一匹の猫(第五話)
遠い山には、残雪が冬の名残のように残っている。田舎町の側で、子猫は楽しそうに、麻耶と遊んでいる。
女性は、訳ありのようで、幸司の前で真実を語ろうとしていた。
「実を云いますと、彼氏のとこを飛び出してきたんです。たび重なる、暴力に耐えかね、わずかな荷物と子猫を連れて、同棲していたアパートを出てきました」
その女性の、か細い肩の捲れた所から、わずかながら痣が認められる。幸司は、その傷よりも、女性の精神面を心配していた。
「それは、辛いわよね。よく、女性の暴力の内面のケアは、時間が掛かると聞きますし」
事の細かい、事情を聞いている優子は、女性に同情しながら話しかけた。
「同棲する前は、優しい人だったんです!」
女性の話を聞いている幸司は、二品目の料理をカウンターに出す。
「サヨリのお造りです。今日の、二品目になります」
「さぞかし、お辛い経験ですね。しかし、暴力はいかんな!」
綺麗に、盛りつけられた刺し身のサヨリは、光沢があり、銀色の皮目が特徴の魚である。
「怖くて、怖くて、誰にも相談できずに、結局ですが、飛び出すしかありませんでした」
女性は、目頭をハンカチで拭っている。はじめて、人に話した事実を、幸司は知ることになる。
「もしかして、子猫が骨折していましたが、それも、その男の仕業ですか?」
幸司は、直感が働いたように女性に問いかけた。その瞬間、女性は号泣した。
「そうなんです。彼が、蹴飛ばしました!」
「やはり、そうですか。前足が、折れているのが確認できました」
幸司は、事情を女性から聞くことになる。罪もない女性と、小さな動物に、容赦なく暴力が行われている事実は、悲しい限りである。
「そうでしたか、臆病な男ほど、暴力を振りやすい。痛みを知らない男に限って、そういうタイプが多いですからね。罪のない女や、子猫に手を出すのはよくねえな!」
一息入れてから、幸司はサヨリの例え話を始める。
「サヨリは処理する際、内側の黒いところを、きれいに拭い取ってから調理します。俗に、見かけによらず腹黒い人の代名詞とされることがあるんですよ」
「男の腹黒いタイプは、意外と臆病だ! 暴力で、力を保持しようとします。大きな間違いなんですがね!」
女性の詳しい話は、大体が語られている。これから、問題の解決が、道しるべにおいて、幸司によって、語られようとしていた。
つづく。