父への鎮魂歌(第三話)
菜の花が、黄色く咲き乱れる頃に、空はぼんやりと花曇の様相を醸し出している。寒かった時期がやっと過ぎ去り、晩春を感じさせる季節に、二人の夫婦は「道しるべ」を訪れて来た。
お通しが出された瞬間に、奥さんの表情が、何気なく曇ったように感じた幸司は、一瞬戸惑ったが、夫婦に訊ねることにした。
「どうなさったんですか? 一瞬、表情が曇りましたが?」
幸司は、心配そうに女性に訊ねる。
「いえ、話すのも気が引けるんですが。つい最近、義理の母を亡くしまして」
「やはり、元気がないように見えるんでしょうか?」
女性は、心の内を幸司に告げる。
「そうでしたか。家族との別れは、とても辛いことですからね」
「私も、先年ですが、父を亡くしております。今でも、時折ですが、寂しく感じるもんですよ」
幸司は、女性の家族に対する気持ちが、手に取るようにわかる感じがした。葬儀が終わってからが、寂しくなる頃であることは、経験からよく分かっている。
「長い間のこと、介護で頑張っていたからな。お母さんも、天国で喜んでいると思うよ」
「そのような状況でも、君は、文句も言わないで、良くやったものだよ」
亭主は、長年の労いの言葉を妻に述べている。幸司は、その話を聞くと、家族の思いやりの心の重要性を実感している。
「今日のお通しは、そら豆ですね。義母が、よく茹でては食べさせてもらいました。さやが、空を向いて付くと云うのは、本当の話しなんでしょうか?」
奥さんが、意味深に幸司に訊ねてきた。
「そうなんですよ。空にむかってつくと云うのは本当なんです。お義母さんに、そういうお話を聞いたことがあったんですか?」
「その通りです。そら豆の見る空に、お義母は昇って行きました。今日の、お通しが空まめでしたので、思い出したんです」
奥さんと、介護していたお義母さんの、思い出のそら豆が、偶然にも幸司の手で出された瞬間であった。
「懐かしいわ。この味は忘れることはできないです。義理のお母さんが、目に浮かんでくる」
幸司は、その話を聞くと、自分の父に対する想いと交差しているように思えた。
季節は、巡り巡って行く。故人への供養は、誰でも経験する事ではあるが、心の持ちようが一番大事であると幸司は考えていた。
鯉のぼりが、たなびく季節に、二人の夫婦は気持ちの整理をするかのように、「道しるべ」を訪れてきたことになる。
つづく。