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母恋し、幼き想いは(第五話)

 初夏の頃に、里に咲く花に水芭蕉がある。その水芭蕉は、サトイモ科の多年草として知られる。水芭蕉は、湿地に自生し発芽直後の葉間中央から純白の仏炎苞ぶつえんほうと呼ばれる苞を開き、その美しさは印象的である。

 その水芭蕉の花言葉は、「美しい思い出」「変わらぬ美しさ」である。季節を彩る水芭蕉は、春から夏になる時の風物詩であり、季節感を物語る。

 その花の花言葉を知る幸司は、男の母親の若い頃のイメージが頭から離れない。懐かしそうに、卵焼きを食べている男には、何処か母親の美しい思い出が脳裏に残っている。

「幸ちゃん、レモンサワーちょうだい!」

ビールのグラスが空いて、しばらくしてから、次の飲み物を注文する哲雄が透明なグラスを見つめていた。

「哲ちゃん、これサービス!」

幸司は、料理の入った小鉢を男の前に出した。その小鉢には、男の思い出の一品が盛り込まれていた。

「ああっ、ぜんまいの油炒め煮だ。懐かしいな、お母さんがよく作ってくれたよ」

ゼンマイは、生のままでは苦みが強いため、一般には一度乾燥させたものを戻して使うことになる。そのゼンマイを炒めて、油揚げや人参などと煮上げた一品は、哲雄にとって思い出の一品である。

「はい、レモンサワーですよ。お待ちどう様でした」

 優子が、幸司の友人に優しく声をかけていた。


 その哲雄の母親は、離婚して以来、子供の事が気がかりであるのか、時折、頼りをよこしていた。

離婚後、独りで生活している寂しさは隠せないのが、母親の心境であることは、幸司もなんとなく理解していた。

「ゼンマイか、昔はいろんな食べ物がないから、山菜や何処か風情のある食べ物が懐かしく思えるね!」

 ふと、子供の頃の食生活が目に浮かんでくる。豊かな食生活事情も、災害とは隣り合わせであることを、哲雄は分析している。

「いまは、こうして不自由のない生活だけど、災害があれば、事情は一変する可能性を秘めているから、食生活も変わるような気がするね」

 幸司が、ぽつりと本音を呟いていた。外は、雨が降り続いている。五月雨の音がトタン屋根に響く中、幸司は次の料理を手掛けていた。

 料理に大変な興味を示すその男が、いつものように、幸司の料理を見ながら質問を繰り返している。

「それ、なあに? どうやって作るの?」

 意外と、もの知りである哲雄にも知らない分野は多い。その料理を仕込んでいる幸司は、男の仕草に愛嬌があって、憎めない性格であることは一番理解していた。


つづく。


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