第12話 アワー・オブ・ザ・ガンズ
『おはようアッシュさん、今日も早いね』
「お早う爺さん。そっちも精が出るな」
『年寄りは眠りが浅いんだ。今朝採ってきたばかりだけど、ひとつどうだい?』
「いただこう」
大通りに青物の店を出してる爺さんから、こっちで言うリンゴに似た果物を一つ受け取った。
やや青臭かったりするが、それも中々悪くない。新鮮な実を皮ごと齧り付き、むしゃむしゃと頬張る。
爺さんに銅貨を数枚手渡した。爺さんは保安官相手ならツケで良いと言うが、そうは問屋が卸さない。殊、金の問題に関しては面倒の種になりそうなことはできるだけ避けるに限る。
『おはよう保安官』
「おはよう。調子はどうだ?」
『まだ熱っぽいけど、外に出て働いてるよ。言われた通り温めた牛の乳に、強め酒を一滴垂らしたら良くなったよ』
「病み上がりで無理すんなよ」
『解ってるさ。それじゃあ』
「じゃあな」
往来を進みながら通りすがる街の人々に挨拶する。
このマルトボロに来て早一周間を何日か過ぎたが、こまめに挨拶をして回ったりしていた努力も甲斐あって、何とかこの異邦の街へと馴染みつつあった。
西部の保安官といえば実質アウトローと変わらない荒くれ者が多いし、実際問題アウトローに身一つで立ち向かおうと思えば多少の荒くれ者でなければ務まらないのが西部の保安官だ。
だがマルトボロは大きな街だ。喧嘩や摺り、盗みのたぐいは絶えないし、ここ数日中に私も二、三人ほど拳でど突き回したが、それでも西部の町とは根っこの事情が違う。
「街の人間」には「街の人間」の振る舞いってやつがある。今も自分はそれに合わせねばならない。
「~~♪~~♪」
口笛を吹きながら、道を見回し歩く。
相変わらず実に色合い豊かな町並みだ。人がいれば長耳もいて、猫頭に蜥蜴頭、なかには例える言葉が見つからない妙ちきりんなヤツまでいて、未だに見慣れるということはない。
「In a cavern, in a canyon, Excavating for a mine ♪」
「 Dwelt a miner, forty-niner, And his daughter Clementine ♪」
「いとしのクレメンタイン」を呟くような声で歌う。
異邦にあって砂漠の水のように必要なのは、故郷で流行った何気ない歌だ。
「 Oh, my darling ♪ oh, my darling ♪ Oh, my darling Clementine ♪」
「 You' re lost and gone forever, Dreadful sorry Clementine ♪」
歌いながら気分が乗ってくる。そして少し声を大きくして続きを歌おうとし――止める。
歌を止めて辺りを見渡す。そして不意に覚えた、違和感の元を探す。
見慣れぬ町並みの中にあって、私の感じ取った気配はあまりに「見慣れたモノ」であった。
それは却って違和感となって、私の頭に飛び込んだのだ。
「……」
往来の人混みを駆け抜ける人影がひとつ。
修道士のように頭まですっぽりと覆う黒いローブに身を包み、マントのようなモノまで羽織っている。
チラリと覗いた横顔は人間のモノと見たが、しかしいったい自分は今の男の何が気になったのかと、自分で不思議に思う。「おおい、そこの男」と呼び止めようとして、咄嗟に思いとどまった。
気がついたのだ。私はなぜあの男に注意を引かれたのか。
「……」
やつの歩き方や些細な仕草から一つのことが解る。
やつは腰に間違いなくピストルを吊っている。
自然と、散弾銃の銃把を強く握りしめている私がいた。
今の私は仮にも保安官という仕事に就いている。
このイヤでも人目を引く肩書を背負って、雑踏の中で例の怪しい男を気付かれずに追うのはかなりの苦心させられた。道すがら別の帽子を調達したり、ダスターコートを脱いで、それでショットガンを包んで隠して見たり、ボロをマントのように纏ったり、とにかく色々やって例の男を追いかけた。
途中、何度気づかれるかとヒヤヒヤものだったが、やっこさんは幸運にも勘の鈍い男であったらしい。
「……」
そして今、例の男は路地裏の一角へと入り込み、私はそれを物陰から窺っている、といった塩梅であった。
しかしこの男、こんな所に入り込んで何をするつもりなのか。腰に銃を吊っている所を察するに、私やキッドなどとと同じ「まれびと」である可能性は高いが、だがイーディスのような例もあるので断定はできない。
「……」
いずれにせよあの黒ローブ男が相当に怪しいのは確かだ。
散弾銃を包んでいたダスターコートを外し、ボロを脱いで羽織る。
できるだけ音を鳴らさないように、ゆっくりと撃鉄を起こしていく。
まず右の銃身の撃鉄を。次いで左の――。
『おい』
――撃鉄を起こそうとした所で、私の背中にかかる声。
背中への注意がおろそかになっていて、近づく誰かに気づかなかったのだ。間抜け!
だが声だけで誰かは解った。イーディスだ。私の仕事ぶりを監督に来たのかどうかしらないが――しかしなんと間が悪い!
『そんな所で何をして――』
続けて飛んできたイーディスの声に、やっこさんが振り向こうとしたのを見て、私は咄嗟に身を隠す。
隠す動きの速さそのまま身を翻し、驚き顔をしたイーディスの口を無理やり手で塞いだ。
逆の手では彼女の体をひんづかみ、とにかく路地裏から引き離す。
『むごご!?むごご!?むごむごむご!?』
何やら呻いているのイーディスに顔を近づけ、口に指を当ててしぃーっとやる。そして囁く。
(言われた通り仕事してんだ。邪魔せんでくれ)
ようやく事情を察したのかこくこくと頷いたので、口に当てていた手を離した。
『あとで説明しろよ』と囁くイーディスにもう一度しぃーっとやって、指をちょいちょいと動かして付いてくるように促した。そして再び物陰から、今度は二人して路地裏を覗いてみる。
例の男は着ていたローブやマントを脱いでいたが、やはりと言うかそこにはあまりに見慣れた牧童風の装束に身を包んだ男がいる。思った通り腰にもピストルを吊っている。見たところスリーピィの得物と同じコルト・シングルアクション・アーミーだが、銃身はよく見る5インチ程度の長さのやつだった。ニッケルメッキも施されていない。
「……?」
改めて見れば私はその顔に見覚えがあったのだが、どこで見た顔なのかが思い出せない。まだこちらには気づかないカウボーイ風の男を私は改めてまじまじと観察するが……やはり具体的な名前までは出てこなかった。どこかで見た顔なのは間違いなのだが。
『おい、何をしている。あいつもキサマと同じ「まれびと」なのか?あんな所でなにしてる?』
小声とは言え耳元で捲し立てるイーディスの口をやっぱり手で塞ぎ、そのまま物陰へと押し戻した。
なにやら視線で抗議を送ってくる彼女を無視し、私は例の男の方へと視線を戻す。
男は脱いだローブの中に手を突っ込み、なにやらごそごそ探り、そして「あるもの」を取り出して見せた。
――それを見た瞬間、私は一瞬意識も体も凍り付き、次の瞬間には散弾銃を構えながら路地裏へと跳び込んでいた。
『ばか!ひとりで勝手に――』
突然の私の行動に、怒鳴りながらイーディスも後を追ってくる。
「連邦保安官だ!武器を捨てて手を上げろ!いやまて!やっぱり捨てるな!武器ごと手を上げろ!」
「へぁっ!?」
私の不意打ちの出現に驚いた男は、私が咄嗟の出任せ名乗った肩書にさらに目をむいた。
アメリカの保安官には二種類いて、U.S.マーシャル(連邦保安官)とカウンティ・シェリフ(郡保安官)がいる。普段町にいて選挙で選ばれるのはシェリフのほうで、連邦保安官は政府の役人だ。持っている権限の大きさもまるで違う。そして連邦保安官、特に彼らに雇われた連邦保安官補たちは、普通のシェリフならば追跡不能な正真正銘の無法の地、インディアン“保護区”へと逃げ込んだ犯罪者や賞金首も追跡し逮捕できる権限を持っており、アウトロー達からは恐怖と憎悪の的になっていた。
連邦保安官の殆どは情けも容赦も無い法の死神だ。加えて政府の役人だから迂闊に手も出せない。
おたずね者相手にハッタリかますなら、これ以上騙るに相応しい肩書もない。
――反射的に両手を上げてしまったカウボーイ男は、私の顔に見覚えがあったのか、すぐにハッタリに気づいて憎々しげに顔を歪めた。だが2つ並びの8ゲージ用銃身を突きつけられていては、手も下ろせない。
「な、南部野郎め……くだらねえ嘘で騙しやがってクソが!」
「そのくだらない嘘に騙されたくだらない野郎はどこのどいつだ。さぁその手の中のモノを渡してもらおうか」
『それより先にするべきは私への説明だろう。結局、貴様はここでなにをしてる?コイツは何者だ?』
イーディスが私の隣に来て、腰に両手をあてつつ訊いてくる。
やや口調には苛立ちがあったが、しかし思ったほど怒ってはいないようだ。
ふらふらしてばかりのキッドと違い、私はちゃんと職務を果たしていると解ったからだろう。
こういう時ほど、普段の行いというやつがモノを言うのだ!
「今、コイツの物言いで解ったが、コイツはワンアイド・ジャックの手下だ」
『ワンアイ――誰だって?』
「片目のジャック。本名は知らんが、そう呼ばれてる無法者の親玉だ。私達同様、こっちに迷い込んだまれびとだよ」
『……聞いてないぞ!』
「聞かれなかったからな。それに俺自身、すっかり連中のことは忘れてた」
迷い込んだ直後に、ウェルベルン――例の空飛ぶ人喰い蜥蜴に襲われ、連中とは別れたっきりでその後どうなったのか全く知らないのだ。てっきり化け物に喰われでもしたものかと思っていたが……。
「まぁおいおい話すさ。それよりも今重要なのは、コイツが手に持ってるモノで何をしでかそうとしてたか、だ」
『……?あの紙筒みたいなモノがなんだっていうんだ?』
イーディスが随分ととぼけたことを言ってくれるが、アレが何か知らぬ人間には確かに単なる茶色の紙筒にしか見えないだろう。
「あれはダイナマイトだ。要するに爆弾だ」
『ばくだん……?まずそれが何か解らん』
ああもうそっからか!言われてみれば火薬に当たるモノが無いなら爆弾が無いのも納得だ。
「いいか。あれは火を点けると――」
とまぁそこまで言った所だったのだ。
私の言葉はそこで遮られる。何に?
――唸る爆音!
――響く破裂音!
――弾ける悲鳴!
――溢れる怒声!
あらゆる種類の轟音が、私やイーディスの背後から叩きつけられる。
何事かと、イーディスは振り返る。私はかろうじてこうとだけ続ける。
「――ああなる」
言い切った所で、カウボーイ男の手が腰のコルトへと伸びるのを見た。思いの外早い動きだが――無謀だ。
なぜなら私は驚いたとしても、敵へと向けた銃口はそらさない。
銃身を少しだけ下げて、引き金を弾く。
8ゲージ散弾は殆ど散らばることなく、カウボーイ男の下腹の辺りに当たって、ヤツの体をふっ飛ばした。
上げる間も無かった悲鳴の代わりに、血と肉を飛び散らせ男は斃れる。
今度は銃声に驚き前へと向き直るイーディスをよそに、私は男が落としたダイナマイトを掴みあげる。そしてまだ驚きから醒めぬ彼女へと押し付け、早口に言う。
「コイツを火の気の無い所へ!それが終わったら怪しい余所者はかたっぱしから捕まえろ!」
『わ、解ったが……おい!キ、キサマはどこへ!?いったいなにがなんだか――』
「そんなこと俺も知るか!」
言い捨て私は表通りへと走った。走りつつも中折れの銃身を開き、空の薬莢を抜き取って再装填するのも忘れない。
空を見上げれば、家々の間から空へと立ち上る黒煙が見えた。
あれは爆炎だ。ダイナマイトの爆発と、それによって起こされた火事の煙だ。
――ダイナマイトを持ったアウトローが複数人、この街に紛れ込んでいる。
それだけは間違いがない!
久方ぶりの銃火の臭いに、私の体は武者震いが走っていた。




