらしく、連中は自分たちの横面へと向けられた大口径8ゲージの銃身にギョッとする。
連中は銃を手にしたまま、その両手を上げていた。
「よぉし。そのまま大人しく――」
銃口を向けたまま近づきつつ、連中にまだ手にしたままの武器を捨てさせようとする。
『左よ!アッシュさん!』
そこで横合いから飛んでくる声!フラーヤの声だ!
咄嗟に左へと銃口ごと体を向ければ、馬を曳きつつこちらに銃口を向けた男の姿だ。
迷わず私は引き金を弾いた。
ズシンとした反動と共に、空気を裂く8ゲージ散弾は、あまり散らばることなく男の体に突き刺さり、ズタズタにしながら吹き飛ばした。
男が死に際に撃った銃弾が頭上を掠め飛ぶ。だがそれを意に介する事もなく、私は身を捻りつつ体を宙へと跳ばした。
――銃声!銃声!
さっきまで私の身があった空間を貫く二発の銃弾。見れば例の男2人は手にした銃の、照準は跳んだ私を追っている。
だが先に身を捻っておいた私のほうが、連中が狙いをつけなおすよりも素早い。
引き金を弾く。
やや間合いがあったがために、8ゲージ散弾は2人へと同時に襲いかかる。
右のコルトの男が散弾の半分以上を浴びて、宙へと断末魔の一発を撃ち上げながら吹き飛ぶ。
だが左のウィンチェスター男は、散弾を浴びながらも斃れなかった。
力を振り絞り、ウィンチェスターのレバーを起こし、次弾を装填する。
私は弾切れの散弾銃を捨て、腰のコルトを抜こうとする。だが間に合わな――……。
「うわぶ!?」
だが私へと狙いをつけていたウィンチェスター男の、その頭が突如燃え上がった。矢のような速さで飛んできた火の玉が、ウィンチェスター男の頭部へと直撃したのだ。
ウィンチェスターを取り落とし、しばし藻掻いた男は仰向けに斃れ、すぐに動かなくなった。
――間一髪。九死に一生を得た。
抜きかけのコルトをホルスターに戻し、ほっと安堵の溜息をつく。
『アッシュさん!大丈夫!?』
杖を手にしたフラーヤが私の方へと駆け寄ってくる。
差し出された彼女の手を辞退し、私は自力で立ち上がる。流石に大の男が御婦人の手で助け起こされるのは格好がつかない。
「助かったよフラーヤ。幸い一発も食らってない。ピンピンとして元気だ」
『良かったわ……それにしても、彼らはあなたと同じ――』
「ああ。アメリカから来たまれびとだろう。面に覚えがある」
改めて死んだ男たちのうち、顔が判別可能な2人の面相を拝む。やはりと言うべきか、ワンアイド・ジャックの一味に見た顔だった。
「フラーヤ。連中が何をやってたか、知ってるか?いったいぜんたい、何が起こってるのか……さっぱりだ」
私の問いかけに、彼女は首を横に振った。
『私も火の手があがったから駆けつけて来たのよ。そうしたら、この男たちに出くわして。そこで彼らはまれびとの武器で私を撃ってきたわ』
「それで反撃して今に至ると」
『そういうことね』
私は頭を抱えた。
ワンアイド・ジャックはこの街で何をするつもりなんだ?路地でダイナマイトをふっ飛ばして何になる?
連中の意図が読めない。正直に言えば、まるで見当がつかないのだ。
「……とにかく、今は動くしか無いな」
考えていても埒が明かないのなら、とにかく体を動かすことだ。
私は落ちていたウィンチェスターを拾うと、男の死体から弾を抜き取り、再装填する。
ガンマンの端くれである以上、私にも銃には多少の拘りがある。だからこそあまり他人の銃は使いたくはないが、現状そうも言ってられまい。手数は多いに越したことはない。
「フラーヤ。悪いが手を貸して貰えないか?」
『お安いご用よ。何が起こってるか知らないけれど、こんな時なら私もできることをするわ』
「よし」
私は繋いであった馬の鞍に散弾銃を突っ込み、ウィンチェスター片手に鞍へと跨った。
そして空いた手でフラーヤを引っ張りあげ、私の後ろへと乗せる。
「はいやー!」
次の現場へと向けて、私は馬へ拍車をかけた。
――煙を頼りに駆けつけた先では、さらなる修羅場が私達を待ち受けていた。
「イィィィヤッハァァァァァッ!」
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァーッ!」
奇声を挙げながら銃を乱れ撃ちにしてる様子が、遠くからでも解った。
往来のど真ん中。周囲の屋台などを倒して作ったらしいバリケードの内側に、何人かのアウトロー達が立て籠もっているのだ。警邏兵らしいのが辺りにいるが、銃撃を前に近づけず、遠巻きに取り囲んでいるだけの有り様だ。
「……厄介なことになってるな」
『本当にね』
適当な所で馬を降りた私達は、物陰に隠れながら立て籠もり連中へと近づいていく。
手にした戦利品のウィンチェスター銃――イエローボーイの後継型である1873年モデルだ――のレバーを起こし、初弾を装填する。連中とは間合いが遠く、散弾銃では不利だ。こういうときはライフルを使うに限るのだ。
「さっきの、火の玉を出した魔法。使えるか?」
『使えるけど……少し遠いわ。間合いを詰めないと』
「――よし!」
私はウィンチェスターを構えた。フラーヤが近づくために、連中の注意を惹きつけねばならない。
バリケードの向こうの、一番手近なヤツへと向けて狙いを合わせ。撃つ!
「!?畜生!撃ってきやがったぞ!?」
「チィッ!」
私は思わず舌打ちしていた。
銃弾は若干標的をズレて、バリケードなす木板のひとつに突き刺さったのだ。
――だから他人の銃を使うのは嫌なんだ!
「DUCK YOU SUCKER! / こっちだ、糞ったれ!」
叫びながら私はウィンチェスターを連射する。
連中はバリケードに身を隠し、時々銃だけを隙間から出してこっちへと撃ってくる。
銃弾が近くの壁や地面に突き立つが、私にはまるで当たる様子がない。当然だ。あんな盲撃ちが当たるなどという都合の良い話はない。
両者当たらぬまま、ただ銃弾を無駄に消費する。
だが連中の弾は文字通り無駄弾だが、私のは違う。フラーヤは着実にバリケードへと近づいていた。
『……』
路上に放置されていた樽の陰に身を潜めたフラーヤは、私へと目配せを送ってきた。充分な間合いへと辿り着いたのだ。
私は黙して頷くと、弾の切れたウィンチェスターを投げ捨て、腰の二丁コルトを引き抜いた。
この距離ではピストルは間合いではない。だが弾幕を張ってフラーヤから連中の注意を逸らすだけなら充分だ。
「――よし!」
タイミングを見計らい私は物陰より身を躍らせた。二丁コルトを構え、手当たりしだいにぶっ放す!
――つもりだった。
だが直前で気付いた。私自身が狙撃兵だったからこそ気づけた。
うなじの毛が逆立ったのは、自分へと向けられた殺気を感じ取ったからだ。
だがそれは、実際には自分へと向けられた「スコープ」のレンズの発する、僅かな反射光だったのかも知れない
いずれにせよ私は気づいた。気づいて仰ぎ見た。
バリケードに近い民家の、屋根の上。ライフルを構えた影がひとつ、確かに見えた。
「フラーヤ出るな!」
タイミングを合わせて物陰から飛び出そうとしていたフラーヤへと叫び、私自身も身を隠す。
即座に遠い銃声と共に、壁が弾丸で抉られる音が響く。
「スナイパーとはふてぇマネしやがる!」
『キャアッ!?』
私が毒づくのと同時に、フラーヤが小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
例のスナイパーの得物は連発ライフルらしく、それでフラーヤの身を隠す樽を狙い撃っているのだ!
所詮木で出来た樽の防御力などたかが知れている。私は狙撃手の目をこっちに向けさせるべくコルトをぶっ放すが、野郎お構いなしだ。この間合では当たらないとたかをくくってやがるのだ!だが事実なのも確か。
「トレヨの野郎に合わせろ!撃ちまくれ!」
さらに具合の悪いことに、スナイパーの動きに合わせてバリケードの中の連中もフラーヤを狙い始めた気配なのだ。彼女を助けなければ!だがどうやって?
――逡巡する私だったが、助けは意外なほうからやってきた。
空気を裂く、異音が響く。
轟音が鳴ったのは、その直後だった。
「!?」
私は見た。空中を走る「光の矢」を見た。
矢は狙撃手の陣取った屋根の、やや離れた右隣へと命中し、閃光走る。
――そして炸裂!
屋根の一部が吹っ飛び、破片が辺りへと撒き散らされる。
この攻撃にに私は見覚えがある。間違いなくイーディスだ。応援に駆けつけてくれたのだ!
――なんという良いタイミングだ!
狙撃手は幸運にもこの必殺の攻撃を免れたが、突然の予期せぬ攻撃に肝を潰したらしい。
屋根の上で立ち上がると、驚くべき身の軽さで走りだしたのだ。
次なる光の矢がやつを追うが、やつの影を貫き爆ぜさせたのみ。
やつは屋根の間を猿みたいに跳ぶと、瞬く間に姿は見えなくなる。
「やべぇぞ逃げろ!」
「ここにいたらアブねぇ!」
イーディスが何処かから放った光の矢にやはり肝をつぶしたバリケードの中の面々は、次々にバリケードから飛び出し逃げ出さんとする。固まっていれば一網打尽にされかねない。
だが連中を逃がすつもりなど、私を含めて誰にもない。
その点については――。
「悪いけど、逃すわけにゃ」
――キッドも同様であったらしい。
「いかないんだよね!」
言いつつ乱入してきたのは、二頭立ての荷馬車を駆るキッドであった。
やっこさん、馬の代わりに馬車を調達して駆けつけてきたらしい。
馬車はまっすぐ逃げようとしていたアウトロー共へと突っ込んでいく。
アウトロー共は慌てて逆にバリケードの中へと駆け戻る。身を翻し、揃って銃口を馬車を駆るキッドへと向ける!
「たりゃぁぁっ!」
しかしてキッドは掛け声と共に馬車の上から跳んだ!
アウトローの一斉射撃は、全て跳び去るキッドの影を射抜いたに過ぎない。
キッドは跳んで、アウトロー達の頭上を飛び越えた。
バリケードの内側に着地した時点で、キッドの姿はバリケードの陰になってしまった。
だから私が見聞きできたのは次のことだけだ。
アウトロー達が慌てて振り返ろうとして、「ひとつなぎの銃声」と共に肩口を押さえ揃ってもんどりうったのだ。
銃を取り落とし、バリケードの陰に倒れ消えるアウトロー達。
替わってバリケードの陰から姿を見せたのは、紫煙たなびくスコフィールドを手にしたキッド。
彼は用心金に指をかけ、クルッと何度かスピンさせると、それをホルスターへと落とし込み、口笛を一つ吹いたのだった。
相変わらずの、恐るべき早撃ちの腕だった。




