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父への鎮魂歌(最終話)

 その日は朝から快晴で、夕方には夕陽が西の空に輝いていた。暖かい日差しの中に、目映く観音像が浮かんで見えるような感覚になる。人は、時に苦しみを多く経験した人ほど、心が成長すると云われている。

 それは、悟りという人生の狭間を経験した時に、大切な何かを見つけるからだ。

 そう思う、この店の主である幸司は人を大切に思うのである。幸司は、最後の料理を作る前に、カウンター越しにお酒のグラスを覗いている。

「次のお飲み物は、如何なされますか?」

 幸司は、夫婦にやさしく質問する。つい、お酒の好きだった父親の姿が浮かんでくる。心に染みる料理を味わっていた夫婦は、美味しいお酒を味わいたいと思った。

「何か、いいお酒はありますか?」

 奥さんが、仕事をしている幸司に訊ねた。

「濁り酒をご存知ですか? 白っぽく、濁った味わいのあるお酒です」

 ガラスの容器に注いだ濁り酒は、なかなか味わえない特有なお酒である。その濁り酒を、夫婦は喜んでグラスに注いでいる。

 幸司の勧めた濁り酒は、父が良く好んで飲んでいた思い出の酒であった。

ふと、幸司の脳裏には、懐かしい想い出が込み上げてくる。その事実を告げることもなく、夫婦は濁り酒を味わっている。

「とても、甘みがあるお酒ですね。なんとなく、喉越しがいい感じです」

 真っ白い甘みのある酒に、神代の昔に想いを馳せるような味わいがある。

 幸司は最後の料理に、伊勢海老の鬼殻焼きを選んだ。プリッとした焼き加減が、程良く味わい深さを与えている。

「いいんですか。最後の締めに、伊勢海老なんて!」

 高級感のある伊勢海老を、最後に持ってくる幸司の心意気は、ここにいる夫婦を驚かせていた。

「伊勢海老の長い髭は、長寿を表わしている例えです。私は、父の長い眉毛を見ていた頃があります」

「僕は、父が長寿であると心で思っていました。それが、急にこの世から旅立った事は、驚きが隠せなく悲しみがありました」

 せめて、長生きしてほしいと思っていた親の訃報は、幸司の覚悟を確かなものにしているのである。

「やはり、命というものは尊いですよね。身近に感じる、この世の無常は儚いと思います」

 ぽつりと、奥さんが心境を述べた瞬間であった。夫婦は、美味しそうに最後の料理を食べている。

 値段には、釣り合わぬ伊勢海老の味は、夫婦に感動と安らぎを与えた。

「ご馳走様でした。今日は、いろいろと教わりました」

 夫婦は、勘定を済ませると、「道しるべ」を後にする。それから、お客さんが帰った後、父への想いを伝えるかのように、幸司は父の好きだった歌を口ずさんでいた。


つづく。


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