表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

父への鎮魂歌(第二話)

 この季節になると、田舎町では、何処でも田打ちが行われている。水田には水が張られ、長閑にも、田植えの季節がやってきている。

 そんな時期は、桜の花が咲き乱れ、鯉のぼりの舞う五月連休を向かえる頃である。

 幸司は店の準備をひと通り終えると、店と隣り合わせにある自宅の仏壇の前に向かっていった。彼は、仕事が始まる前に余裕があると、時々ではあるが、父の位牌に手を合わせるようにしている。

 その時間は、ほんの少しではあるが、本人にとっては父を偲び、もの想いに耽る瑜一の時間でもある。

「お父ちゃん、お祖父ちゃんが笑っているように見えるね」

 娘の麻耶が、猫を抱きながら隣に来て、手を合わせている。そんな姿を見ていると、幸司は優しい気持ちになれた。

「お祖父ちゃんは、喜んでいるかもね。麻耶が、こうして拝んでくれるからだよ」

 父に、いつものように慰霊みたまに念を捧げたあと、幸司は厨房へ戻って行く。仕事に入ると、幸司に気合が入るのも、父への思いがあるからであった。

 そして、いつものように開店準備を済ませ、客を待つ幸司が、仕込みを片づけている。


 そうしているうちに、入口がゆっくり開いて、お客さんが入店してきた。お客さんは二人連れで、中年の夫婦のようである。

「いらっしゃいませ!」

「こちらのカウンターにどうぞ」

 幸司は、お客さんを向かえると、お通しの準備を始めている。なんとなく入店してきた、少し元気のない奥さんが気にかかる。

「今日は、疲れたよ。営業はきついよね!」

 旦那さんの話している雰囲気から、農業をしている感じではないと幸司は思った。

「仕方ないでしょう、家族を支えるためだもの」

 奥さんが、旦那さんを慰めている姿は、普通の家族のようである。

「お飲み物は、何になさいますか?」

 幸司は、様子を覗いつつ、夫婦に飲み物を訊いている。

「生ビールを二つ、お願いします」

 生ビールが、カウンターに運ばれてくると、幸司は、お通しを盛り付け、夫婦の前に差し出す。その器には、きれいに料理が盛られている。

「巻海老の皐月和えです。才巻海老を、そら豆とシメジで混ぜ、黄身おろしで和えました」

 黄身おろしは、大根おろしを卵黄で混ぜ、素塩で味を調えている。

「黄身おろしですか、実にそら豆に合っている。美味しいですね!」

 お通しが出されると、奥さんが、下をうつむき加減で見つめているのが、幸司には気がかりに感じられた。


つづく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ