退屈な一日
この小説は奇想天外な推理より、犯人を地道に追い詰める刑事にピントを当てて書いて行きます。
警視庁捜査一課13係は、設立されてからまだ間もない。
5人の刑事が所属するこの部署は、肩書きこそ立派だが、平たく言えば「1~12係の雑用を請け負う便利な部署」であり、さらに言うなら「飛ばすならここへどうぞ!」という部署なのである。
そんな部署のメンバーの一人、及川隼人警部。27歳。20代で警部という異例の昇進を遂げた彼も、被告人と銃撃戦の末射殺したとしてこの部署へ。すなわち、左遷。
警視庁ビルの地下7階。日の全く差さない薄暗く狭い部屋は、「地底」とよばれている。
「あーあ、今日も暇ですね」
椅子をくるくる回しながら不満げにぼやくのは、中島美奈子巡査部長。23歳。
なぜ彼女がこの部署に配属、いや飛ばされたかというと、それは彼女の姉に原因があるらしい。
彼女の姉、中島加奈子は数年前に起きた強姦殺人事件の被害者なのだともっぱらの噂だ。犯人は逮捕されず、事件は実質迷宮入りした。
すなわち被害者妹である中島が発言力を持つことを恐れ、左遷したということなのだろう。
「ホントに暇だよな」
相槌をうっているのは猪俣大輔警部補。25歳。銀縁のメガネといい、きっちり7:3に分けられた髪など、文句のつけどころがない「インテリ刑事」である。もっとも、隼人は猪俣のことを「頭でっかちのボンボン」としか捉えていないが。
「ですよね。なんか事件でも起きないかなあ」
「ちょ、ちょっと中島君」
中島の超不謹慎な発言に待ったをかけたのは金子聡だ。定年後も係長として嘱託任命されている。
よく言えば「現役時代の功績を買われて」
正確さ重視でいくなら「断りきれない性格につけ込まれて」というところか。
本当のところは、ここ一年で急激に後退した額から考えていただきたい。
「そうは言っても、いつまでも日陰者なんて悔しいじゃないですか」
甘い。現実が見えていない中島に隼人が口を開きかけた時...
「事件が起きていないんじゃないの。上が仕事を回さないだけ。って事は、私たちは正真正銘、日陰者ね」
隼人のセリフを奪ったのは、青山美咲警部補、27歳。薄く茶の混じった髪を背中まで下ろしている。「男顔」の美貌の持ち主。猪俣なんぞ、彼女にご執心で、自己希望でこの部署にやってきたほど。
彼女がこの部署へ配属された理由に関する噂が、これまたどろどろしている。
なんでも、普段はしっかり者で男に対する警戒心も強い彼女が一時期無防備になったことがあるらしいのだ。
かなりの美貌の持ち主が、無防備に。当然、男たちはよってたかって関係を結んだ。
しかし、日に日に理性を取り戻す青山を見た彼らはスキャンダル発覚を恐れた。
なぜなら、彼女の父親は警視正。ほとんどの警官の首など、竹のように切り落とす権力は持っている。
どうにかしなくては。
そして男たちは人事部の下っ端を説き伏せ(金銭の受け渡しの噂もある)て、今に至ったわけである。
小さな連中だ。
日陰者の彼らに今日も仕事は回って来ず、いつもと同じように退屈な一日が終わった。