一匹の猫(第一話)
彼岸桜が舞う光景は、春の訪れを予感させている。猫たちは恋の季節を終え、お腹に子らをもうける頃である。
そんな頃に、道しるべの裏庭で、うずくまる一匹の茶虎の子猫を、優子が見つけ出す。前足に怪我を負った、その猫は元気がなく、衰弱していた。
「ちょっと、どうしたのさ?」
子猫の状況を、確認した優子は、心配そうに見つめている。
「にゃあ、にゃあ」と、子猫は助けを求めているように見えた。
「わかったよ、助けてあげるからね!」
優子が、普段着の格好で、猫を抱えてやってきた。
「お母さん、どうしたの?」
四歳になる、娘が近寄り、弱った猫を心配そうに見つめている。その場所に幸司がやってくる。
「どうしたんだ、その猫は?」
一目で、その猫の状態を察知した幸司は、前足の異常に気がついた。どうやら、前足が骨折しているようである。
幸司は、その猫の前足に、添え木をあてて、応急措置を施した。
「優子、ミルク持って来い!」
「そう来ると、思ったよ!」
優子は、家の中に娘の麻耶を伴ない、台所に向かった。
「ママ、猫ちゃんは、どうなるの?」
ミルクを温めている、横で麻耶は心配そうに、猫のことを考えている。
「大丈夫、傷ついた猫を見捨てるパパじゃないよ!」
ミルクを、ひと肌まで冷ますと、麻耶のお古の哺乳瓶にミルクを流しこんでいる。
「出来た。行くよ!」
「うん」
哺乳瓶を娘に持たせ、幸司の待つ裏庭に足をすすめる。
「持ってきたよ!」
幸司は、ミルクを受け取ると、怪我をした子猫に飲ませている。夢中で哺乳瓶を吸う、子猫が命を繋ごうとしていた。
「どうやら、何処からか落ちたみたいだな」
親猫と一緒であったと思うが、この時点では姿は確認できなかった。つい最近まで、猫が繁殖の季節を迎え、恋する春の名残のようであった。猫は、娘の麻耶に預けられた。
「飼ってもいいけど、お父さんの仕事場所には入れるなよ!」
「それだけ、約束するならOKだよ。傷ついた子猫を、ほっぽり出すのも、可哀想だしな」
「うん、にゃん子。大事にする!」
春の桜が舞う季節に、一匹の猫は、「道しるべ」にやってくることになる。優子は、その言葉が嬉しく思えた。
つづく。