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花は救いの手を差し伸べるのか

挿絵(By みてみん)


ジャンル:たまにはこんな感じのお話もいいんじゃない?的なコメディ

 目が覚めるとそこは綺麗なお花畑だった。


 そう、お花畑だ。右を見ても花、左を見ても花。

 遠くの方まで見渡してもそこには果てなく続く色とりどりの花、お花、お花畑。


 いや、お花畑は別にいいんだけど何かがおかしい。決定的に何かがおかしいのだ。

 花に囲まれたまま俺は少し小首を傾げる。しかし、その違和感が何であるのかはすぐに分かった。

 ここには“花”しかないのである。

 山も無く、川も無く、あるのは地平線まで続く花々とアホみたいに青い空だけだ。

 もちろん俺以外の人間はおろか蝶の一匹もいない。


 世界が広いとは言え、こんな場所が現実に存在し得るのだろうか。いや、存在しないだろう(反語)。

 一体ここは何処なのでしょう、誰か教えて下さい。

 そんな現実味の無い実に奇妙な場所に俺はいるわけで……ん? ちょっと待てよ。

 お花畑がどこだとか、ここが何処だとかよりもっと大事な問題があるような気がするぞ。


 ……そうか、わかったぞ!


「どうして、何故? どうして俺はこんな所にいるんだ」


 数秒間の沈黙の後、俺が導き出した答えはそれであった。

 どうして俺がこんな現実離れしたお花畑にいるのかということで、そして俺は全く以て心当たりが無いのだ。どうしよう。


「ここは何処なんだ! てか、何で俺はこんな所にいるんだー!」


 軽いパニック状態に陥った俺はお花畑の上を狂ったようにゴロゴロと転げ回りながら、そんなことを叫ぶ。

 だが、そんな俺の叫びに答えてくれる者は誰一人としていない。

 俺の魂の叫びはアホみたいに青い虚空に吸い込まれて消えていくだけだった。

 いや、わかってたけどね。誰も答えてくれないなんてわかってたよ、ホント。



「どうかされましたかー」


 舞い散る花弁の中で一人ブレイクダンスを決め込む俺に随分と間延びした声が掛けられた。

 声の質からして女か、それも相当な美人(の気がする)!

 激しい回転によって掻き回された俺の脳みそが即座にそういう推論を打ち立てたのには我ながら呆れてしまうが、これも男の(さが)と言うべきか。


 まあ、そんなことはどうでもいいのでいい加減、地面に半分埋まっている頭を引き抜いて何か知っているだろうこの女に話を聞くことが先決だろう。


「あのー、頭が埋まってますけど大丈夫ですか」


「いえいえ心配いらないっす、大丈夫です。ちょっと目に砂が入って痛いですけど。ところであなたに聞きたいことがあるんで……」


 俺は起き上がり、砂でチクチクする目をこすりながら目の前にいる女性に話しかけた。と、同時に声を失った。唖然とした。


 突然のことに声が出せなかった。というか驚いた。

 それは何故か?

 その女性があまりにも美人すぎて驚いた? 残念、ハズレだ。いや、確かにかなり美人なんだがそれ以上に俺はその女性の姿を見て驚いてしまった。



 絹のように透き通った白い肌、黄金のように輝くブロンドの髪。

 柔らかな唇に讃えられているのは優しげな頬笑みで、その宝石のような瞳は見る者を魅了させてしまう程に深い色を放っている。

 そして何より目を引くのはその頭上に輝く光の輪と背中から伸びる大きな純白の翼。


 その姿はまるで天使のようだ。いや、まるでっていうかまんま天使じゃねえかコノヤロウ。


「あ、あのもしかしてあなたは……天使、さん……とか、まさかね、ははは」


「はい、私は天使のアズラエルと申しますです。そしてここは天国ですの」


 な、ななな何てこったい。俺は生まれて初めて天使に話し掛けられて、その上その天使ちゃんがこの世のものとは思えないくらいカワイイなんて。こりゃ皆に自慢できるな。あー、でもみんな信じてくれないかもな。

 てかよく考えたら天使なんだから“この世のものとは思えないくらいカワイイ”って当たり前じゃんか。俺ってバカだなぁ、あはは。そうか、そうかここは天国だったのか。どうりで現実離れしてると思ったぜ。だって天国だもんなぁ……え、天国?


「て、天国だとぉ!?」


 天国。それはつまり天上の国、ヘヴン。極楽浄土な黄泉の国でファイナルアンサーということだ。

 いや、何の説明にもなっていないのは分かってるが、俺も相当ヤキが回ってるようだ。全く状況が掴めない。腐った脳ミソは処理がついていけず、とっくの昔にオーバーヒートしていやがる。

 というかマジで天国なんですか、ここは? 確かに天国って言ったらお花畑のイメージはあるけども。

 それよりも天国って死んだ人が行く所だよね。ってことは何? もしかして俺って死んじゃってんの? マジで、マジで?

 ハハハ、笑えねえジョークだ、冗談きついぜ。なあ、これは夢なんだろ? さあ、早く覚めてくれよ。まだ宿題が残ってるし、明後日はテストなんだぜ。いつまでも寝てる場合じゃないだろ。このままじゃ赤点になっちまうぜ。なあ、だから早く、早く俺をこの夢から覚ましてくれよ!


「残念ですが、夢ではありませんの。あなたは今朝、通学途中でトラックに轢かれそうになった子供を助けようとして代わりに撥ねられたんですの。急いで病院に運ばれましたが、打ち所が悪くて昏睡状態が続き、とうとう魂が抜けてここにやって来ちゃったんですの」


「ま、マジでございますか」


 目の前の天使の変な言葉遣いに釣られて変な返事を返してしまったが、そんなことなど気にする様子も無く天使さんはニコリと微笑んで「マジでございますです」と答えた。ヤバい、なんなの可愛い。

 いや、てか、マジで俺死んじゃってたのか。


「あぁー、そうか。死んじゃったのか……俺」


「ええ、悲しいでしょうけどこれは現実ですの。でも、あなたのおかげで子供も無事だったんですの」


 子供。道路に飛び出してトラックに轢かれそうになった男の子のことだ。今朝、急いで学校へと向かっていた俺はたまたまその状況を見かけて、そのまま考えも無しに突っ込んでいった。間一髪のところで子供を歩道に押し戻し、そして俺の目の前には止まるに止まらないトラックが……。


 そこから先は意識が飛んで全然覚えていないが、あの子供が無事だったのか。よかった。

 俺の死も無駄じゃなかったみたいだな、あはは。あれ、目から汗が。


「あわわ、な、泣かないでくださいよー。その子供を自分の身を呈して守ったという善行を考慮して、神様が特別に死後審査無しであなたの天国行きが決定したんですよー。これってとってもラッキーでハッピーでエクセレントなことなんですよー」


 ボロボロと涙を流している俺を(なだ)めるべく、天使さんは慌てて柔らかなハンカチで俺の涙を拭きながら話し掛けてくれる。

 うう、ありがとう天使さん。いや、てか死後審査って何? 本当は面接とかあって天国行きか地獄行きか決まるの? 年齢とか職業とか年収とかで待遇とかが変わっちゃうとか? なにそれこわい。


「ありがどうございます、天使さん。もう大丈夫です。それより死後審査って……いや、何か怖そうなんでやっぱいいです。ところでここが天国なんですか? さっきからお花畑しか見当たらないし、俺と天使さん以外は誰もいない。俺以外に誰かいないんですか?」


 ここは確かに変だ。ここにあるものは一面のお花畑、俺、天使さん、以上。天国っていうのはもっといろんなものがいっぱいある楽園みたいなもんだと思ってたんだけど、これじゃあ何だか拍子抜けだ。

 それに俺以外に人間がいないのはちょっとおかしい気がする。天国に行くことのできる善良な人間は世界で後にも先にも俺一人だけ!っていうことは流石に無いだろう。だからもっと人がいっぱいいていい気がするんだよな。


 そんな感じで俺が小首を傾げていると、天使さんがエヘンッと胸を張って説明してくれた(ドヤ顔で)。


「ここはまだ天国じゃないですよー。天国へと繋がる路、とでも言いましょうか。天国行きが決まった善良な魂さんたちは一端ここで待機して貰っているんですの。そして案内役である私が一人づつ天国の門まで案内してあげるんですのー」


 つまり天国の入口までは美人天使が手取り足取り案内してくれて、俺達は天使さんと歓談を楽しみつつ天国への旅路を歩む。天国への旅路をより良いものにするため、魂一人につき一人の天使さんがつきっきりでお世話してくれるというVIPな待遇。

『一生に一度の天国旅行を一生に一度の思い出に』

 そんな感じのキャッチフレーズで天国は全力で魂たちをサポートしてくれるそうだ。

 天国も随分とサービス精神が旺盛なんだな、と俺は天使さんの話を聞きながら少し呆気にとられる。


「えーと、てことは今から天国の門ってところに?」


「はい! このアズラエルが快適な天国への旅を全力でサポートさせていただきますのー!」


 満面の笑みを浮かべて俺に手を差し伸べる天使さん。ああ、こんな可愛い天使さんに連れられて天国行けるんなら別に死んだのも悪いことじゃなかったかもなぁ……なんてことを考えていると、ふと脳裏に家族の姿が映った。

 頑固な親父のしかめっ面。優しいお袋の笑顔。妹の照れ隠しの拗ね顔。ずっと毎日のように見て来た顔が遠くに感じてしまうのはどうしてだろう。

 ああ、みんな、俺が死んでどんな顔してるんだろうなぁ。

 俺の頭の中を今までの思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。ああ、みんなに会いたいなぁ。


 家族に会いたい。最後に家族に会いたい。そう思ったと同時に俺の口から言葉が飛び出る。


「あ、あの、天使さん! お願いです、最後に家族に会わせて下さいっ!」


「ええ!? そ、それはちょっと難しいお願いですの……。あなたの魂を下界まで連れていくのにはかなり大きなエネルギーが必要で、色々な手続きをしないと許可が下りないんですの。それにもう時間も押しちゃってますし、寄り道してたら天国の門が閉じちゃいますです」


「そ、そんな。それに天使さんは全力で俺をサポートしてくれるんじゃないんですか? お願いします、どうか! この通り!」


 俺は屈んでずりずりと地面に額を刷りつけ天使さんに土下座してお願いした。天使さんは本当に困った顔をしていたが、何か少し考える素振りを見せた後、「わかりました」と言ってくれた。


「わかりました。後で神様に怒られるのも怖いですから今回は特別ですの」


 天使さんはそう言って、足元に咲いていた花を一本摘み取りそのままその花をひと振りする。花弁にたまっていた水滴は宙に飛び、次の瞬間、丸い水滴は薄く広がり大きなスクリーンを作り出した。


「直接あなたを下界のご家族の下に連れていってあげることは出来ませんの。だけど、今のご家族の姿をこの水鏡に映してあげることなら出来ますの。どうかこれで許して下さいです」


「あ、ありがとうございます、天使さん」


 俺は喜びながらスクリーンを注視する。実際に会うことが出来なくても姿が見れるんならそれでいいさ。

 スクリーンは波打ちながら少しずつ像を結んでいった。そこに映ったのは真っ白な病室、ベッドの上には変な機会にまみれた一人の男が。あれは俺だ。

 そんな俺の周りにいるのは頭を下げてうなだれる親父、ベッドの上の俺の手を握りながら涙を流すお袋、そして部屋の隅にうずくまってすすり泣く妹。他にも担任の姿や友達もいる。

 みんな目に涙を浮かべていた。彼らを泣かせた張本人は誰かと言われれば、もちろんこの俺だ。

 ごめんよ、みんな。直接会って謝りたいけどちょっと無理なんだ、ごめん。本当にごめん。


 温かい涙が両目から流れ出し、俺の頬を濡らして冷たくなる。天使さんは優しく包み込むように俺の肩にそっと手を掛けてくれた。俺はそのままスクリーンの前で泣き続けた。



 ……。

 さて、どうしたことか。俺の涙は止まることを知らないようでさっきからずっと目からボロボロと零れ落ちている。比喩でも何でも無く、俺の足元には涙の粒で水溜りが出来てしまいそうだった。

 流石に天使さんもそんな俺が心配になったのかオロオロしながら「大丈夫ですか」と連呼しているが、止めようとしても俺の涙は止まる気配を微塵も見せようとはしない。


 ヤバいぞ、これはヤバいぞ。冗談抜きで涙が止まらねぇ、何でだ。もう数分以上も涙が流れ続けるなんて俺は何か病気じゃないのだろうか。いや、それ以前にこのまま涙が止まらなかったら脱水症状で俺、死んじゃうんじゃないの? あ、そう言えばもう死んでるんだった(笑)。


 いや、笑えねえよ!! ああ、もう何か頭がボーっとしてきて色々とおかしいぜ。それに泣き過ぎて何だか鼻までズビズビしてきたし、目も痒くなってきたぞ。ああ、痒いかゆい、目がかゆい!

 ん? ちょっと待てよ、涙が止まらなくて鼻が詰まって、その上目が痒くなるって……もしかして……。


「天使ざん、わがりまじだよ。ごれ、多分、花粉症でず!」


 そうこれは間違いなく花粉症の症状だ。涙が出て、鼻がズルズル流れ出し、目が異常に痒くなる。

 おそらくこの俺達がいる花畑の花粉が俺の花粉症を呼び起こしてしまったのだろう。まったく死んでからも花粉症になってしまうとはたまったもんじゃない。天国側も花粉症患者のためにこのお花畑をもっと別のものにリフォームする必要があるんじゃないだろうか。ああ、目が痒い、かゆい……うまい……かゆ……うま……。



 あ、そんなアホみたいなことを言ってると、なんだか鼻がムズムズしてきたぜ。

 あれ、ちょっと待て、こ、このムズムズ感は、も、もしかしてアレの前兆じゃあ……。



「ぶえっくしょん!!!」


 思考が追いつくよりも先に俺は盛大なくしゃみを放ってしまった。その勢いのあるくしゃみは空気をびりびりと振動させ、大地がぐらりと揺れるような錯覚を俺にもたらす。

 さて、くしゃみと言うのはかなり大きな衝撃力を持っているように思える。それが唐突なくしゃみであるというならなおさらのことだ。くしゃみを放った途端、身体中にその衝撃がびりびりと掛け巡っていく。そして一瞬、全てがが吹き飛んでしまったかのような静けさが脳内に訪れる。


 生身の体を持っているときでさえこれだけの衝撃力をくしゃみは持っているのだ。ならば、肉体の無い魂だけの状態である俺がそんな破壊力抜群のくしゃみを解き放ってしまったらどうなるのだろう。


 結論から言えば、俺はその場から吹き飛んだ。


 くしゃみの衝撃に耐えることの出来る肉体を持たない俺は、そのままくしゃみの反動で何処かへ吹き飛んでしまった。いや、爆発した、という方がしっくりくるかもしれない。

 そして俺は物凄い速さで吹き飛ばされていく間に意識を失ってしまった。




 ……。

 目を覚ますとそこは真っ白な病室だった。俺の身体にはゴチャゴチャとした機械がたくさんついていて、身体を動かそうとするとビリッと痛みが走る。

 何処なのだろう、ここは。しかし初めて見る景色のはずなのに、どこかで見た覚えがある。どうしてだろう。


 疑問符を浮かべて一人悩んでると俺の視界に涙を流したお袋の顔が飛び込んできた。よく見れば親父も妹も、先生も友達もいるじゃないか。そして、みんな一様に涙を浮かべて、驚いたような喜んでいるような顔をしている。もしかして、俺、生き返っちゃったの?

 俺が唖然としていると、周りのみんなが声にもならない声を上げて俺の方に押し寄せて来た。ちょ、ちょっとお袋、そんなに強く抱きしめられると痛いって、痛い。




 はい、そういうわけで俺は晴れて生き返ることが出来ました。

 多分あのくしゃみの勢いでそのまま下界まで飛んでこれてそのまま自分の体に戻ることが出来たんじゃないかな。下界に来るには強力なエネルギーが必要だって天使さんも言ってたし、多分くしゃみのおかげで俺は生き返れたんだろう、うん。まあ、せっかく戻って来れたんだから細かいことは気にしなくてもいいよね。

 それにしても急に俺がいなくなってあの天使さん困ってんじゃないだろうか。きっとオロオロあたふたしているに違いない。ああ、でも美人な天使さんだったなあ。ちょっと惜しいことしたなぁ。



 そんなことを考えながら、俺は病室の窓から青空を見上げる。澄み切った空の青さが目に染みる。

 空の上には今でもあの花畑があって、ちょっと天然入ってる可愛い天使さんが甲斐甲斐しく働いているんだろうか。


 少し耳を澄ませばあの妙に間延びした声が聞こえてくる気がした。



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