表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

一匹の猫(第八話)

 奥から、猫の鳴き声が響いていた。もの悲しい声から、何処か甘える声に聞こえてくる。女性は、その声を聴きながら、グラスを傾けている。

「猫の鳴く声が、木霊のように聞こえてくる。おかげさまで、猫も幸せになれますわ」

 女性はグラスを覗きながら、次の料理が出来るのを待っている。

「いやあ、猫を飼うなんて、初めてですから」

「どうしたもんかと、考えていたんです」

 幸司は、五品目の準備を整えながら、女性と話している。カウンターからは、いい匂いが立ちこめ、女性の食感を刺激していた。

「とても、いい匂いがします。次の料理が楽しみです」

 僅かながら、盛り込まれる料理は、少しずつ胃袋を満たしてゆく。幸司の料理に対する、配慮は繊細で、かつ芸術性を感じさせる雄大さが盛り込まれている。


 盛り台の上では、料理が完成しようとしていた。

「お待ちどう様でした。赤貝のぬた和えです。辛子酢味噌で、和えてみました」

 赤貝は、切ったとき出る汁が、赤いので赤貝と云われる由縁がある。ほのかな甘みと、磯の香りを生かし、造り、すし種、ぬた和えにされるのが一般的であるという。

「赤貝ですか。よくお寿司屋さんで頂いていました」

「辛子酢味噌で、和えたんですね。初めて知りました」

 女性は、小鉢に盛られた、ぬた和えを美味しそうに食べている。幸司は、その様子を疑いながら、ひとつ言葉をならべた。

「どんな動物にも、赤貝と同じように、赤い血は流れています。僕は、それを考えると、命の大切さを、意識しなくてはいけないような気がするんです」

「暴力は、間違った選択でしょうね。その男性も、いつかは気がついて欲しいと思います」

 痛みを感じてこそ、辛さを知る幸司は、暴力という間違った男の選択を、哀れと思っている。人が強くなるためには、精神の修業が先決であると、幸司は深く肝に銘じている。

「猫の様子が、知りたいと思いませんか?」

 幸司は、女性に優しく問いかけた。辛い感情を察しての、有り余るような優しさが滲み出ている。

「猫に、一目会いたいと思っていました。捨てた、私がこんなことをいう資格はないと思うんですが?」

「そんなことはありませんよ。優子、猫を連れて来てくれ!」

 幸司は女性のために、特別に厨房に猫を入れようとしている。奥から、猫の声が聞こえていた。


つづく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ