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第11話 ザ・ホース・ソルジャーズ



 見事なまでにまっ平らな草原の、そのど真ん中に突っ立てられた何本かの木の杭。

 その杭の平らな頂には、実に奇妙なモノが置かれているのが見える。

 それは――「人間の頭」だった。ただし布と綿で出来た、であるが。


『タアッ!』


 凛々しい一声と共に振り下ろされたサーベルの刃は、狙いを違うことなく標的の人形頭を杭より叩き落とした。

 サーベルを振るう騎手は、その愛馬の翻して間近の別の杭へと向かっていく。馬のスピードはかなり速く、騎手はサーベルを持っていない方の掌で巧みに手綱を操っている。

 良い騎手だ。良く練られている。


『セイヤッ!』


 今度はさっきと違う太刀筋の一撃で、次の人形首を落とした。

 動かない標的に刃を当てる。一見それは簡単そうに見える。たしかに緩やかなスピードであれば、馬に乗れるものなら誰でもできることかもしれない。だがあのスピードでそれをやろうと思えば、馬の扱いとサーベルの扱い、そして馬上の身のこなし、その全てに技術が要求される。

 そして今私とフラーヤ、そして自称「将軍」の猫男タビーが並んで柵越しに見ている騎手は、確かな技術の持ち主と見えた。

 木の柵で四角に区切られた草原は、マルトボロの城壁の外に設けられた馬場だった。

 そしてタビー“将軍”に連れられて、この馬場に連れてこられるなり、私達一行を出迎えたのはマルトボロ市の騎兵隊の面々であった。

 ここは騎兵隊の演習場だったのである。

 タビー将軍に誘われて、ひょっとすると共闘するやも知れないマルトボロ騎兵隊の訓練の様子を見学してた訳なのだ。


『将軍!』

『お見えになったのですか将軍!』

『またそんな乞食みたいな格好を……ちゃんと着替えてください将軍!』


 とまぁ騎兵の面々に出迎えられたタビー将軍は横目に私を見て、ニヤニヤと笑ったものだった。

 人と猫じゃ顔の表情は少し違うだろうが、あれが私を笑ったモノであることは解る。畜生!

 だがやっこさんが自称ではないホンモノの将軍と解った以上、私に言い返せることは何もなかった。


『テヤッ!』


 思い出している間に、今演習中の騎兵のひとりは、さらなる標的をその切っ先で杭から突き落とした所だった。

 マルトボロの騎兵隊は数は大したことは無いらしいが、市が裕福なせいか装備は良い。

 演習場に集まった騎兵たちの乗る馬はみな健康なのが一目で解ったし、鞍もかなり高価なモノを使ってるのは見るからに明らかだ。

 田舎町の自警団のように各々の服装や得物がばらばらということもなく、揃いの帽子に揃いの革胴衣、揃いの短めのズボンに、揃いの膝丈を超える長さを持つ革ブーツ姿である。ブーツは膝の辺りがラッパ状に口が広がって伸びており、生地はかなり厚手だ。アレならば落馬しても足を護ることができるだろう。

 部隊の徽章代わりか、皆が同じ青色の帯をたすきに掛けていた。中にはそこに短剣を挟んでいる姿も見える。

 得物はサーベル。これはアメリカの騎兵隊が使ってるものと大差ない印象だ。三日月みたいに曲がった刃に、片手用の柄、そして柄を覆うようにヒルト(ナックルガードを兼ねた鍔)が備わっている。強いて違う点をあげるなら、自分の記憶にあるアメリカの騎兵隊のサーベルよりも刀身が長いように見える。取り扱いは難しそうだった。


『お前さんも馬に乗って戦うとか聞いたが、どうだい?サーベルのほうの腕前は?』


 騎手が標的の人形首を全て落とし終わった所で、出し抜けにタビー将軍が私へと聞いてきた。

 市の雇われ将軍(早い話が傭兵隊長みたいなモンだろう)であるタビーは、見た目は「みすぼらしい」以外に評する言葉が無いぐらいに酷い有様だが、当人いわく風呂も着替えも嫌いらしい。隣にいればノミやシラミが飛んできそうで正直勘弁して欲しいのだが、その役職の重さを考えればあまり無愛想に相手する訳にもいかないだろう。


「いや、そっちのほうはカラキシだ。ナイフならば多少は使える方だがね」


 言いつつ、私は左の真鍮コルトを抜いてかざして見せる。


「むしろ俺の得物はコイツさ」

『それが噂の「まれびと」の武器と言うわけか?』

「その通り。初めて武器を手にした時から、コイツはずっと頼りになる味方さ」

『だが馬の上で戦うならば、サーベルは最も良い得物の一つだと思うがな』


 それは将軍の言うとおりだった。私達の世界は今や銃砲の時代と言え、今でも騎兵隊のサーベルはそれなりに使い道のある武器だった。特に南北戦争じゃあ騎兵同士の乱戦でサーベルは驚くほどの猛威を振るったものだった。


「……“俺たち”の流儀じゃないんでね」


 だがそれは北軍の騎兵達のやりかただ。連中が昔ながらのサーベルを吊るして戦ったのに対して、南部の騎兵はサーベルを吊るさないぶん余計にピストルを持つ方を選んだ。中にはひとりにつき六丁のピストルを持ち歩いていた部隊もあったと聞く。


「それに俺は昔戦争に行った時も、馬は飽くまで移動の道具でね。戦場に着いたら殆ど降りて戦ってたもんさ」


 私も師匠も、戦時中は南軍が数多く有していたパルティザン・レンジャーズ(騎馬遊撃隊)の一員であったが、狙撃を主とする私達の部隊は北軍の背後などに馬で移動し、いざ戦いとなれば適当な所に馬を繋いで、茂みに隠れたり木に登ったりしてヤンキー(北軍兵)どもを狙い撃ったものだった。

 だから馬に乗って突撃!なんてことは、少なくとも戦時中は殆どやった記憶が無いのだ(ゼロとは言わないが)。


『アッシュさんには、実戦の経験があるの?小競り合いとかじゃなくて、大きな戦争の、って意味で』


 ここで、私の物言いに興味を示したのは将軍よりもフラーヤだった。


「あるが……それがどうかしたかな?」

『私は幸か不幸か、野盗の類相手ならともかく、戦争に出くわした経験がないのよ。私だけじゃなく、この辺りじゃあ長らく戦争は起きてなかったから』

「つまりこの騎兵連中も、いわゆる実戦は知らないわけか」

『そういうことになるわね。彼らも私同様、盗賊や山賊の相手ならば手慣れているとは思うけど……』

「……将軍閣下は?」

『わしは遠くからの流れ者でね。コレでも昔は傭兵として一線に立っていた。その時の経験を買われたってわけさ』


 なるほど、この小汚い猫男が街の将軍に収まっているのも納得だ。

 もしもの時のために、その道に通じたプロを手元に置いておこうという判断なのだろう。


『今、マルトボロには不穏な影は見えていないわ。少なくとも、目に見える形では。でも……』


 フラーヤが私の顔を覗きこんでくる。私の灰色の瞳と、彼女の淡い紫の瞳が交わる。頼もしい相手を見るような彼女の視線に、私は少しむず痒さを覚えた。


『アッシュさん達が私の元へと現れ、そしてこの街へとやって来たことには意味がある筈。だとすれば、その来るべき何かに立ち向かう上で、実戦を知る人以上に、頼もしい人はないわ』


 ――だが私は、いや私達南部の男たちは所詮「負け犬」なのだ。国を亡くし、故郷を亡くした敗残者なのだ。

 そのことをふと思い、彼女へと何と返したものか、迷う。

 少し間をおいて、フラーヤがこちらの様子に不思議そうな顔を見せた時、私はこうかろうじて返したのだった。


「昔の話だよ。……そうさ、昔の話だ」





 騎兵達の訓練の様子も見飽きた所で、帰ろうかという話になった時、興味深い光景に出くわした。

 制服姿の騎兵達の後ろより、ひとりだけ装いの違う騎手が出てきたから。その姿に私とフラーヤは少し驚く。


『アッシュさん、あれって』

「スリーピィの野郎だな。朝から姿が見えないとは思ってたが……」


 肩に借り物らしいサーベルを負ったその騎手は、間違いなくスリーピィの野郎だった。

 騎兵たちへとなにやら話しているらしいが、何を喋っているかまではここからでは聞き取れない。話し終わったらしい時点で騎兵たちは脇へと行き、スリーピィが訓練場の真ん中の方へと馬を進める。

 そして訓練の開始地点となっている杭の隣で一旦止まる。例の標的の杭の上には、馬場の下男らしいのが既に落とされた人形首を置き直し終わっていた。

 ――ピィィィィッ!と、騎兵のひとりが吹いた指笛の音が鳴る。

 その音を聞くやいなや、スリーピィのやつは自分の馬へと拍車をかけた。

 駆け出すやいなや、あっという間に速度をあげたスリーピィの馬は、すぐに最初の標的への間近へと迫った。

 掲げられたサーベルの刃に日の光が当たり、その切っ先で陽光が四散する。

 その眩しさに私はわずかに両目を眇めた時には、もう最初の人形首は杭から落とされていた。

 

「タッ!」


 短くも凛とした掛け声と共に、スリーピィは見事に馬を操った。その様は他の騎兵たちに勝るとも劣らない。

 サーベルの取り回しも見事なものだった。必要最低限の動きで、確実に標的を素早く落としていく。動きは地味で、そこには飾った部分はひとつもないが、しかし私には却ってそれが美しく映った。射撃競技用に職人が誂えた特別製のライフルやピストルと同じような、ひとつの目的へと特化したモノが持つ美しさだ。

 僅かな時間で標的を全て落としたスリーピィの姿は、実に「騎兵」然としていた。

 その姿より私は悟る。あのサーベル捌き、馬の操り方は間違いなくかつて本職の騎兵だった男だ。サーベルの扱いに長じている所を見るに、それも北軍の騎兵だったのだろう。

 ――華形の騎兵隊だった男が、なぜピンカートンの賞金稼ぎなどに?

 その腕前を囃し立てる、マルトボロの騎兵達へと向かうスリーピィの背中を見つつ、そう疑問に思うが、私はその理由を問おうとは思わない。

 銃によって身を立てようとするヤツは、誰だって脛に傷を持っている。

 そしてそのことについて問いただすのは野暮以外の何物でもないし、相手の疵を抉る時、自分の疵だって抉られる。

 私は黙って踵を返した。スリーピィの方へと行こうとしてたフラーヤは、私の様子に少し戸惑うも、結局私の後を追った。

 タビー将軍だけがその場に残った。スリーピィに何か話しかけるつもりなのか……しかしそれは私の知ったこっちゃなかった。




 市街地へと戻り暫くして、別の用事があるらしいフラーヤと私は別れた。

 そしてまたもひとり、アテもなくぶらぶらした所で、またも妙なモノに出くわした。

 視線の先にあるのは男女二人組で、ひとりは今朝別れたイーディスなのはひと目で解る。

 だがその隣の小奇麗な小僧っ子はいったいどこの誰なのか。最初、見知らぬ誰かと思ったがどことなく顔に見覚えがある。首を捻っていると、イーディスのほうが私に気づいたらしい。


『探したぞ!どこをほっつき歩いていた!』


 言いつつプリプリした様子でコッチへとどしどし歩み寄ってくるが、そもそも勝手にいなくなったのはどっちだと私のほうが言いたい。だが私は大人なのでそんなことはいちいち口には出さない。

 それよりも気になるのは隣の見知らぬような見知ってるような紳士君だ。


「仕事をやってただけさ。それより後ろの人はどこのどなただ?」


 私が聞くと、その紳士はなんとも苦虫を噛み潰したような凄い顰め面になった。なんだろうか。ひょっとして既に会っていた相手だったろうか。それならばずいぶんと失礼なことを言ってしまったことになるが。


『……ん?ん?んんん?』


 キョトンとした顔でイーディスは私と紳士の顔を何度も交互に見て、何に気づいたのか急に『プッ!』と吹き出すすと……。


『うわはははははははは!うわはうわはははははは!』


 弾けるように往来で笑い出した。私はギョッとし、紳士はさらに顔をしかめ、道を行き交う人々も何事かと怪訝な顔をする。しかしイーディスは『傑作だ傑作だ』と手を叩いてなおも笑い続け、とりあえず満足するまで笑い転げた所で紳士の顔を指差し(無礼なやつである)、涙を指で拭いながら言った。


『こ、こ、こ……ぷふふ!……こいつを誰と思ってるが知らんが、こいつはキッドだぞ!』


 馬鹿こくな、と言おうと思って紳士の顔を見なおした時、今度は私が笑い転げる番だった。

 その後、遂にキレだしたキッドとは殴り合いの大喧嘩になったが、その顛末についてはわざわざ述べるまい。

 ただ、やっこさんも紳士の装いが剥がれていつもより少しだけ上品なキッドに戻ったとだけ言っておこう。

 それにしてもキッドのやつ、ああもちゃんとした格好が似合うのは、たまたまなのか、ああ見えて意外と育ちが良いのか。

 まぁいずれにせよ、これも私の知ったこっちゃないのだった。





 そんなこんなで、数日の間は平穏に過ぎた。

 私はショットガンを背負って街を見まわり、イーディスはキッドの首根っこ掴んで市中を引きずり回し、フラーヤは彼女の持ち家で彼女の用事に没頭し、スリーピィは騎兵連中の所に入り浸り、将軍は道端でいびきをかいていた。

 ――しかしそんな平穏は、突然崩れ去る。

 災いは人知れず、マルトボロの街へと入り込んでいたのだ。



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