Strawberry
柾樹が風邪をひいた。
「寒くないか? 喉は渇かないか。これを飲みなさい」
「ん」
ベッドから身体を起こした柾樹の口にコップをあてがう。二口ほど飲んで離したそれを受け取ってサイドボードに置いた。横たわる柾樹に布団をかけてやる。加湿器や暖房も稼働させているが、古い屋敷だから利きがいまいちだ。
「ここにポットと一緒に置いておくからいつでも飲みなさい」
「ありがとう」
しゃがれた声が痛々しい。弱々しく笑む彼の髪を撫でた。柔らかく素直なそれは俺のお気に入りだ。
「何かあればすぐに連絡しなさい。それから…」
「日置さん、早く行かないと遅刻しますよ」
苦笑した柾樹が口元まで布団を引き上げた。出勤時間は確かに迫っているが、どうにでもなる。咎めるようにじっと見る柾樹にはかまわず、聞きたいことを聞く。
「何か欲しいものは」
「ううん」
慎ましい彼はいつも遠慮をする。出過ぎないのを好ましく思う反面、不満でもある。俺には本音を見せられないのか、甘えてくれないのか。
俺の不機嫌に気付いたのか、おずおずと柾樹は言った。
「いちご…」
「苺? 食べたいのか」
「…あ、でも高いからいいよ」
「構わない、買ってきてやろう」
後悔したのか慌てて否定する柾樹に宣言して額にくちづけた。
仕事を切り上げ洗った苺を持って行くと、柾樹は寝ていた。
汗をかいていたので額を拭き、手を置いた。まだ少し熱い。そのまま髪を梳き、ポットを見ると中身が減っていた。補充するために立ち上がろうとすると、袖を引かれた。
「…柾樹?」
見下ろすと柾樹はぼんやりとこちらを見ている。寝呆けているのか。
頬は赤く瞳は潤んでいる。とろんとした目の柾樹はどことなく頼りなさげだ。
「お茶を取ってくるだけだ。まだ熱がある。寝ていなさい」
安心させるように口元を緩めたが、柾樹はすがるように見たままだ。
「行っちゃ、やだ」
袖を掴む手は動かない。このままでは動けないので椅子に戻る俺を、柾樹はじっと見ている。
袖から離した手を繋ぎ指先にくちづけた。
「どこにも行かない」
「ほんと?」
頷くと、柾樹はにっこり微笑み再び目を閉じた。
「日置さん…」
呆然と柾樹が呟いた。
「いちご、買いすぎです」
「そうか。冷蔵庫にもまだあるのだが」
「え…」
これって高い苺じゃ…、食べきれないかも…、と途方に暮れている。俺は柾樹の額を触り、熱が下がったのを確認して満足していた。
「それで、あの、何で手をつないでるんですか」
おずおずと尋ねてくる。かわいい寝顔を堪能していた俺もいつのまにか眠っていたらしい。つないだままの手を見て柾樹が困惑していた。
行かないでほしいとかわいくねだられたことを明かして、照れる柾樹の反応を見たい気もしたが、黙っておくことにした。初めてのわがままは、俺だけの秘密にしよう。
戸惑う柾樹の口に苺を入れて、俺はうまいかと問うた。