一匹の猫(第二話)
田舎町の長閑な、田園風景が広がる場所で、幸司は「道しるべ」をひっそりと営んでいる。うぐいすの声が、微かに聞こえてくるような温かい日に、子猫は介抱され幸司に迎えられて、この家の一員になり、それから奥で、娘の麻耶が、幼いながらも大切に世話をしていた。
優子は、いつもと同じように、店の中を掃除して外に水を撒いている最中であり、幸司は、今日の仕入れてきた素材を、店の厨房で、丹念に仕込んでいた。猫のことを考えながらも、着々と仕事を進めている状況である。
春の木漏れ日の中、駐車場に軽トラックが止まった。
「おはようございます…。優子さん、ご苦労様です」
優子が、誰かとチラリと見ると、仕入先の八百屋の配達人の政さんが、段ボール箱に野菜を入れて配達しにやってくる。
「あら、政さん。御苦労さま!」
優子は、にこやかに配達人の政を迎えるようにいった。
「幸司さん、いらっしゃいますか?」
通称、政さん。幸司の仕入れ先の、八百源水上商店の配達人であるこの男は、山崎政春という。毎日のように、幸司の注文通りに野菜を届けてくれる、仲間内の男だ。
性格は、さっぱりしていて後腐れがない。そういう所が、幸司とやけに馬が合う。
「厨房にいるよ。待っているから、早く行ってみて!」
「わかりました。お嬢さん、お元気ですか?」
娘の麻耶を可愛がる政は、気になる様子である。
「元気にしているよ。子猫が、怪我して迷い込んで来てね。うちで、飼うことにしたから、麻耶が面倒みているよ」
「そうなんですかい、怪我した猫を見捨てないところは、幸司さんらしいですね!」
幸司の性格を知る、八百屋の政は本音を伝える。
「いずれ、恩返しで。招き猫になればいいんだけどね」
優子も、優しさを心に抱いている。そんな様子が、政には心地よさを抱かせていた。
「じゃ、幸司さんの所へ行きます」
政は、野菜を入れた箱を持ちあげると、幸司のいる店内に入って行った。扉を静かに開けると、箱を静かに床に置いた。
「おはようございます。御注文のお野菜、お届けにあがりました」
「おおっ、政さん。御苦労さん!」
野菜を確認している、幸司がいる。
「ひん死の子猫、介抱してあげたらしいですね?」
「そうなんだよ! 可愛くってな。怪我していたし、ほっとけないさ」
幸司は、政に猫の詳しい話をしていた。その瞳に、優しさが満ちていて、心意気が伝わってくるのを、政は嬉しく感じていた。
つづく。