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推理塾「赤ずきんちゃん」

作者: コマダ

今後に生かしていきたいと思っていますので、もしよろしかったら、感想をよろしくおねがいします。



 三月五日十四時。

 一人暮らし女性が殺された。名前は赤山関子あかやま せきこさん。年齢は六十九歳。夫とは死別していたため、その日は家に一人だった。犯人はあっさりと捕まり、犯行を認めている。逮捕に至る要因としては、目撃者だった。

 孫娘である小学六年生の女の子、赤山葵が祖母である赤山関子さんが殺されるところを目撃。その直後、赤山葵は近隣の家に逃げ込み、事件は発覚。そして犯人逮捕に至った。

 事件は解決した。


 ただ一つ、おかしな点を残す。

 現場となった家は密室だった。窓にも玄関にも鍵はかかっていた。

 それは犯人からの供述からでもそれはハッキリと分かっている。

 そこまでは問題ない。

 現場検証でもそれは分かっている。

 では、どういうことになるのだろう。

 いったい、目撃者である赤山葵ちゃんはどこから家の中に入ったのだろうか。



 凹落という町がある。

 凹みに落ちる、と書いて凹落町。

 少しだけ不吉な名前かもしれない。でもまあ、たかが名前だ。気にすることはないだろう。そういうのは気の持ちようだと誰かは言っていた。どこの誰かは知らないが、良いことを言う。

 二十二歳。

 無職。

 貯金なし。

 持ち金、現金二千四百円。

 恋人なし。

 だが、故人に倣い、気にはしていない。

 僕は階段を下る。

 ここは五階建てのビルだ。二階は飲食店。儲かっているのかは定かではないが、ファミレスのようなものではなく、飲み屋のような体裁を持った店だ。一応、潰れるような雰囲気はないので、それなりに採算は合っているのだろう。

 三、四階は個人経営の塾が営まれている。

 ただ、その四階はわけあって僕が居候している。塾を経営している塾長はこのビルの所有者でもあり、行くところのない僕をここに置いてくれている。法律的に問題かどうかは知らない。あったとしても、そこは僕の考えることではないだろう。

 そんなことより重要なのは、その家賃だ。

 無償で人に居を与えるほど、世の中は甘くはないことは、人生経験豊富な僕にはすぐに分かることだ。

 先ほども述べたが、僕の手持ちは現金で二千四百円。無職で、貯金もない。金がないのに、家賃を支払えるわけがない。しかし、そこはここの塾長はずいぶんと古風な方で、金がないなら、働いてくれればいいとのこと。

 家賃代わりに、自分の塾で働く。

 不眠不休でブラックに働けとかそういうことではないらしい。

 本来、土曜、日曜日は、塾は休みとなるらしいのだが、どうも平日に来ることのできない塾生の為に土曜、日曜日にも塾を開きたかったらしい。

 塾長が言うには、全員小学生なので、気楽にやってほしいとのこと。

 気楽に。

 気楽に、……か。

 僕は腕時計を見る。示す時刻は十三時三十分。

 開始時間からすでに三十分が経過。まだ、寝ていたかったという本音を理性と大人としての倫理観で押さえつけて、扉に手をかける。

 三階の教室から聞こえてくるのは、談笑であった。

 少し、この空気を壊すことに気が退けつつも、僕はドアを開ける。ドアを開くと、そこには元気に遊ぶ子供たちが四人ほどいた。……初の顔合わせではないのだ。少し他人行儀過ぎた言い方は訂正しよう。塾生のみんなだ。

 塾生ナンバー……は忘れたので放っておくとして、名前は馬場愛ばば あいちゃん。小学五年生だ。のほほーんとしていているが、とても元気で素直な女の子だ。

「センセー、おそいっ!」

「うげっ!」

 こうして教室に入ると、タックルをかましてくる。すごくどうでもいいことなのだが、子供は加減を知らない。僕と馬場愛ちゃんとの身長差を考慮すると、どうしても彼女の頭が僕の腹にくる。子供が抱き着いてくるというほほえましい光景でも、それがものすごくお腹に重く響いたりすると、途端に色あせていく。

「な、何度も言うけれど、先生に抱き着くのはやめようね。嬉しいんだけど、先生打たれ弱いから、体がもたないよ」

 力無く笑いながら、馬場愛ちゃんを引きはがす。

「そうですよ。先生がケガをしたら大変です」

 そう言って僕の身を心配してくれるのは、黒木百合くろき ゆりちゃんだ。小学四年生で、お人形のように可愛い子だ。先ほどの馬場愛ちゃんが子犬のような愛くるしさだとするなら、黒木百合ちゃんは精巧に作られた西洋人形のような印象を受ける。その印象は外見からだけではなく、小学四年生とは思えない彼女ならではの独特な雰囲気による影響にもよるだろう。

 このクラスで群を抜いて出来た小学四年生だろう。

 ただ、

「おさわりは有料ですよ?」

 たまにすごく黒いことを言う。

 僕は思わず伸ばしてしまった手を引っ込めた。

 色々と彼女には言いたいこと、聞きたいことはありますが、取り敢えず今はなにも言わないでおきます。そういう教育は家庭内で行われるべきことですから。ただ、本当に黒木百合さんはどこでそんな言葉遣いを覚えてきたのでしょう。

 僕は手を引っ込めると、二人に座る様に促しました。

「こーすけ、なんでいつもより早いんだよ」

 チッ、と舌打ちが聞こえた。先ほど二人に促した席の後ろ。そこでゲームをしている女の子。強気なつり目に、髪を頭の上で団子にしている。名前を大正橋弥生たいしょうばし やよいちゃん。小学五年生だ。今はゲームをしていて、真面目そうに見えないのだが、すごく真面目で、律儀な子だ。

「先生はいつだって時間厳守を心がけていますよ。あと、一応年長者である僕の名前を呼び捨てにするのはやめましょうね」

 不機嫌そうな大正橋弥生ちゃんに僕は言う。たぶん、彼女の機嫌が悪いのはゲームの佳境で僕が来てしまったからだろう。僕が来たら授業開始ということが分かっているからだ。僕を無視してゲームをしていればいいのだが、そんなことはしない。そういう律儀で真面目なところにすごく好感が持てる女の子だ。テレビなどで問題になっている授業を真面目に受けない生徒の話が、嘘に思えてしまう。

 ああ、ちなみに遅れましたが『こーすけ』というのは僕の名前です。

 凹落耕介おうらく こうすけ

 それが僕の名前です。苗字は地名、名前はごく一般的なありふれた名前だから、由来とかは割愛。

「あ、あの……」

 最後に、大正橋弥生ちゃんの隣でおどおどと喋る女の子、大木千鶴おおき ちづるちゃん。この子はすごく背が大きい。小学四年生だというのに、身長が百四十センチで、周りの女の子と比べても頭一つ出ているような状態らしい。かといって、高圧的な態度など皆無で優しい女の子だ。ただ、小心者なのかシャイなのかおどおどとした言動が目立っていた。ま、気にするほどのことではないけれど。

 とにかく。

 これで全員だ。

 貴重な休日を潰してまで塾に通う奇特な子供たち。計、四名。

「さあ、勉強、勉強。席についてください」

 パンパン、と手を軽くたたく。

 塾生には塾から配布された問題集がある。塾生は時間の間に決められたページまで問題集を解き進めなくてはいけない。まあ、普通は黙々とやるもので、分からないところで質問を持ってくる。その都度、僕がテキトーに答える。たまに小学生の問題でもすぐに分からなかったりして、かなり焦る時もあるが、どうにかなっている。今のところは。

 休日限定の塾講師を続けることもう一ヶ月。

 最初はよく分からなかった塾講師。……いや、今もよく分からないけれど、塾生の個性というのを把握してきた。

 例えば、もうそろそろ。

勉強開始から十分も経っていない。

「うぎゃーっ」

 にもかかわらず、机に突っ伏す塾生一名。顔を見なくても分かる。

「馬場愛ちゃん。まだ十分も経っていませんよ」

「むり。むりむりむーりっ。ぜったいに、むりっ!」

 まず最初、真っ先に声を上げたのは、馬場愛ちゃんだった。これはもう馴染みの光景である。この状態の彼女はなにを言っても無駄であることは、この一ヶ月で学習している。気楽にやってもらって構わないと言われていても、さすがに勉強をしていない状態はまずいだろう。

 どちらかというと不真面目な僕だが、ここでビルを追い出されてしまうと、本当に行く場所がない。

どうにかして勉強させるためには、と最近は教育関係の本を何冊か読み、勉強した。もちろん、本を買うお金はないので、立ち読みに徹したことは言うまでもないことだ。

 晴耕雨読。

 ではなく、晴読雨読(造語)。

 無銭立読(造語)。

 曰く、勉強は時間ではなく集中力らしい。子どもというのは集中力が散漫で、興味のないことにはとことん駄目なものらしい。だから、その集中力をどうにか勉強に向けさせて、かつ維持させなければならない。

 さて……、と考えること数時間。結局答えが出ることはなく、本を読み進めても具体的なことは何一つ書いていない。ただ、どの本も共通して述べていたのは、休憩の重要性だった。勉強と休憩をしっかりとつけることによって、勉強の効率が上がり、云々……、長々と続くため割愛。

 そこで思い出したことがあった。僕が小学生のころに行われていた英会話の授業のことである。小学校に英語という授業が無いときの話だ。英会話の講師が、不定期に学校を訪れて授業を行うことがしばしばあった。あれは僕の母校特有の授業だったかは、定かではないが今は関係ない。重要なのはその授業内容だ。

 英会話に馴染みない小学生に、英語に苦手意識を持つことなく楽しく授業に参加させるために、確かゲーム要素を取り入れていた気がする。例えば、クイズ形式とか。

 うん、そうだな。クイズとかいいな。勉強に対しての苦手意識云々が払拭されるような、勉強に意欲的に取り組むようなものが作れるかは、置いておくとしても。まあ、気楽にやれと言われているのだから、テキトーに。テキトーにリフレッシュになる程度のクイズで和気あいあいとした雰囲気を作れればいいのだ。

 ちょうどいい息抜きになるクイズ。

 ようやく、そこに思い至ったのは、数日前のことである。

「センセー、あきたー。べんきょうヤダー」

 完全に勉強モードから離脱した馬場愛ちゃんは、机に倒れ込んでいる。まあ、もとから勉強モードになっていたのかは置いておくとしても、そんな彼女に影響されてか、他の子のペンも止まりつつある。

 ということで、

「じゃあ、ここで休憩ということで、クイズをしましょう」

「先生、まだ十分も経っていないと言っていたのを忘れてしまったのでしょうか」

 黒木百合ちゃん、上げ足を取らないでください。

 あまりに正論なので、口には出しませんけどね。

「さて、問題文をよく聞いてから答えてくださいね」

「こーすけ、賞品は?」

 大正橋弥生ちゃんからの質問。

「……賞品?」

 思いもよらない発言に僕は少しだけ戸惑った。

 賞品? 賞品か……。考えていなかったことだが、確かにそうだな、賞品がないとモチベーションが上がらないな。

 僕が考えている間に、黒木百合ちゃんから声が上がる。

「先生はせいかいした人の言うことをなんでも聞いてください」

「しませんからね、黒木百合ちゃん。そんな王様ゲームみたいなことは」

 黒木百合さん、賞品を僕に対しての罰ゲームみたいなことにしないでください。

 そんな黒木百合ちゃんの発言に後押しされてか、僕は思いついたことをそのまま口にしていた。たぶん、ろくでもないことを言われる前に、とっとと決めてしまおうという心理が働いたのだろう。

「分かりました。ええっと、正解した人は宿題無しにします」

 前述したとおり、この塾では時間内に決められたページ数分問題集を解かなければならない。解けなかった場合は、次回までの宿題となる。今日、宿題がないというのは、今日決められたページ数分問題集を解かなくていいということだ。つまるところ、今日の塾の時間は遊んでいていいということになる。

「「「「……」」」」

 全員無言だった。

 賞品としては、弱かったか? と少し不安に感じてしまったが、そうではなかった。みんなの目つきが鋭い。みんな僕が問題を読み上げるのを注意深く聞こうとしているようだった。

 ……その集中力を勉強に傾けてくれると嬉しいんだけどなあ。

「えっと、では、問題文を読み上げます」

 こほん、と溜息を一つすると、教卓の中から紙芝居を取り出す。なぜこんなところから紙芝居が出てくるのかは、くだらない話なので割愛させてもらいます。昨日の内に、図書館で借りてきたもので、タイトルは『赤ずきんちゃん』。

 全員が「ほへ?」と口を開けていた。

 僕は構わず、続ける。

「昔々あるところに赤い頭巾がよく似合う女の子がいました。赤ずきんちゃんです。ある日、赤ずきんちゃんはお母さんに言われました。おばあさんが病気で寝込んでしまい、お見舞いに行ってきてほしいと。赤ずきんちゃんは大好きなおばあちゃんの元へ……ってこの辺は要らないかな、割愛割愛」

 僕はペラペラと紙芝居を飛ばしていく。

「センセー、クイズは?」

 馬場愛ちゃんが手を上げる。僕が問題文を読み上げないことを不審に思ったのだろう。

 まあ、もっともなだが、これも大切な下準備だ。手間を惜しむわけにはいかない。

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。これからだから、おっとここだ。えーと、狼さんは、赤ずきんちゃんより先回りして、おばあさんの家に行きます。扉を叩き、赤ずきんちゃんの声のマネをしておばあさんに鍵を開けてもらいました。おばあさんは扉を開けて、びっくりです。そこにいたのは赤ずきんちゃんでなく、悪い森の狼さんだったからです。おばあさんは悪い狼さんに食べられてしまいました」

 僕はペラペラとページを進めていた紙芝居を止める。紙芝居の絵柄は、狼がおばあさんを食べるところだった。

「いきなりそこですか」

 黒木百合ちゃんの揶揄が聞こえたが、僕は気にせずに続行。

「赤ずきんちゃんはおばあさんの家に着きました。おばあさんの家では、狼さんがおばあさんのフリをして赤ずきんちゃんを待っていました」

 僕は紙芝居を進める。

 絵は、赤ずきんちゃんがおばあさんの家の中で、ベットの上でおばあさんのフリをする狼さんと向かい合っている。

「さあ、ここで問題です」

「わかったっ! おおかみさんをやっつける方法だっ」

「違います」

 勢いよく言った馬場愛ちゃんを僕は一刀両断した。あからさまに落ち込む馬場愛ちゃん。他の子達も各々で色々考えているようだった。ただ一人、大木千鶴ちゃんは、おたおたとなにを考えているのか分からないくらいに、おびえているような感じであった。なにに怯えているんだと僕は彼女の視線を追う。視線の先は隣の座席に座る、大正橋弥生ちゃんだった。

 大正橋弥生ちゃんは僕を睨んでいた。今にも飛びかかってきそうな形相だ。ちょっと怖いなあ……。僕は苦笑いを浮かべるしかない。なにに対して怒っているのか、さっぱりだけど。

「こーすけ、くだらないことだったら……分かってるよな」

 大正橋弥生ちゃん、女の子が中指を立てて人に向けてはいけません。

 怖くて口に出せませんけど。

「や、弥生ちゃんは、愛ちゃんと同じことを考えていて、それが違うってせんせいに言われてたから……ご、ごめんなさいっ!」

 大正橋弥生ちゃんをなだめようとしていた大木千鶴ちゃんは、逆に大正橋弥生ちゃんに一睨みされて何も言えなくなってしまった。大木千鶴ちゃんはよく揉め事の中に割って入る良い子だ。ただ、大抵が一言多い発言で、場を引っ掻き回してしまうことが多いけど。

「みんなは難しく考えすぎだよ。今から出題する問題は、あまりにも当たり前すぎてみんなが見落としてしまっている問題だよ」

 全員の目がボクに釘付けになる。それと同時に、さっさと言え、という催促のヤジも飛んできた。僕はみんなをなだめてから、こほん、とわざとらしくも咳を一つついた後に言った。


「さて、赤ずきんちゃんは、どうやっておばあさんの家に入ったのでしょうか?」


 一瞬、みんなの目が点になった。

 そして、その後には、いったいなにを言っているんだこいつは、という呆れ顔に。

「問題の捕捉説明をします。狼さんはおばあさんを食べてしまいました。その際に、用心深い悪い狼さんはしっかりと家に内側から鍵をかけることも忘れていませんでした。ですが、時間が足りません。おばあさんを飲み込んでから、すぐにおばあさんのフリをしなくてはいけません。服を着替えたりなど、時間としてはそれほどかかりませんが、赤ずきんちゃんが来るまでという短い間に、全ての準備を整えなくてはいけません。もちろん用心深い狼さんは準備中に邪魔が入らないように、家の鍵はかけたままです。外には猟師さんがうろついています。危険です。だから、準備を終えるまでは鍵をかけておきました。しかし、ここでまた問題が浮上します。狼さんは準備を終えると、病弱なおばあさんを演じなくてはいけないので、ベットから出ることができません。これでは扉の鍵を閉めることはできませんね。赤ずきんちゃんが家に着いた時、先ほどのおばあさんのように内から狼さんが開けることはできません。狼さんだということが、赤ずきんちゃんにばれてしまうからです」

 みんなが呆気にとられている間、僕は構わず話を進める。

「ほら、この絵を見てください」

 僕は紙芝居から二枚の絵をみんなに見せる。

 一枚は、赤ずきんちゃんがおばあさんの家に着いたところで、閉じた扉の前にいる。

 そしてもう一枚は、その次のページにあたるもの。赤ずきんちゃんはおばあさんの家の中で、おばあさんのフリをする狼さんを見て、不思議に思っている絵だ。

「そうなんです。みなさんもお気付きだと思いますが、赤ずきんちゃんがどうやってこの扉を開けたのかは描かれていません。なので、この謎に、みなさんで挑戦をしてみようと……ってどうしました? みなさんなんだか言葉で表現しにくい顔をしていますよ?」

 とくに黒木百合ちゃんと大正橋弥生ちゃんは、また面倒な、といった顔をしている。大木千鶴ちゃんはそんな二人を見て、おたおたとしてた。

 そんな中、唯一積極的だったのは馬場愛ちゃんだけだった。

「センセー、赤ずきんちゃんはとびらから入ったんだよ」

「ドアには鍵がかかっています」

「じゃあ、鍵を持っていたんだよ」

「残念ですが、赤ずきんちゃんは鍵を持っていません」

「じゃあ、中かから開けてもらったんだよ」

「誰に?」

「んーと、オオカミさん」

「狼さんに開けることはできません」

「……むー」

 むくれる馬場愛ちゃん。僕の話を聞いていなかったのだろうか。鍵がかかった部屋にどうやって入ったのかと問われて、鍵を使って、という答えなわけがないだろう。安易すぎる。

 でも、方向性としては正しいのかもしれない。

「えっと、その……じゃあ、窓から……」

 おずおずと発言をする大木千鶴ちゃん。馬場愛ちゃんに続こうと思ったのか、なにも言わないのは僕に悪いと思ったのかはよく分からない。でも、こうやって発言してくれるのは素直に嬉しい。他の二人も見習ってもらいたい。

「でも、残念。窓にも鍵がかかっています」

「えっと、……その……ごめんなさい、です」

 うつむいて、黙り込んでしまった。

 それを見たみんなは、

「センセーさいてー」

 などと非難の声。終いには、

「こーすけ、こっち来るなよ」

 大正橋弥生ちゃんが僕を睨んだ。気付けば、彼女の周りにみんなが集まっていた。ひどいなあ、と僕がぼやくと、黒木百合ちゃんが付け足した。

「作戦会議です。聞いてはダメですよ」

 僕に背を向けて聞こえないように、声を落として話し始める。本人たちは僕に声を隠していると思っているようだが、声は丸聞こえだった。

僕は素知らぬ顔で、耳を澄ませる。

「と、とんち?」

 これは大木千鶴ちゃん。

「こーすけは汚いやつだからな。なにを言っても、きっとへりくつで返してくるに決まってる」

 大正橋弥生ちゃん、僕はそんなやつじゃないからね。

 大正橋弥生ちゃんの言葉を継いだのは、黒木百合ちゃん。

「そうですね。先生は汚い大人ですから。この勝負は、先生より屁理屈を」

 ちょっと、もう聞くのが嫌になってきた。僕ってみんなからそんな風に見られていたのか……。かなりショックだ。

 僕は教卓の上に突っ伏す。

「こーすけ」

 大正橋弥生ちゃんが僕を呼んだ。僕は力なく顔を上げると、消しゴムのカスが額に当たった。昔はよくやったなあ、こんなこと。

「なんでしょう」

 消しゴムのカスが当たったくらいで、大人な僕は怒ったりはしない。というか、先ほどのみんなの僕に対する評価を知ってしまった僕に、そんな元気は残っていなかったりする。

「問題は、赤ずきんちゃんがどうやって家の中に入ったかだよな」

「そうですよ。さっきも言ったけど、窓も扉同様に鍵がかかっていて、開けられないからね」

「じゃあ、窓をかち割って……」

「窓を壊すのは禁止です。女の子が窓を壊すなんて乱暴な発想はいけません」

「まったく、いちいちうるさいな。こーすけは」

 舌打ちをして大正橋弥生ちゃんはみんなの輪に戻る。またひそひそ話を開始する前に、僕はさらに付け加えた。

「赤ずきんちゃんは、キミ達と同じ小学生の女の子です。非人道的なことも、突飛なこともできませんからね。特に、おばあさんのお見舞いに行くのに、窓を割って侵入なんかしませんから」

 僕は声を大にして注意勧告する。

この条件は重要だ。

家の中で何が起こっているのか分からない。それは密室を破ろうとして、破ったわけではなく、たまたま、偶然そうなってしまったことを意味する。

解こうとして密室を解いたわけではなく、たまたま解いてしまった。このことがかなり重要な意味合いを持つ。

 あからさまに不機嫌そうな大正橋弥生ちゃんの視線がボクに突き刺さる。

「さて、どうしましょうか? 汚い先生のことなので、きっと汚いやり方をしてくるはずです。だから、回答も汚いやり方でしか求められないはずです」

 黒木百合ちゃん、僕のことをひどく言い過ぎな気がするのは、僕の気のせいだよね。

 それにそういう回答ありきの方法はあまり好ましくない。僕としては、素直な直感に期待したいんだけどな。

「きたない?」

 首を傾げているのは、馬場愛ちゃん。

「そうだな、そう考えると、例えば……赤ずきんちゃんの話を省略したところとかが怪しいな」

 大正橋弥生ちゃんの言。

「そうですね。先生はそういうことしてきそうです。あえて赤ずきんちゃんの話を持ってきたのに、話を省略している。不自然です」

 黒木百合ちゃん、普段からそういう目で僕のことを見ているのかい。先生は結構ショックだよ。さっきからだけど。

「あ、あの、……せんせいは、そそういうことは……」

 大木千鶴ちゃん、先生のことをかばおうとしてくれるその気持ちは理解できる。すごく嬉しい。でも、もっとしっかりとみんなに言って欲しい。

 大木千鶴ちゃんの声は小さく、震えていて、なおかつ俯き加減で喋っているため、白熱した議論を交わしているみんなには届かない。みんなの意見と食い違ってでも発言する勇気は認めるんだけどなあ。

「さて、と。これが赤ずきんちゃんの概要かな」

 大正橋弥生ちゃんは、携帯ゲーム機の小さな画面をみんなに向ける。最近のゲーム機は進化したもので、wi-fiに接続できれば、ネット検索が簡単にできる。もちろん、この塾はwi-fi完備である。個人塾のくせに、設備はなぜか良い。僕の借りている部屋にはパソコンだってある。

「ちづる、メモ」

 大正橋弥生ちゃんが指示します。それに素直に従う大木千鶴ちゃん。少しぶっきらぼうな言い方かもしれないが、これが彼女たちの間では普通なのだろう。

「と、登場人物は、えっと、その……」

「お母さん、赤ずきんちゃん、おおかみさん、おばあさん、りょうしさん!」

 馬場愛ちゃんが勢いよく答える。うん、元気がよくて何よりだ。だけど、ひそひそ話にならないからね? 馬場愛ちゃん。まあ、すでに聞こえているからべつに問題はないんだけど。

 大木千鶴ちゃんがいそいそと紙に書き写していく。それを見て黒木百合ちゃんは、なにやらよく分からないことを口走る。

「そうですね。この中で一番怪しいのは、赤ずきんちゃんのお母さんですね」

 は?

 思わず僕も声を出してしまいそうになった。

「どーして?」

 これは馬場愛ちゃん。

「決まっているじゃないですか。遺産目当ての犯行です。よくドラマであるあれです」

 力説しているのは黒木百合ちゃん。

「ないからね」

 そして、これが僕。

 そもそもそれじゃあ、お母さんが狼さんになってしまう。二重配役は禁止です。

 黒木百合ちゃんは僕のことをじとっと睨む。

 怖いなあ……。

 まあ、それだけ本気ということか。

「何度も言いますが、先生はそんな卑怯なことはしません」

 解けない問題を課すのは、先生として以前に、もう人としてダメな気がする。黒木百合ちゃんは、深読みし過ぎで空回りを起こしているから、どうしようもない。普段はもっと冷静なんだけどな。

「あ、分かりました」

 そんな折、黒木百合ちゃんが再び言う。

「ピッキングで」

「赤ずきんちゃんはおばあさんの家にピッキングで侵入したりしませんからね」

 黒木百合ちゃんが言い終える前に、僕がたしなめる。本当に、どこでこういうことを覚えてくるのだろう。それにさっき赤ずきんちゃんはみんなと同じ普通の女の子だと言ったのに。

「じゃあ、ドア以外に入れる場所はないじゃないですか」

 諦念の混じった非難の声が出る。が、

「そうなんだよ。扉意外に入れるところはない。だから、謎なんだよ」

 と、僕はあっさりとした声で返す。各々が様々な意見を述べた結果、一周してもとのところに戻って来てしまった。それが黒木百合ちゃんには気に入らなかったらしく、僕に向けてむくれた顔を見せる。ほんの少しだが、そういうところは子供らしくてかわいいと思った。

 そんな時だった。

「分かった、こーすけ。カギはかかっていなかったんだ」

 大正橋弥生ちゃんは呟くように言った。

「いやいや、鍵はかかっているからね」

「違うだろ、こーすけ。そう思っているのは、オオカミだろ」

 ……? 意味がいまいち分からない。

 そんな僕の顔を見て、満足そうな得意げな顔になる大正橋弥生ちゃん。

「カギは壊れていたんだ。だから、オオカミはカギをかけたのに、赤ずきんは入って来れた」

 どうだ、とドヤ顔の大正橋弥生ちゃん。そんな大正橋弥生ちゃんを囲んで、おおー、と感嘆の声を洩らすみんな。

 でも、なあ……。

 鍵が壊れていた。

 確かにつじつまが合う。この話の流れだけは。

 だけど、それは絶対にないんだよな。

「残念だけど、鍵は壊れていません」

「……」

 みんなから信じられないモノを見るような視線が全身に突き刺さる。

 まあ、そうだろう。

 ああ言えば、こう言うをまさに体現している。自分でも分かるのだ、他の人から見たらよっぽどだろう。

 そんな沈んだ空気の中、

「やっぱり、中から開けてもらったんだよ」

 などと一人馬場愛ちゃんだけはズレたことを言っていた。

「誰に」

 案の定、苛立っている大正橋弥生ちゃんに言われてしまう。

「えー? えっと、おおかみさん?」

 そこは馬場愛ちゃん。マイペースで、人の話を全く聞いていない。一応、その問答はすでに終わっている。

「狼さんは違うからね」

「じゃあ、……りょーしさん」

 大木千鶴ちゃんが書いたメモを横目でチラチラと伺っていた。

「猟師さんは外にいるよね」

 僕は呆れながら答える。

「おばあさんっ」

「家の中だけど、狼さんのおなかの中だよね」

 怖いこと言わないでもらいたい。

「えっと、後は……あ、そうだ。おかあさんだ」

「お母さんも猟師さんと同じ理由で、無理だよね」

 発想はいいと思うんだけどな。

 外から開かなければ、中から開けてもらえばいい。

 それはすごく単純で明快だ。ただ、そうなってくると、新しい問題が浮上してきて面倒なことになる。最初の問題よりさらにややこしい問題を解くのは、よほどの物好きといえるだろう。少なくとも僕にはそれだけの積極性も気力もない。

「もーいいや。こーすけのバカたれを相手にするのは、疲れた」

 と口にしたのは、大正橋弥生ちゃんだ。内心では悔しさを感じているのが、ありありと見て取れた。僕のことを睨んでいる。ふてくされてしまったようだった。まあ、小学生として正常なことだろう。

 大正橋弥生ちゃんにみんなが続き、おたおたとしていた大木千鶴ちゃんだけがどうにも意志を示せないでいた。きっと先生の顔を立てるべきか、友情を取るべきか迷っているのだろう。

 そんな大木千鶴ちゃんには申し訳ないのだが、僕は構わずに口を開く。

「じゃあ、みなさん。クイズはお開きということで。時間もわずかとなりましたが、勉強に戻りましょう。ちなみに、クイズに正解者はいなかったので、宿題免除はなしということで」

 言葉の最後、みんなから無言の圧力を感じた気がした。僕としても宿題を見るのは、面倒なのでなしで十分問題ないわけだが、そんなことをしていたら塾長にここを追い出されてしまう。

 僕は時計を見る。

 思いのほか時間を使っていたようだった。塾の時間は基本的に二時間となっている。まず、僕が遅刻した分で三十分を使用していて、残り時間は三十分だった。あのクイズに一時間近く頭を使っていたことになる。

 塾に来て勉強以外の時間が勉強時間を上回っていたのでは、親御さんに申し訳ない気持ちになってしまう。せめて今だけは静かにして、勉強に集中させてあげよう。


 さて、今回のことで分かったことは、鍵のかかったドアを子供が開けることはできない。

 みんなの話していた中で、一番正解に近いものは、馬場愛ちゃんのものだろう。

 内側から開けてもらう。

 ただ、それを正解とすると前述の通り、新しい問題が浮上する。

 扉を内側から開けたことに関しては、いくらでも理由付けが可能だと思う。

 だが、その内側から開けた人物がいったい誰なのか。

 そして、なぜそのことを隠しているのか。

 目撃者、という存在はとんでもないもので、事実というのをいくらでも書き換えられる。

 目撃者が黒といえば、白いものでも黒になる。

 いない人間はいるし、存在する人間はいなくなる。

 目撃者は嘘を吐いている。

 しかし、その理由が僕には皆目見当がつかなかった。


 粛々と勉強を続けるみんな。

「あ、お母さんからだ」

 黙々と勉強をしていたと思っていたら、黒木百合ちゃんは急にそんなことを言いだした。手にはスマートフォンがある。僕ははっとして時計を見た。

 気が付けば塾の終了時刻である。

 みんなも各々でケータイを取り出して、親の連絡を受けていた。

 今の小学生はケイタイ常備か。すごい時代になったもんだと、僕は少し遠い目になる。

「じゃあ、もう今日は終わりで」

 みんなはそそくさと帰り支度を始めて、あっというまに塾を出る。

「センセー、バイバイ」

 と馬場愛ちゃんだけは元気にあいさつをしてくれたが、黒木百合ちゃんと大正橋弥生ちゃんは不機嫌でなし、大木千鶴ちゃんはもじもじとしていてなにか言っていることは分かるのだが、内容までは聞き取れなかった。

 僕はいつも通り、塾のビル一階まで降りてみんなを見送る。

 みんなはこれからお母さんとどこに行くのだなんだと話していた。そう言えば、そうだ。今日は休日で、普通なら家族でどこかに出かけたりするものだろう。

 まして、お母さん、お父さんが大好きな小学生ならなおさら。

 ……。

 そこまで考えて、ようやく気が付いた。

 …………ああ、なるほどね。もし、そうなら説明がつくの、かな?

 僕はビルの中へ戻った。



 数日前のことだった。

 僕の数少ない友人の一人である名嘉原寿なかはら ことぶきからのちょっとした相談が、全ての発端となる。

 例えば、の話をしよう。

 そう言って話を切り出した。

 滔々と語り始めたのは、おばあさんが殺されてしまった話だった。一通りのことの顛末を語り終えると、最後にこう付け足した。

『どうやって女の子が入ったのか、謎を解いてくれ。解いてくれたら、好きなところでメシをおごってやる』

 万年金欠で、その日のご飯にすら危機感を覚える僕を動かすのに、ここまで的確な言葉はなかった。


 その友人の相談事が、赤ずきんちゃんクイズの発端だったことは言うまでもない。


 場所は古びた定食屋。閉店間際に駆け込んだせいか、客は少ない。店内にはテレビが大音量で流れていて、目を背けたくなるくらいうるさい。が、テレビなんて高価な物を持っていない僕からしてみると、ついつい視線がそちらに向いてしまっていた。ちなみに、この定食屋の代金は僕を呼び出した寿が持つことになっている。

 そうでもなければ、出てきたりなんかしない。

 金銭的な話もそうだが、常識的な観念からも、だ。

 店内の他のお客さんがそわそわしていて、厨房にいる店主ですら僕らの方をチラチラと見ている。正確には、僕の隣にいる名嘉原寿を。それもそうだ。

 制服姿の警察官が同じ店にいたのでは、誰だって何事かと思うだろう。

 この名嘉原寿という男の職業は、警察官。無職の僕とは違い定職についている。しかも、公務員だ。まったく、世も末だ。このような男が、公僕となるのだから。

 嫌味なメガネに、挑発的なオールバックの髪型。よくもまあ、警察官になれたと呆れるよりも感心してしまう。

 周囲の視線に反応して、隣の友人は周りを見る。当然、みんなは目を逸らすわけで、そんな見慣れた光景を横目に僕はテレビに向かう。おばあさんが殺された凄惨な事件の報道だった。

「で、解けたのか?」

 名嘉原は期待の眼差しで僕を見る。

「まあ、一応……」

 嬉々とした顔を僕に向ける名嘉原寿。そんな友人に対して溜息交じりに、僕はこぼす。

「でも、証拠はない。だから、正解かどうかは分からない。もし、正解だったとしても、こんなのは謎でもなんでもない。あと何日か捜査をすれば、すぐに分かることだ」

「いーんだよ。それで。証拠はあとからでもどうにかなる。とにかく必要なことは、数日捜査が必要なところを俺が一瞬で解いたら、俺一人の手柄だ。その積み重ねが、俺を出世させるんだよ」

 とにかく話せ、とせっつく名嘉原寿。

 そんなのでいいのだろうか、日本警察。

 そもそもの話、この男が所属している部署は交通安全課だったと記憶しているのだが、なぜ刑事事件に首を突っ込んでいる?

「……そうだな、窓にも玄関にも鍵がかかっていた。入る場所はなかった。なのに、家の中に入った小学生。警察の調べだと、こじ開けた形跡とかはないんだろ?」

「ああ、そうだ」

だったら話は簡単だ、と僕は言葉を続ける。

「『やっぱり、中から開けてもらったんだよ』」

 馬場愛ちゃんの言葉がそのまま口から出た。

 そして、あの時の僕同様に間抜けな顔をしている名嘉原寿。何か言おうと口を動かそうとしたが、結局閉じる。最後まで僕の話を聞くことにしたのだろう。

「それが一番自然だ。だけど、そうなると問題が変わってくる。女の子がおばあさんが殺されるところを目撃している以上、犯人が開けたわけじゃない。誰が扉を内から開けたのか、それと、なんでそのことを女の子は言わなかったのか」

「中に人、ねえ……だがよ、犯人以外に他に人がいた形跡はなかったぞ」

「答える前に、確認。女の子が歩いていける距離だ。おばあさんの家から女の子の家は近いんだろ?」

「まあ、そうだな」

「赤ずきんちゃんの話、知ってるよな?」

「ま、そりゃあな」

「狼は赤ずきんちゃんよりも早く家に着いたよな?」

「赤ずきんちゃんが寄り道をしていたからな」

「でもさ、普通に走り比べをしたら、狼の方が速いよな」

 僕の言いたいことを察したのだろう。

「なにが言いたいんだよ」

 痺れを切らした名嘉原寿は叫ぶように言う。その声に僕は答える。あまり気は進まないのだが、仕方がない。

「女の子のお母さん。僕は一番怪しいと思っている。というか、共犯者じゃないかなーと」

 なにを言っているんだ、こいつは、と僕を見る目が厳しくなる。だが、登場人物の中で一番怪しい人物で、僕の考えに合った人間だ。

「マジで母親が共犯者とか言う気か?」

 ま、そりゃあね。僕も冗談でこんなことは言いたくない。

「……百歩譲って、百歩譲ってそうだったとしよう。家を出た娘よりも早く、大人である母親が先に家に着いたとしよう。母親なら、自分の母親の家の鍵くらいは持っているだろう。それでもって、自分の娘を家の中に入れるために、鍵を内側から開けたとする。でも、なぜだ? なんでそんなわけの分からないことをする?」

 わけの分からないこと。

 この場合二つある。

 なぜ実行犯と一緒におばあさんの家に向かったのか。

 なぜ扉の鍵を開けて、わざわざ目撃者なんかを作ったのか。

 変なことをすれば自分が捕まってしまう可能性が上がるだけなのだから、実行犯に鍵を渡して任せておけばいい。それが普通だろう。殺人現場にいた人間なんて、一番疑われる。

「たぶんだけど、一人暮らしのおばあさんの家には、ヘルパーさんとかが来てたんじゃないのか?」

「ああ、そうだな」

「だったら、合鍵が家にあることを不審に思うかもしれない。だから、わざわざ回収に向かったんじゃないのか?」

 実行犯が鍵を持っていた場合、どこから入手したのかという話にもなるし、おばあさんの家の中に合鍵がなかったり、持っているはずの合鍵を持っていなかったりして、いらない疑いを警察に受けたくはなかったのだろう。

 なるべく事実と違うこと作らないようにする。そんなところではないだろうか。

「じゃあ、なんでわざわざ目撃者を作ったりなんかしたんだ?」

 名嘉原寿は食らいつくように、身を乗り出す。顔が近いので、マジでやめてもらいたいのだが、この感じではたぶん人の話なんか聞きやしないだろう。

 普通に考えてもらいたい。

そもそもの話、目撃者を意図的に作り上げようとする行為自体が有り得ないだろう。普通は、悪いことは見つからないようにするものだ。

 なのに、わざわざ密室と言う状況を崩してまで、目撃者作っている。その理由は、

「そんな理由はない」

「は?」

「わざわざ目撃者を作る合理的な理由はない」

 じゃあ、と名嘉原寿は言葉を続けようとする。もちろん、僕が遮った。

「だから、きっと想定外の出来事だったんだよ。そうだろ? 完璧な計画が思わぬアクシデントによって完璧でなくなる」

 ドラマとかの話だけど。

 僕は心の中でそっと付け足した。

「家の中で、事を終えた犯人はどうする?」

「どうって、そりゃあ普通にげ……」

 そこで名嘉原寿は気付いたようだ。

「そう、逃げる。そのためにドアを開けただけなんだ。その時に、運悪く鉢合わせしてしまっただけ。ま、不幸中の幸いだったのが、その鉢合わせしたのは、自分の娘だったということだ」

「……」

 名嘉原寿は眉根をひそめる。僕もあまりこういうことは口にしたくない。

「子供にとって親の存在は大きい。幼いならなおさらそれが顕著に出る。まして、女の子だ。自分の母親に強く言われれば、言うことを聞くだろうな。」

 例えば、黙っているように強く言われたら、聞いてしまうかもしれない。

「待て、待て待て。それはそうかもしれないが、それをやった証拠は?」

「なにを言ってるんだ。そんなのはない。最初に言っただろ」

 そんな時だった、頼んだ日替わり定食が僕の前に出された。

「動機とか、証拠探しとか、そんなのは警察の仕事だ」

 わけわかんなかったことに、一つの仮説を打ち立てたのだ。それで十分だろう。もちろん、こんなこと捜査が進めばすぐにわかることだ。仮説を打ち立てた、なんて大仰な言い方は少し変かもしれない。

「ほら、手柄が欲しいんだろ? 働け働け」

 僕は定食にがっつきながら、そんなことを言った。



 数日後のことである。

「お前の言った通りだった」

 などと言いながら名嘉原寿は僕にメシをおごっていた。


 母親はあの日、自分の母親の家にいたことを認めた。最初は知らないの一点張りだったらしいのだが、犯人であった男と不倫していた事実を確認すると、あっさりと認めたらしかった。「旦那に隠れて密会していた場所は、同じホテルと喫茶店だったから、簡単に店員から裏がとれたんだよ」

 遺産目当ての殺人だったらしい。

 よくある動機だ。

「ああ、あとおばあさんの家の前で自分の娘と出くわしたことも認めた。自分がここにいなかったことを強く言い聞かせたらしい。まあ、最終的には母親がいたことを認めてくれたけどな」


 喋り続ける名嘉原寿。よほど、気分がいいらしい。

「にしても、あの母親とんでもねえな。自分の娘に嘘をつかせるなんてな」

 そんな言葉に、僕は気の抜けた声で答える。

「とんでもない、か。でも、女の子の気持ちを一番理解していたのは、やっぱり母親だよ」

「は?」

「そうだろ? 自分の娘が言うことはないと分かっていたから、あんな行動ができたんだ」

 ひにくなことに、自分の娘のことを理解していたということだ。

 まあ、それも今となってはどうでもいい。そんなことよりも、僕は目の前のレシピを目で追っていくので精いっぱいだ。

「なあ、本当にいいのか?」

 そんな僕を見かねていったのだろう。名嘉原寿は僕に言う。

「本当に、ファミレスなんかでよかったのか?」

 謎を解いたらメシをおごる。

 その自分の言葉に準じるその姿勢は、僕も感服である。

「いいんだよ、あと煙草禁止」

 僕の気のない返事に、名嘉原寿はソファに深く腰を掛け直して、たばこを吸おうとした。僕がたしなめなかったら、本当に吸っていただろう。このファミレスは店内禁煙となっている。

「外で吸ってくる。食い終ったら、声をかけてくれ」

 そう言って、席を立つ名嘉原寿。ファミレスの入り口で、女の子四人組と入れ違いに出て行くのが見えた。

 名嘉原寿と入れ違いで座る四人の女子。彼女らの内の二人が仏頂面で、僕を見ていた。

「ここは僕の友達が持つから、なんでも好きに頼んでくれて構わないからね」

 そう言うと、先ほどまで不機嫌そうだった顔が一気に華やいだ。各々メニューを掴むと、食い入るように見る。

 馬場愛ちゃんと大木千鶴ちゃんは元からそうでもなかったのだが、黒木百合ちゃんと大正橋弥生ちゃんは未だにあのクイズのことを根に持っていた。だから、大人げないことをしてしまったと僕なりに謝罪の意を示したつもりだ。彼女達もそれを察してくれたに違いない。

「センセー、あたし一番大きいパフェ!」「先生ありがとうございます。とにかく一番高いものを頼みますので」「そうだな、とりあえず、メニューの全部。いいだろ、こーすけ!」「えっと、あの……その、」

 ……察してくれた、はず。

 僕は苦笑いを浮かべる。

 払いは友人だから、いいんだけどね。

 でもまあ、ご飯で機嫌が直るなんて子供らしく、素直で単純だ。

 僕はソファにもたれかかって、みんなの騒ぐ声から目を背けるように外を眺めた。名嘉原寿は高校生の不良に混じって煙草を吸っている。なにをやっているんだ、と呆れながら溜息をつく。そんな名嘉原の隣を通る家族が不意に目にとまった。

 その家族は父親と娘の小さな女の子。父親は名嘉原寿に気付き、会釈をした。

父親に手を引かれて歩く、小さな女の子。その女の子もそうだが、二人とも元気がないように見えた。

 名嘉原寿は気を遣ってかどうかは知らないが、おばあさんを殺されたところを目撃してしまった女の子のことについては話さなかった。殺人現場、しかも親族の殺人現場なんて大人でもこたえるものがあるだろう。子供である女の子には、どれほどの精神的な傷を負ったのかは計り知れない。さすがの名嘉原寿でも口にしたくはなかったのかもしれない。

 と、僕が少し感傷的に考えていると、

 遠くで何かを見つけたらしく、女の子が笑いながら父親の手を引いて行ってしまう。

 その光景に少し、僕の思考は止まった。

 外に向けていた顔をファミレス店内に戻す。そこではみんなが、大はしゃぎでウェイトレスさんに、注文を告げていた。みんながそれぞれお構いなしに口を動かすため、ウェイトレスさんは先ほどの僕と同様に苦笑いを浮かべながら、注文を聞いている。

ま、子供なんて単純で素直だ。心配なんか無用なのかもしれない。

 目の前にいるみんなを見ていると、心底そう思えた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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