父への鎮魂歌(第一話)
人は生まれてくれば、必ず死を向かえる。当たり前の中に、悲しみがあり、供養というものが存在する。
先年に、幸司は父親を、突然の急死で無くしていた。父は、公務員であった。長年、役場に勤めあげ、定年後は悠々自適の暮らしを送っていたのである。その後、楽器を弾く楽しみを覚え、趣味として、演奏することが好きになっていた。
それから晩年になると、各地に旅行に出かけては、自慢の喉を披露することが多くなっていたのである。
そんな父親も、大好きな旅行中に倒れることとなる。連絡が入った時は、心肺停止という状態で、幸司と家族が駆けつけると、残念ながら息を引きとっている状態であった。
「一言でも、最後の会話がしたかった」
父と会話する事もなく、旅立たせてしまった事実は、悲しい記憶が残っている。幾度も、幾度も、振り返る日々が続いた事実は、経験したものでないとわからない。
(親父らしいかな)
幸司は、悲しみを堪え切れずに隠れて泣いた。込み上げる悲しみは、幸司の想いに圧し掛かった事もあったのである。
ふと、昔を思い出すと、父と遊んだ日々や、修業時代に訪れてきた父の面影が浮かんでくる。料理人になった頃、父は心配ではあるが、あまり口に出した記憶はないといえる。
「東京で修業してきたことは、幸司にとって良かった経験であろう」
その一言に、すべてが詰まっている感じがとれる。そういう父の言葉が、懐かしく幸司の耳に残っていた。
さて、躑躅の花が、ピンク色の花弁を咲かせる頃、「道しるべ」の軒先には看板となる猫が、大きな口を開け、あくびを気持ちよさそうに見せている。
「長閑だねえ。お前さんは、軒先で日向ぼっこかい!」
優子が、猫を見て呟く。猫の名前は、福と名付けられている。季節は晩春を向かえ、ぽかぽか陽気が暖かさを感じさせている。
先日、彼岸参りに、家族で出かけたことは懐かしい。田舎であるがゆえ、残雪は雪白に変わり、川を流れている状況は、自然観が豊かである証拠である。
いつもと同じように、店先に水を撒いている優子が、通る人々を見つめていた。それから看板を拭いたり、入口の花壇を整えている。
「優子さん、いつもご苦労様です。今日は、温かい日和ですねえ!」
隣の店の主人が、顔を出して軽い挨拶をしている。今日も、営業が始まろうとしていた。夕焼けが、店の軒先を優しく照らしていた。