父への鎮魂歌(第七話)
鰹が、大海原を回遊するように、季節は巡り巡ってゆく。そして、故人への悲しみも季節と共に薄れてゆく。
いつも、この季節になると鰹を買いに行く、父の姿が懐かしいと幸司は思った。春にやって来ては、秋に戻ってくる鰹は、幸司の父の大好物であった。
鰹が戻ってくるように、故人となった父が、戻ってくるような思いも、幸司には微かにあるのである。
「私の親父は、鰹が好きで、よく買いに行ったもんです。造りにして、食べさせてあげたこともあったんです」
記憶にある、父の鰹を食べている姿が、懐かしく思い出されるようだ。
「うちの母も、買い物に行くと、鰹の刺し身を買ってきた思い出があります。子供の頃は、よく食べさせられました」
「血合いが、苦手でよくはずして食べた記憶があります。今は、大人になりましたから、味が良く分かるようになりました」
子供の頃の感覚を、旦那さんが懐かしそうに話していた。その表情は、亡き母の思い出に包まれている。
次の料理が、幸司の手によって作られている。心のこもった料理は、もう既にお客の心に沁みついていた。
幸司はカウンター越しに、夫婦の反応を確かめながら、料理の演出を試行錯誤している。
「五品目の料理です。秋田蕗の青煮詰しんじょと、アイナメの阿蘭陀煮です」
秋田蕗は、二メートルにも達し、とても太い蕗である。秋田の名物で、大きさは群を抜いている。
その蕗に、海老のしんじょ地を詰めて、蒸しあげたものを白醤油で煮込んでいる。そしてアイナメは、片栗をつけて揚げたものを、醤油味で煮含めていた。
「太い蕗ですね。いつも食べていた、蕗の煮物とは比べ物になりません」
「海老の詰め物が、アクセントになっていて、とても美味しいです」
夫婦は、蕗の太さを見ると、驚きを隠せない様子であった。
しかし、幸司の思惑は、蕗の太さをアピールするというよりは、逞しく山野に自生している力強さを伝えたかった。
「確かに、太くて驚いていると思います。しかし、この蕗は、暖地に植えると普通の蕗と変わらなくなるそうです」
「厳しい土地柄で、自生している蕗がこんなに太くなるのは、不思議な感があります。人生も、辛い出来事を超えていくから、太く強く生きていけるのでしょうね」
悲しみに直面しても、物悲しいのは当然であることと思える。そこから、故人を偲んで自分を強く持つという事も大切に思えた幸司がいた。
つづく。