父への鎮魂歌(第二話)
この季節になると、田舎町では、何処でも田打ちが行われている。水田には水が張られ、長閑にも、田植えの季節がやってきている。
そんな時期は、桜の花が咲き乱れ、鯉のぼりの舞う五月連休を向かえる頃である。
幸司は店の準備をひと通り終えると、店と隣り合わせにある自宅の仏壇の前に向かっていった。彼は、仕事が始まる前に余裕があると、時々ではあるが、父の位牌に手を合わせるようにしている。
その時間は、ほんの少しではあるが、本人にとっては父を偲び、もの想いに耽る瑜一の時間でもある。
「お父ちゃん、お祖父ちゃんが笑っているように見えるね」
娘の麻耶が、猫を抱きながら隣に来て、手を合わせている。そんな姿を見ていると、幸司は優しい気持ちになれた。
「お祖父ちゃんは、喜んでいるかもね。麻耶が、こうして拝んでくれるからだよ」
父に、いつものように慰霊に念を捧げたあと、幸司は厨房へ戻って行く。仕事に入ると、幸司に気合が入るのも、父への思いがあるからであった。
そして、いつものように開店準備を済ませ、客を待つ幸司が、仕込みを片づけている。
そうしているうちに、入口がゆっくり開いて、お客さんが入店してきた。お客さんは二人連れで、中年の夫婦のようである。
「いらっしゃいませ!」
「こちらのカウンターにどうぞ」
幸司は、お客さんを向かえると、お通しの準備を始めている。なんとなく入店してきた、少し元気のない奥さんが気にかかる。
「今日は、疲れたよ。営業はきついよね!」
旦那さんの話している雰囲気から、農業をしている感じではないと幸司は思った。
「仕方ないでしょう、家族を支えるためだもの」
奥さんが、旦那さんを慰めている姿は、普通の家族のようである。
「お飲み物は、何になさいますか?」
幸司は、様子を覗いつつ、夫婦に飲み物を訊いている。
「生ビールを二つ、お願いします」
生ビールが、カウンターに運ばれてくると、幸司は、お通しを盛り付け、夫婦の前に差し出す。その器には、きれいに料理が盛られている。
「巻海老の皐月和えです。才巻海老を、そら豆とシメジで混ぜ、黄身おろしで和えました」
黄身おろしは、大根おろしを卵黄で混ぜ、素塩で味を調えている。
「黄身おろしですか、実にそら豆に合っている。美味しいですね!」
お通しが出されると、奥さんが、下をうつむき加減で見つめているのが、幸司には気がかりに感じられた。
つづく。