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父への鎮魂歌(第五話)

 人生の年輪には、生き様が見え隠れする。よりよい年配者は、年と共に欲を離れて宗教心に目覚め、四無量心しむりょうしんの境地に近づいていく人がいる。

 四無量心とは、仏が一切の衆生(しゅじょう)に対してもつ、無限で平等な四種の哀れみの心のこと。

 そこに、年配者への尊敬が生まれて、人はより良き人間として成長していく。どんな状況であれ、人に対する優しさは、「道しるべ」の基本である。

 時に、家族との別れは寂しく、悲しみが深いものである。その根本的な魂が、よりよく導かれるように、私たちは墓前に手を合わせることに徹する。

 そんな思いをしてきた、夫婦の気持ちを察するかのように、二人の様子を覗いながら仕事を進めている。

「如何でしょうか、お飲み物が空いているようですので、私が、お一つ、御馳走させていただきます」

 幸司は、夫婦に日本酒のプレゼントを申し入れる。

「申し訳ありません。よろしいのですか?」

「ええ、是非いただいて下さい!」

 幸司は、ガラスの一合瓶に、丁寧に清酒を注いでいる。

「岐阜県の清酒、母情ぼじょうです。慈愛に満ち、仁徳のある人柄であった創業者の妻にちなんでつけた酒銘です」

 分け隔てなく、人生に苦しむ人がいるのであれば、慈愛の心で労わってあげたい。そう思う人こそ、人生経験の豊富な生き様を送ってきた、心優しき人であろうと幸司は思っている。

「ほんのりとした、優しい味わいですね。お母さんが生きていたら、喜びそうな味です」

 奥さんが、ぽつりと呟いた。日本酒の味を、よく批評していたお客さんのお母さんが、目に浮かぶようなシーンである。

「次の料理です。季節柄、少し意味合いは異なりますが、蓮根饅頭を作ってみました」

 蓮根饅頭は、蓮根を摩り下ろして海老のすり身とまぜ、蒸した料理です。揚げても、美味しく仕上がります。

 蓮は、泥水の中から、生じ清浄な美しい花を咲かせる姿が、仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されているという。

 また死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源になっている。

 幸司は、蓮の根にその思いを託した。季節外れの、素材には違いがないが、故人への想いをのせる料理には一番の意味あいを持っていた。


つづく。


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