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一匹の猫(第七話)

 春を彷彿させる桜の花が、長閑な自然のただよう「道しるべ」を彩っている。そんな季節に訪れた、女性は心の整理をするように、幸司の店に足を運んできた。

 幸司の料理と、心地よい心のこもった話しに、女性は落ち着きを取り戻している。

「ビールがお開きになりましたが、次は何を、お召し上がりになりますか?」

 飲んでいたビールが空いたのを、確認して幸司は女性に訊いた。

「すいません、お勧めの焼酎はありますか?」

「出来れば、お湯割りでお願いします」

 幸司は、棚に並んである焼酎を見つめていた。考えながら、女性に見合った銘柄を選んでいた。

「胡麻焼酎の、紅乙女はいかがでしょうか?」

 幸司は、紅乙女の焼酎をグラスに注ぐと、温かなお湯を注いで、レモンを浮かべた。

「紅乙女」は、山茶花や椿の仲間の花。ほのかな香りを持つ、気品のあるその姿に酒質を託し、上品な親しみやすさを表すものとして酒銘にしている。

「胡麻の香りが、ほのかに感じられますね。味わいがある、焼酎は温もりを与えてくれます」

 女性は、和やかな笑みを浮かべながら、グラスを口に運んでいる。苦しい体験を忘れさせる味わいは、辛い日々を忘れさせてくれる。


 幸司は、次の料理を手掛けている。

「焼き物の、鰆の幽庵焼きです。柚子のすりおろした、下地で焼き上げました」

 鰆は、春の訪れとともに旬を迎える魚である。身は、淡白であらゆる調理法に向くことで知られる。

「ほんのりと香る、柚子の香りがいいアクセントになっているんですね。とても美味しい魚です」

 女性は鰆に、箸を入れている。味わう味が、安心感を運んでいることに気が付き始めていた。

「ひとつの心使いが、こんなに料理に物語を与えるんですね。彼も、もっと心のある人なら良かったでしょうに」

 意味深なる言葉が、彼女の悲しみを物語っている。本来なら、好きで同棲して、結婚を夢見ていた筈であろう。そんな女性の物語が、「道しるべ」にとっては、ひとつの通過点にしてほしいと幸司は考えていた。

「今は、お辛い時期でしょうが、春は必ずやってきます。あなたの心が癒されるのであれば、私は、いつでも相談に乗りますよ」

 幸司は、女性の表情の和らぎを実感していた。そんな思いが、ここにはあることを伝えようとしている。


つづく。


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