[2]
時代は幕末。
小さな港町の片隅で甘味処を営む千里子は、二階の一番端にある部屋の戸に手を掛けた。
「朔、起きてる?」
室内からの応答がない。
あの怠け者、こんな昼過ぎまで寝ているなんて。
千里子は、溜息をつきながら部屋の戸を開けた。
その部屋は、店の前の道に沿って窓が設置されており、障子を開ければ好きな様に外界を眺めることが出来る。
その障子は既に開かれていて、窓際で煙草をふかし、片目を眼帯で固めた青年が一人佇んでいた。
「もう、また外眺めてたの? まだ寝てるかと思ったわ」
千里子は敷かれたままの布団をたたみながら、部屋に佇む青年に話し掛けた。
振り向いた青年は、ふわっとした温かい微笑みを浮かべ千里子の言葉に答えた。
「僕は朔じゃないよ。」
目線をふと布団から青年に移した千里子は、驚きもせずに話を続けた。
「その喋り方は、蒼輔さん? おはよう、蒼輔さん。今日もまた依頼の方がいらしてるわよ。ちょうど良かった、朔だと依頼の時話にならないから」
「依頼?こんなに早くから、またせっかちな人だなぁ。昼間は甘味処として営業してるってのに。そのことちゃんと言ってある?」
千里子はたたみ終わった布団を押入れにしまいながら、文句を言う蒼輔を諭した。
「まぁ、本業は甘味処じゃないからね。とりあえず隣の部屋へ通しておいたから。あとお願いできる?」
「まぁ、千里ちゃんがそういうなら仕方ないか……」
蒼輔と呼ばれた青年は、ゆっくりと立ち上がり隣室へと向かった。