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終章

 二人の結婚式は、翌年の六月、社交シーズンのまっただ中に行われた。

 厳かに響くパイプオルガンと、神聖な鐘の音、そして人々の祝福の中で二人は純白のドレスと、王宮騎士の礼装に身を包んで夫婦の誓いを立てる。

 兄のデュオンは式の当日まで、本当にレイドリックで良いのか、後悔はしないのかとしつこいくらいに何度も何度も確認してきたが、教会の祭壇に続くヴァージンロードでローズマリーをエスコートする時には、真っ直ぐに妹の幸せを祈ってくれた。

 兄の手から夫となるレイドリックの手に手渡される時、二人の間でつかの間交錯するような視線が交わされたが、レイドリックが礼を示すように軽く頭を下げると、デュオンは何も言わずに微笑して、参列席に移動する。

 十八歳となったローズマリーは、去年より少しだけ大人になった。

 同じように年を重ねて二十三歳になった彼も、少しだけ大人になったように思う。

 多分、どんなに年を重ねても二人でこれから先、迷うこともあれば困ることもあり、喧嘩することもあるだろう。でもそれで、きっと良いのだ。

 何かがあっても、一つずつ二人で解決していけばいい。その為の努力を惜しまなければ、きっとどうにか出来る……今はただ、素直にそう信じられる。

 式には兄以外にも、母や、レイドリックの父母に姉、その他幾人もの親戚や、二人の友人達が列席している。その母の膝で抱えられているのは、ローズマリーの亡くなった父の肖像だ。

 誓いの言葉を交わした後、結婚証明書に互いの署名を書き込む時には、様々な感情や思い出が込み上げて涙が零れそうだった。

 赤くなった瞳で見上げれば、綺麗に微笑むレイドリックの視線とぶつかり、神の御許の前で二人は誓いの口付けを交わし、指輪の交換を済ませる。

「この瞬間より、二人を夫婦と認めます。若き二人に、祝福あれ」

 教会を出て、表で待つ人々の歓声を聞く頃にはもう大泣きで、まともに笑顔を作る余裕も無い。

 折角の化粧が台無しだと、意地悪に呟く兄を睨むことも出来ず、ぽろぽろと大粒の涙を零し続けるローズマリーを抱き寄せて宥めるレイドリックの顔は、誰が見ても判るほどに幸福に蕩けきっている。

 あんな顔も出来るのねと、半分感心、半分呆れ混じりにエリザベスが溜め息を付いた時、彼女の目前に白いリボンで束ねられた、白百合とバラ、そしてローズマリーであしらわれた花嫁のブーケが飛んで来る。

 両手で受け止めたエリザベスの目に映ったのは、涙を零していながらも、この上なく幸せそうな笑顔で手を振る親友の姿だった。

 今まで幾人もの花嫁の姿を見てきたけれど、彼女ほど幸せそうな花嫁は他に無い。その笑顔を見ていると、エリザベスまでじわりと泣けてきて、受け取ったブーケで己の顔を隠す。

 次はあなたの番よ、と。

 瞳で告げられて、エリザベスは泣き笑いで、ローズマリーのブーケにキスをする。そしてレイドリックを軽く睨むように見返した。

 もしもまた、泣かせるようなことがあればあなたに捧げられた花を、いつでも奪い返しに行くわよと。

 そうした瞳の意味を彼が理解したのかどうかは判らない。ただレイドリックはその視線に対し、恭しく一礼すると、傍らの花嫁に本日二度目の口付けをして、周囲を大いに湧かせるのだった。



 こののち、レイドリック・エイベリーは騎士団からの命により、与えられた任務を遂行し、その功績を認められて正式に若き将軍の片腕として副官の地位を得た。

 後に彼は父の後を継いで、エイベリー子爵となる。

 貴族として、常に社交界の中心で華やかに周囲を彩る彼の姿も有名だが、愛妻家としても、騎士としての彼の名も有名で、四十代の後半で騎士の称号を返上するまでは、ブラックフォード公爵、エリオス卿の片腕として良く支え、良く勤めた。

 退役した後も彼の元には常に様々な人々が集まり、賑やかな笑いの絶えない人生だった。

 彼の夫人であるローズマリーとの間には二人の息子と三人の娘に恵まれて、晩生は子供達と多くの孫達に囲まれ、最愛の妻に看取られて旅立って行く。

 三年後、妻であるローズマリーもその人生を終えるが、間際彼女のしたためていた日記には、死への恐怖よりも再び夫に会える期待と喜びに満ちていたと言う。


 二人の眠る墓標には、生前二人がこの上なく愛し、子供達が捧げたローズマリーの花が今も、鮮やかに咲き続けている。


END


次話は後書きになります。

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