怪談「スマイル」
ある寒い日、男はポケットの小銭をジャラジャラさせながら街を歩いていた。その日は身も凍る程の寒さで空は一面暗灰色の雲が広がっていて、今にも何か降ってきそうな感じだった。
すると、ついに降り出した。まるで空から矢でも撃っているのではないかと思えるほどの激しい氷雨が男を襲った。
こんな冷たい雨に濡らされてはたまったもんじゃないと思い、男は雨が降りだすと同時に近くにあったハンバーガーショップに飛び込んだ。
こうして男は運良くびしょ濡れを免れたわけだが、先程からどうも妙な違和感を覚えていた。男は店内をぐるっと見回す。するとその妙な違和感の正体はすぐに理解出来た。
このハンバーガーショップは初めて入る店ではあるが、客はまばらで閑散としている。そして店内は嘘のように静まりかえっていた。ぞっとする光景だ。
しかし、レジの方に目をやった男はさらに背筋の凍るような衝撃を感じた。
男が見たのはハンバーガーショップの店員だ。いや、店員がいるのは何もおかしいことではない。おかしいのはその店員の容貌だ。目元が隠れる程の長い髪、生気の見られない白い肌、薄紫の唇。そして客商売には相応しくない無表情。
そんな女性店員がレジの奥で不気味な雰囲気を醸し出していた。もしかしたら踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまったのか。男の足は得体の知れない恐怖からか無意識のうちに後ずさっていた。
しかし、外は氷雨の大豪雨。このまま外に飛び出すのはあまりに無謀すぎる。だったらやることは一つしかない。男は恐る恐る足をレジへと向けた。
そして不気味な無表情の店員に向かってこう言った。
「スマイルを
男の注文により店内は言い様もないほどの静けさに包まれた。
無論男も沈黙していた。いや、言葉が出なかったというよりは今の状況を全く把握できていなかった。
男は何を血迷ってあのような意味の分からぬことを口走ってしまったのだろうか。
おそらく男も相当のパニックに陥っていたに違いない。脳内の整理が出来ぬまま注文をした結果がこのざまだ。痛い、沈黙が痛い。最悪な状況で最悪な選択肢を導き出してしまった自分を呪いながら、男は目線も定まらず気まずい沈黙の中でただただ口を閉じるしかない。
しかし、その沈黙もすぐに破られることとなった。
「スマイルをお二つですね。ご一緒にポテトはいかがですか?」
さっきまで一言も喋らなかった店員は男の発した数式をものの数秒で解き、さらには付け合わせのポテトまで勧めてきた。
男は声を失った。店員の計算の速さに驚いたのではない。店員の笑顔に心を奪われたのだ。
目元を隠す長い髪がさらりとなびいてその睫毛の長い大きな目を現す。雪のように白い肌と口元からのぞく綺麗な白い歯。きらりと輝きを放つその笑顔に世の男は魅了される。
その店員は計算の速さと妖艶さから「妖怪」と讃えたれるという。
この後、男がポテトとも一緒に注文し、さらには店員に求婚したのだがそれはまた別の話。
実に恐ろしき世であることだ。




