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第01話 スリー・テン・トゥー・ユーマ



 エゼルの村より「帰って」から、一年ぐらい後の頃。

 またも私は奇妙な事態に巻き込まれることとなった。今から話すのは、その時の話だ。



 ――その日、荒野にうっすらと走る馬車道を私は進んでいた。

 いつも通りサンダラーに跨がり、ゆるやかにパカパカと進んでいた。

 切り立った崖と川に挟まれた、あまり広くはない砂利道だ。

 駅馬車も使っている道で、これにそのまま沿って行けばマリンタウンという小さな街に着く。

 マリンタウンには駅がある。駅馬車ではなく、鉄道のほうの駅だ。その線路は真っ直ぐユーマの街へと延びている。

 ユーマ行きの発車時刻は午後3時10分。現在時刻は午後1時も半ばを過ぎた頃。今の速さで進めば、出発時刻には充分に間に合うだろう。

 ユーマの街には巨大な監獄がある。そこへとある「荷物」を届けるのが、この時私が請け負っていた仕事だった。

 無論、私のようなガンマンが運ぶのだから普通の荷物ではない

 その荷物がなんなのかと言えば――……。


「なぁよぉ」


 早速、その荷物が私に話しかけてきた。

 私はうんざりした心持ちで荷物の方を振り返った。


「……なんだ?」

「煙草はあるかい?噛み煙草じゃない。ちゃんとした紙巻きの煙草のほうさ」


 サンダラーの鞍には太いロープが一条繋がれており、それは私の後方に曳かれて歩く1頭のロバへと繋がっている。

 ロバにはくだんの荷物が載せられている。


「ロバなんてトロいのに乗せられて引っ張られてるだけじゃ退屈で死にそうなんだよ」

「特に口元が寂しいったらありゃせんぜ」


 今度の荷物はよく喋る荷物だった。ここ暫く静かにしていたかと思えば、また何やら言い出し始めた。

 なので私はこう一言返した。


「黙れ」


 荷物は両腕を縛られているにも関わらず器用に肩を竦めると言う。


「なぁにをイライラしてるのさ。そんなに怒ってるとハゲるよ」

「黙れ」


 私はそう切り捨て無視して前に向き直った。構わず荷物は私の背中に話かけてくる。


「俺のおじさんがサ。これまた綺麗なツルツルピカピカで。夏の日になんか磨きあげた金貨みたいに光ってんだけどさ。そのおじさん凄い短気でネ。もういっつもいっつも怒ってるわけ。怒りすぎて顔も真っ赤に湯だって湯気まで出ちゃって――」


 なにやら言ってるが無視する。正直付き合いきれない。ここに来るまでの道中でコイツのお喋りにはもううんざりさせられていた。

 このよく喋る荷物は、つまるところ人間の男で「賞金首」だった。

 その「賞金首」をユーマの街まで護送するのが、今の私の仕事だった。

 コイツの名は「キッド」。本名ではなくアダ名だが、アダ名のほうが本名よりずっと有名なので、みんなそう呼んでいる。アダ名の通りの童顔の持ち主で、なかなか愛嬌のある顔立ちの優男だが、外見に騙されることなかれ半年ほど前に3人の男を撃ち殺した立派なアウトローだ。

 自分がコイツをとっ捕まえたのはまったくの偶然だった。

 たまたま立ち寄った街のサルーン(酒場)で、コイツが酔いつぶれて娼婦に介抱されてるのを見かけ、ふと思い出したのである。以前手配書で見た色男に違いない。早速左手に真鍮コルトを提げてやっこさんの部屋に踏み込んでみれば、べろべろに酔ったまま呑気に娼婦と乳繰り合ってる真っ最中であった。キッドを引っ張りだすのは、相手の娼婦に泣きつかれて大変だった。面が良くてよく喋る陽気な――陽気過ぎる――野郎なので、女に受けは良いらしい。

 だが私からすればひたすらやかましいだけだった。


「賞金が掛かってなきゃドタマに一発ぶち込んで黙らせてやる所だこの野郎」

「そういうのは心の中で言うか、小声でボソッと聞こえないように言うのが良いんじゃないの?」

「聞こえるように言ってんだよ」


 キッドはまたも器用に肩を竦めてみせた。

 この男、縄でグルグル巻に縛られてるのに辛そうな素振りすら無いのだから、単に鈍いのかそれともタフなのか。

 銃を持った相手を少なくとも三人しとめている時点でただのチンピラでは無いのだろうが、今ひとつ正体の掴めない野郎である。

 全く、この辺りで治安判事がいる街がユーマしか無かったばかりに、コイツをそこまで「生かして」連れていかねばならなくなった。死体では賞金は出ないのだ。

 それでも2000ドルの賞金を思えば、まぁこの程度の手間は手間のうちに入らない。


「俺が撃たなくても、お前さんはどのみち縛り首だ。だから勘弁してやるよ」

「全く酷い話だよね。何も悪いことしてないのに縛り首だってよ俺」

「三人も撃ち殺しておいてよく言うぜ」

「おいおいおいおい俺っちが人殺しだっての?そりゃ無いよ、誤解だって誤解!」


 やっこさん首を激しく左右に振ると、聞いてもないのに何やらのたまい始めた。

 取り敢えず軽く聞き流すことにする。


「例の三人殺した時もよ、あっちが先に抜こうとしたんだから撃っただけなのよ。正当防衛だよ正当防衛」

「その三人、銃を抜いても無かったと聞いたが?」

「そりゃあ俺っちの腕が良すぎるのは罪よ。早撃ち過ぎて可哀想に、ホルスターからガンを抜く暇も無かったのね」


 私に捕まった時はべろんべろんに酔いつぶれてたような男が、良くもまぁいけしゃあしゃあと言えるもんである。

 確かにコイツに殺された連中も正直「札付き」と言っていい連中で、コイツの言い分にも一理はあるのだろう。


「だがお前さんのいうことが正しいとしてだ、3ヶ月前の賭博師殺しのほうはどうなる。ヤツは銃すらもっちゃいなかった。それでも正当防衛と言い張る気か?」


 そうなのだ。コイツ半年前の3人殺しの他にも賭博師を1人撃っているのだ。

 その賭博師もまぁ札付きの野郎なのだが、しかし撃たれた時に武器を持っていなかったのは確かだ。これでは正当防衛は成立しない。絶対に。

 しかしああ言えばこう言う。


「そこなんだよオッサン。あれもあの野郎が悪いのさ」

「あの野郎賭けポーカーの途中で袖口に仕込んだカード使おうとしやがって」

「だからカーっときちゃって。やいこの野郎せこいイカサマしやがってって問い詰めたら妙な動きをしてくれちゃってさ」

「それで反射的に撃っちゃったら、やっこさん、まち針一本持ってないでやんの」

「あの手の賭博師と言やぁポケットに入るピストルかナイフの一本でも持ってるの普通でしょ?」

「だからさぁ……こう……ついやっちゃったと言うか……」


 とまぁ言い訳になってない言い訳を聞かせてくれた。講釈ご苦労。だがその言い訳に治安判事が耳を傾けてくれる可能性は万に一つもあるまい。

 私は適当に相槌だけうっておいた。


「ああそうかい。そいつは災難だったな」

「でしょお!あのバカちんイカサマやるならやるでバレた時の備えぐらいしとけってんだ全く」

「あとで聞いた話だとあの野郎、自分の部屋にピストル置き忘れてやがったんだとさ。困るよねそういうの」


 何が困るよねだあんぽんたん。

 私は思わず自身のこめかみを押さえていた。

 まぁ良いさ。ユーマまでの我慢だ。ユーマまでの我慢だ。



 ――とまぁこの時はそんな風に思っていたのだ。

 だがそうは問屋がおろさない。2000ドルの賞金首を護送するのに、何事もなく済みそうだななどと考えていた私が甘かった。



 異変に気づいたのは、私もキッドも殆ど同時だった。


「聞こえたか?」

「オッサンも?」


 何だかんだでコイツもガンマンである。感覚は人よりも鋭いらしい。

 私の耳が微かに捉えた、風に乗ってやってきた馬蹄の響きも、ちゃんと聞こえていたらしい。


「お前さん、誰か心当たりは?」


 どう考えてもコッチへと近づいていると思しき、徐々に徐々に大きくなる音に、私はキッドに聞いてみた。

 

「うーん。俺は行く街行く街にファンの女の娘がいるからね。きっと俺っちが名残惜しいって追いかけてきたのヨ」


 私は色男を思わず呆れた眼で見ながら、こう聞いた。


「なら男友達のほうの心当たりは?お前さんのピンチの時に助けてくれそうなヤツの」

「……モテる男は辛いねぇ」


 キッドはまたも器用に肩を竦めた。

 コイツを助けに来た訳じゃないなら、考えられる可能性は現状一つ。

 ――2000ドルの賞金首を横取りしに来た「同業者」だ。


「ハイヤーッ!」

「うわっとぉ!?」


 私は愛馬サンダラーに拍車を掛け駆け出した。ロープを強く引き、ロバを無理やり走らせる。

 いきなりロバが走りだしたのでキッドの体はその上で揺れて、驚きの叫び声を上げていた。


「あぶねぇよぉ!落ちたらどーすんだ!?」

「安心しろ!落ちねぇよようにちゃんと繋いである!」

「か、仮にそうでもゆ、揺れがひどどどどど!?」


 無理やり走らせたロバの体は揺れに揺れ、その上のキッドの体もそれに合わせて揺れる。

 色男は顔を白黒させて泡を食っている様子だが、生憎と私にはやっこさんのロバの乗り心地を気にかけている暇はない。

 馬蹄の響きから察するに追跡者は複数騎。恐らくは10騎ほど。

 真っ向勝負は御免被りたい。とにかくマリンタウンに着いて汽車にさえ乗ってしまえばコッチのものだ。だから今はとにかく急ぐ。ただ一直線に急ぐ!

 ――だが!


「畜生スピードが上がらん!」

「だったら俺を置いて逃げてくれてもよろしくてよーっと!」

「それじゃ意味ねぇだろうが!」


 足の遅いロバを、それも大の男を1人乗せてさらに遅くなったロバを引っぱりながら走っているのだ。これではスピードが出るわけもない。

 ここまでの道中、特に問題なく進むことができていて油断していた。もっと急いで進むべきだった。

 馬蹄の音はそろそろハッキリと聞こえてきそうな大きさになっていた。程なくハッキリと聞き取れるようになるだろう。そうなったら追いつかれるのも時間の問題だ。

 どの道追いつかれると言うなら、採るべき手はひとつだ。

 迎え撃つ!


「ハイドー!」

「おわわわ!?」


 私はサンダラーに止まるよう手綱で制し、サンダラーに合わせてロバも止まった。

 私の視線の先には、馬や身を隠すのにちょうどいい大きさの岩がある。


「こっちだ!」


 岩の裏までロバを引いていき、サンダラーもロバも、そしてキッドもその陰に隠す。


「もう一回言っとくけど、素直に俺を置いてさ、とんずらしたほうが良いんじゃないの?」

「そうやっていちいち逃げてちゃこちとら商売上がったりなんでな」


 言いつつ私はサンダラーの鞍に繋がったロールケース――巻いて格納するタイプの鞄――の留め金を外し、その中身を開いた。

 ヒューっとキッドが口笛を吹く。ロールケースの中身はちょっとした武器庫だったのだ。ライフルにピストルにショットガンと、合計7丁の銃がそこには収まっていた。

 前の戦い、エゼルの村を巡る死闘では多勢を相手に少ない手数で、相棒のエゼルと二人っきりで挑まざるを得なかった。以来、私は普段から出来る限り多くの銃と弾丸を持ち歩くようになったのである。あらゆる間合いで、あらゆる数の敵と戦えるように、7つの銃はそれぞれ性質を異にするモノを選んであった。

 7つの銃の内から私が今回選んだのは、真鍮製の機関部が特徴的なレバーアクションライフルだった。

 ウィンチェスター1866年モデル、通称「イエローボーイ」。ライフルと名乗っていても、使う弾は44口径の拳銃弾とほぼ同規格のモノ。しかしコイツはなんと15連発もできる。コイツの前のモデルであるヘンリーライフルには南北戦争中、北軍の連中が使ってるにたびたび出くわしたが、その連射力には会うたび肝を冷やされたもんだった。

 大勢の敵を相手取るのに、コイツ以上にふさわしい銃は無い。なにせ15連発なのだ15連発。

 レバーを起こして初弾を装填する。そして岩陰に伏せて、追跡者達が姿を現すのを待つ。


「その一丁で立ち向かうおつもり?そりゃいくらなんでも無謀なんでないの?」

「追ってきてるのがどんな連中かにもよるが……必ずしも実際に撃ち合いをする必要は無い」

「コッチが戦える態勢にあるってことを連中に知らせてやりさえすれば良い。運が良けりゃそれで退く」


 そもそも他人が捕まえた賞金首を横取りしようなんて連中だ。不意討ちで銃を突きつけ、キッドの身柄だけ手に入れようなどと安易な考えの連中なら、コッチが戦う姿勢を見せてやればそれだけで怯む。連中は楽して儲けたいだけで、撃ち合いをやる度胸はない。


「それじゃあ追ってきてるのがアンタと撃ち合いしてぶっ殺してでも俺っちが欲しいなんて熱烈なやつらだったら?」

「……そうでないことを今は神様に祈るさ」

「冗談きっついよもう。こちとら縛られてるんだ。流れ弾に当たって死ぬなんてゴメンだよ俺」

「だったらお前も神様に祈っとけ」


 万が一撃ち合いになっても15連発イエローボーイに、二丁のコルト・ネービー。さらにまだ6種類の銃が自分にはある。加えて岩を盾にし、来る敵を迎え撃つ格好だ。現状、有利なのは私の方だ。


「……来たな」


 追跡者どもの馬蹄の響きがいよいよ聞こえてきた。こっちの視界に入るのも時間の問題だろう。取り敢えず一発先に当てずに撃って、連中を脅かしてみる。その後どうするかは、連中の出方次第だ。


 ――とまぁこの時はそんな風に思っていたのだ。

 だがそうは問屋がおろさない。2000ドルを狙っているのが、追いかけてきてる連中だけだと思った私はつくづく甘かった。


 不意に、背筋に嫌な予感が走り抜けた。

 あれこれ考える前に、私は咄嗟に地に伏せてゴロゴロと転がり、別の小さな岩の陰に隠れた。

 銃声が響き渡り、隠れていた岩の一部が爆ぜたのは、その直後の事だった。

 撃ったれたのだ。それも後方から。

 頑張って岩陰から撃ってきた方を見れば、後方の小高い丘の上に、いつの間に湧いて出たのか黒い人影がひとつ。 黒尽くめのその男の手には、硝煙たなびくライフルがあった。


「マズいな」

「挟み撃ちだねぇ」


 私の独り言に、自分は狙われる心配が無いキッドはあくびしながら呑気に返した。一瞬はっ倒してやろうかと思ったが我慢する。今はこの岩陰から自分は動けない。

 そんな私に、先に声を掛けてきたのは丘の上の男のほうだった。


「大人しくキッドを渡してもらおう。そうすれば君の命は保証する」

「だが、そのイエローボーイで私のシャープス・カービンと対決したいのなら、好きにしたまえよ」


 よく通る男の声を聞きながら、私は思わず舌打ちした。銃声を聞いた時にもしやと思ったが、やはりヤツの得物はシャープス・カービンだ。別名バッファロー・ライフル。その名の通り、バッファロー狩りにも使われる大口径ライフルで、後装単発式だが威力と射程でイエローボーイに大きく勝る。この間合では15連発も役に立たない。

 ロールケースの残りの6丁の中にはシャープスと張り合える威力射程のライフルもあるが、問題はそこまで取りに行くことができるのか、という話だ。

 取り敢えず色々と話して情報を聞き出そう。例の大勢の追跡者の一味なら、それこそキッドを大人しく渡して逃退散するしかないのだから。


「それより後ろから来てる連中はテメェの仲間か!?」

「……何?」


 言われて初めて気づいたのは、恐らくは私達に注意を向けていた為だろう。馬蹄の響いいてくる方へ注意と視線を向ける。馬蹄の響きは今やハッキリと聞こえる大きさになっていた。奴の顔が渋いモノになるのが遠目にも解る。


「あの顔は……後ろの連中はヤツの味方じゃないみたいだな」

「そりゃそうよ。基本的にアイツは独りで仕事をするって話だし」

「……知り合いか?」


 色男にもまさかの男友達かと思ったが違うらしい。振り返った所にあったキッドの表情は、なんとも微妙なモノだった。


「ピンカートンの使ってる賞金稼ぎだよ。前に『お仕事』してる所を見かけたことがあんのよ」

「そん時はヤベッと思ってズラカッたんだけど……『スリーピィ』って言えばオッサンも聞いたことぐらいはあるっしょ?」

「ピンカートンのスリーピィ……黒ずくめにシャープス・カービン……なるほどアイツがそうか」


 ピンカートン探偵社と言えば探偵を名乗っていても実質的には用心棒と賞金稼ぎの組合みたいな会社だが、そのピンカートンに属する賞金稼ぎには腕利きが多く、「スリーピィ」もその一人だった。

 まぶたが厚ぼったくて、それ故いつも寝ぼけた見たいな顔をしているからそんなアダ名がついたらしい。だがその顔から受ける印象に反して、恐ろしい腕前を誇るガンマンだとの噂は聞いていた。この距離では顔の細かい形までは解らないが、噂ではいつも黒尽くめでシャープス・カービンを愛用しているとの話だから間違いはあるまい。


「お……賞金稼ぎのオジサマは隠れたみたいだぜ」

「シャープスは狙撃で本領を発揮する銃だ……隠れて様子を探り、機を見てズドンとする気だ」


 キッドと話してる間に、スリーピィは丘の陰に身を潜めていた。逃げたのではない。後からやってくる大群の正体を見極めてから動くつもりなのだ。シャープスの射程を活かせる間合いに移動し、そこから出し抜けに現れようという魂胆だろう。私の背中をとった時と同じ手だ。


「つまり追ってきた連中の相手を押し付けられたって訳ね」

「そういうことだな、糞ったれ」


 私はさっきまで隠れていた岩へと駆けより、改めて岩陰に身を潜めなおす。

 そしてその直後に、追跡者の群れがその姿を現す。

 総勢10騎。その先頭の男には、私は見覚えがあった。


「ワンアイド・ジャック……こんちくしょう次から次と……」


 騎兵隊の青い軍服にダスターコート、そして右目を大きな眼帯で覆った初老のこの男。通称「ワンアイド・ジャック(片目のジャック)」。賞金稼ぎにして賞金首。元騎兵隊の大尉で、かつての部下のゴロツキどもで構成された強盗団の頭目だ。この凶暴な男の厄介な点は病的な南部嫌いだということだ。戦争中に片目を潰されたせいらしい。

 つまり私のような南部男とは、話し合いが成立する手合ではない。


「HALT! / 止まれ!」


 ヤツが左手を掲げれば、一斉に後続の9騎が止まる。元兵隊揃いだから統率がとれているようだ。


「隠れてんのは解ってる!キッドの野郎を大人しく渡しやがれ!」


 私が岩陰に隠れてるのはバレているらしい。私は姿を晒さず、岩の後ろから大声で言った。


「渡さなかったらどうなる!」

「ぶっ殺す!いや……」


 ワンアイド・ジャックは言い直した。


「岩の後ろのテメェ……その訛り、南部の野郎だな。だったら渡しても殺す!」


 隻眼の元騎兵大尉の怒声と共に、手下どもが一斉に得物を掲げた。

 大尉殿は部下に続いて左手を掲げる。あれが振り下ろされた時、手下どもは左右から一気に攻撃してくるだろう。不意打ちならまだしも、正面切っての戦いならイエローボーイでも分が悪い。

 ただしそれは私とジャック一味の真っ向勝負の場合だ。


「そうはいかないぞ、ワンアイド・ジャック」


 予期せぬ第三者の声に、ジャック一味は一斉に背後を振り返った。案の定、そこにはシャープスの照準をワンアイド・ジャックに合わせたスリーピィの姿がある。


「まさかこんな大物と出会えるとは思ってなかったよ。州を跨げば貴様にも5000ドルの賞金がかかってる。キッドの2000と合わせて、7000ドルは私のモノだ」

「おい、俺を忘れるな!」


 連中の注意がスリーピィに向いたのを見計らい、私も岩陰から身を躍らせた。イエローボーイの照準は当然、ワンアイド・ジャックに合わされている。


「二人で仕留めて、3500ドルで折半でどうだ!」

「断るね!キッドの2000はくれてやっても良いが、ジャックの5000は私のモノだ」

「テメェらもう俺を捕まえたつもりか!舐めやがって!」


 私とスリーピィの話に、ジャックが割って入る。ジャックはピストルを左手で素早く抜き、振り返って私へと向けてきた。手下どももそれに合わせて得物を構えようとしてきたが、私は大声で怒鳴ってそれを制する。


「やめろ!テメェらのボスの残った眼の方も潰されたいか!」


 それで連中の動きが止まる。連中はボスの顔をチラチラと伺う。


「俺の命にかまうな!南部野郎と賞金稼ぎをぶっ殺せ!」


 ワンアイド・ジャックは咆えるが、そうは言っても自分たちのボスの命をそうそう捨てられるモノでもない。

 状況は膠着した。ジャックの手下どもはうかつに動けず、私もスリーピィもうかつに引き金を弾けない。ジャックを殺せば5000ドルの賞金がぱぁだし、何より心置きなく手下どもがコッチを撃ってくる。距離のあるスリーピィはまだしも、私はこの状況で4対1になるのは分が悪い。

 つまり、誰も動くに動けない。例外はいずれにせよ今殺される心配のないキッドだけだ。


「~~♪」


 あんちくしょう、我関せずと呑気に口笛を吹いてやがる。

 ここから生きて帰ったら、やっぱり張り倒してやると心に誓う。


「……」

「……」

「……」

「~~♪」


 キッドの口笛を伴奏に、嫌な緊張感が私達の周りを流れる。

 誰も動けない。汗が垂れても、拭うこともできない。


 ――そんな止まった状況を動かしたのは、私達の内の誰でも無かった。


「うわお!?」

「くおっ!?」

「ぬおっ!?」

「わわわっ!?いでっ!?舌噛んだ!?」


 突然、何の前触れもなく地面が揺れた……気がした。

 ここの所が良く解らない。実際に揺れたのか、揺れたように感じただけなのか。

 いずれにせよ私達は誰もが目眩を覚え、体が揺さぶられるような衝撃を受け……。


 それが通りすぎた後、「世界」は変わっていた。

 そのことに、私だけが気づいた。かつて同じ経験をした私だけが気づけた。


「DUCK YOU SUCKER / またかよ、糞ったれ」


 私は思わず呟いていた。

 他の連中は何が起こったか解らず、ただ戸惑っている。


「お、オイ!?いきなり夜になったぞ!?」

「ここ何処だ!?さっきまでと全然周りの様子が違うぞ!?」


 ジャックの手下どもからは狼狽えた声が漏れる。ジャックとスリーピィは流石に冷静で、驚いた顔をしつつも辺りを観察したりしていた。キッドは舌を噛んだらしく、いてぇいてぇと悶えていた。ザマミロ。

 さっきまで昼だったのが、いきなり夜になっていた。

 辺りの様子も一変し、満天の月明かりに照らされているのは、遮るもの一つ無い砂漠のような荒野である。

 私達が隠れていた岩も無くなり、ロバも不安げに辺りを見渡している。サンダラーだけは前に同じ経験をした為か平然とした様子だった。さすが我が愛馬である。


「お、おい南部野郎!何がどうなった!何でテメェだけ澄ました顔してる!?」


 ジャックが左手のリボルバーをぶんぶん振りかざしながら私に聞いてくる。

 それに私がなんと答えようかと思案していた所で――異変はまたも起こった。


「おい!?ありゃ何だ!?」


 ジャックの手下の一人が、叫び、空を指さした。

 その方を私も含め、その場の全員が見た。

 空に黒い点が浮かんでいた。徐々に大きくなる黒い点が。どんどん大きくなる黒い点が。

 嫌な予感がした。私は全速力でサンダラーの方へと走った。途中でキッドの首根っこを掴むのも忘れずに。


「おいテメェ!?どこに――」


 ワンアイド・ジャックが私の背中へと向けて怒鳴る間にも、黒点は大きさを増し、その詳細が明らかになる。

 空からやってきたモノ、それは。


「なななななななな!?」

「ばばばばばば化け物だぁーー!?」


 見たことも聞いたこともない空飛ぶ怪物だった。

 蝙蝠をような羽を持ち、トカゲのような頭をした怪物だった。

 ソイツは一色線に――私達へと襲い掛かってきた!


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