母恋し、幼き想いは(第三話)
男は、幸司にとって無二の親友である。苦労をした人間の、心の内の真実なる部分を理解するから幸司は男を大切にしてきた。
出会いは、小学の頃に遡る。転校生として当時の小学校で出くわしてから、二十年後に奇跡のように再会したのが切っ掛けである。
幸司は、修業時代の帰省に地元の電車の乗った時だ。遠く離れた位置から、独特の忘れない雰囲気が目についた。
(あいつだ! 川口に違いない)
心の中で確認するように、自問自答する。人が好きで面倒見のある幸司は、昔の思い出を忘れていなかった。歩いて、彼のいるところまで向かってゆく。
「あれ、哲ちゃんだよね!」
近づいて、川口に声をかけることになる。
「うん、そうだよ。幸ちゃんかい?」
「よく、憶えていたね!」
偶然にも、降りる駅が一緒であった。偶然の再会から、今日までのお付き合いが始まることになる。
あの時、その友人に声をかけなかったら、今がない訳で、当然友人としての付き合いもなかった筈である。
その大切な友人が、お客さんとして来てくれているのだ。
お通しを美味しそうに食べている哲雄は、生を飲みながら次の料理を楽しみにしていた。
幸司は、二品目を仕込んでいる。
「幸ちゃん、柳川食べたい!」
今回の料理は、普段と違う展開である。
「やっぱり、そう言うと思ったよ!」
幸司は、苦笑いしている。
どじょうの柳川鍋、そのどじょうを下煮して、ごぼうを合わせ出しで煮立てたあと、卵で閉じるこの料理は夏の定番である。
どじょうの住処は、泥のある沼や田んぼです。かつては、自然が自然であり続けた頃は、農村ではふんだんに獲れた食材であり、貴重なたんぱく源でした。
「泥臭さは、僕みたいだな。そう思わない!」
ひとこと、哲ちゃんがつぶやく。
「そうかな。でも、その懐かしいような、素朴さが僕は好きなんだよ!」
その男の素朴さを知る幸司は、まな板を拭きながら笑っている。
田舎の泥臭さが、感じられてならない料理ではありますが、何かを忘れた今日には、大切に感じる料理ではある筈です。
「はい、お待たせ。柳川だよ!」
幸司は、この男の泥臭いところが好きである。嘘を言わずに、正直者である男の原点を知るから、優しくなれる訳があるのだ。
「ありがとう。無理言って」
「いいよ! ゆっくり食べて」
目の前に出された、柳川を食べている友人を見ていると、普段の付き合いが思い出される。ふと、男の母親に対する想いを知る幸司は、その男の心の内を気にかけていた。
つづく。