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母恋し、幼き想いは(第二話)

「道しるべ」のある長閑な山野には、真っ白な卯の花が咲き乱れている。季節らしい五月雨さみだれの降る日に、友人の哲ちゃんは、幸司のいる店にやってくる。

 雨にすっかり濡れたその男は、身なりは乏しいが、人間として間違ったことは一切しない人物である。幸司は、男の背中を拭いてあげると、カウンター越しに仕事を始めた。その男をもてなすための、今回のお通しを丹念に造り上げている様子が見えてくる。

「幸ちゃんの料理は、とても美味しくて、僕の心をいつも癒してくれるんだよ!」

 男は、幸司の手さばきを見ながら、慣れたようにビールを頼んだ。

「生ビール、一丁!」

「あいよ、今持ってくよ」

 優子は、分かったようにビールをグラスに注いでいる。そして、男の前に泡が美しくかがやく生が運ばれてくる。

「相変わらず、美味しそうですね!」

「しっかり、泡がきれいに残っている。喉越しがたまらないな」

 ぽつりと、本音が出た瞬間に、幸司は優しく微笑みながらお通しを出した。今回のお通しは、アスパラの胡麻だれ掛けであった。

「美味しそう、僕はアスパラが好きなんだ」

 そう言う男は、アスパラの味を味わっている。

「美味しいかい、アスパラにした訳を知りたくないかい?」

 幸司は、お通しのアスパラに謎かけをしてきた。

「なんか、意味でもあるのかい?」

「ああ、あるさ。今から、教えるね!」

 そう言うと、幸司はアスパラの話しを始める。

「アスパラには、株で育てる方法と種で育てる方法の二種類があるんだ」

「種で育てる方法は、種をまいてから、芽が出るまで数週間かかり、収穫も3年たつまで出来ないんだよ。だから断然、株から育てるほうが簡単と云われている」

「株を購入してきて、株分けで栽培する訳だけど、株でも大きく育たなければ茎の太い立派なグリーンアスパラを収穫する事ができないということなんだ」

「だから、何年もかけて下株を育てるという事になるんだよ。7~8年もたてば立派な株が出来て、収穫できるようになる訳さ」

 幸司は、丹念にアスパラガスの説明を哲ちゃんにしている。

「へえ、そうなんだ。なんとなく食べているけど、育てるまで大変な苦労なんだね」

 アスパラの育てる苦労を、ひとつの忍耐であることを幸司は伝えたかった。その男の、苦渋に満ちた人生を知るからこそ、あえて、アスパラを選んでお通しとした事実がそこにはある。


つづく。



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