表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧皇帝と人形姫〜侯爵令嬢は致死量の愛で、失った感情を取り戻す〜  作者: 知琴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/5

致死量の愛

 カインとミレイユが結婚して三年。

 ヴァルシュタイン帝国には穏やかで、平和な空気が常に流れていた。


 「人形姫」でなくなったミレイユは、物腰柔らかで心優しい皇后として周囲からの信頼を得ている。

 カインは変わらずミレイユに寄り添いながら、帝国の更なる繁栄を目指し公務にあたっていた。

 

 近頃はミレイユが「陛下」ではなく、「カイン様」と呼ぶようになったことで、二人の間には誰の目から見ても甘い空気が流れている。


「あとはお世継ぎが生まれれば……」


 誰ともなく、そんな願望が溢れる。


 医師の見立てでは、ミレイユは結婚前の無理が祟り、少々妊娠しづらい体質ということだった。


「カイン様、申し訳ございません……」

「気にすることはない。たとえ子に恵まれなくとも、いくらでも策はある。私にとって大切なのは、他ならぬ君自身だ」


 それでもミレイユは、子供ができないことに引け目を感じていた。


 不幸は重なるもので、次第にミレイユの体調に異変が現れるようになる。

 最初に気づいたのはカインだった。


「ミレイユ、無理をしていないか?」

「いえ、何も問題ございません」

「だが、いつもより顔色が……」


 日々世話をしている侍女も、本人すらも気づかない僅かな体調の変化でも、カインにははっきりとわかった。


「今日は公務を切り上げて休むんだ」

「ですが……」

「お願いだ」


 今にも泣きそうな顔で心配するカインを見て、ミレイユは頷き立ちあがろうとする。

 そのとき――


「危ない!」


 急な目眩に襲われ倒れそうになったミレイユを、カインはサッと受け止める。

 ミレイユには意識がなく、完全に気を失っていた。


 数日経っても目覚めないミレイユのために、カインは国中から名医を集める。

 それでも、原因はわからなかった。


 ミレイユが目覚めたのは、倒れてから二週間後のこと。

 国の叡智を集結させても治療法は見つからず、不調や苦痛を和らげる治療を施すしかなかった。


 次第にミレイユは、ベッドから起き上がることも難しくなっていく。

 体調を崩して動くこともままならなくなって以来、ミレイユは皇宮の隅にある、日当たりが良く静かな部屋で過ごすようになった。

 

 カインは毎日その部屋に通っては、甲斐甲斐しく世話をする。

 食事の介助も、着替えの手伝いも、髪を梳かすのも、全てカインが請け負った。

 もちろん、日々の公務やミレイユの分の仕事もこなしながら。


「このままでは陛下まで倒れてしまいます!」

「どうか、皇后陛下の看病は医師と侍女にお任せください」


 周囲の者たちがどれだけ進言しても、カインは決して首を縦に振らなかった。


「カイン様、いつもありがとうございます」


 ミレイユがそう言って笑いかけてくれるだけで、疲れなんて消えて無くなる。


 しかし、どれだけカインが手厚く看病しても、国中の名医が知恵を絞っても、病状が改善することはない。

 むしろ悪化の一途を辿っており、ミレイユが倒れてから一年半ほど経つころには、食事もほとんど喉を通らなくなっていた。


「カイン様の淹れてくださるハーブティーは、魔法でもかかっているのですか?」


 ミレイユの一日の楽しみは、カインが淹れるハーブティーを飲むことだった。


「魔法? どういうことだ?」

「正直言うと、お医者様の薬を飲むよりも、このハーブティーを飲んだ方が、身体がずっと楽になるんです」

「本当か?」

「ええ、本当です。さっきまで痛かった頭も、今はすっかり痛みが引きました」


 弱々しい笑顔を見せるミレイユの頭を、カインはそっと撫でる。


「そう言ってくれるなら、ハーブティーなんていくらでも淹れるよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 ミレイユは体調の良い日は身体を起こし、本を読んだり歌を口ずさんだりしていた。

 カインが尋ねてくると笑顔を見せ、甘えるような素振りも見せる。

 

 しかし、病状が進むにつれて、一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。


 ミレイユが倒れてから三年経っても、解決の糸口はまるで見えない。

 病状を聞きつけた国外の医師もたびたび訪れたが、それでも原因はわからなかった。


 帝国で暮らす人々はもちろん、状況を知る国外の人々も、カインとミレイユに同情的な視線を送る。


 ある日の夜、公務を終えたカインが部屋を訪れると、ミレイユはすでに眠っていた。

 カインがベッドの横にある椅子へ腰掛けると、物音に気づいたミレイユが目を覚ます。


「カイン様……?」

「ああ、起こしてしまってすまない」

「いえ、大丈夫です」


 カインはミレイユの身体を起こし、ティースプーンで掬ったハーブティーを飲ませる。


「ありがとうございます、カイン様」

「いや、私が君にしてやれるのはこれだけだから……」


 カインが申し訳なさそうに俯くと、ミレイユはそっとカインに手を重ねた。

 

「……ねえ、カイン様。わがままを言ってもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ。どうした?」

「私が再び眠りにつくまで……抱きしめていて欲しいんです」


 カインは微笑みながら頷くと、上着を脱いでベッドへ潜り、やせ細ったミレイユの身体をそっと抱きしめる。

 まるで繊細なガラス細工に触れるように、優しく、優しく抱きしめた。


「私……カイン様と結婚してから、ずっと幸せなんです。カイン様と出会えなかったら、きっと私の心は完全に死んでしまっていたでしょう。だからカイン様は、私の命の恩人なんです」


 ミレイユは弱々しい声で話し続ける。


「もっと恩返しがしたいのに……私に残された時間は、きっともう長くはありません」

「ミレイユ……私は君と一緒にいられるだけで、充分幸せなんだ」

「ありがとうございます……きっと私がいなくなったら、カイン様を悲しませてしまいますね。でも、たとえそうなっても、これだけは覚えていてください」


 消え入りそうな声で話していたミレイユが、力強く、はっきりと言った。


「カイン様、あなたを愛しています。私の心は、今も、これからも、ずっとあなたのものです」

「ミレイユ……」


 ミレイユは話終わると、満足したように目を閉じる。


「おやすみなさい、カイン様」

「ああ、おやすみ、ミレイユ」


 カインがミレイユの額に唇を落とすと、ミレイユは静かな寝息を立て始める。

 しばらくするとその寝息は弱くなり、消えていった。


「ミレイユ……?」


 カインがミレイユの手首を持つと、既に脈はなかった。


「ミレイユ……」


 カインは涙を流しながらも、決して取り乱すことはなく、失われていく体温を引き止めるように、彼女の背中を撫で続けた。

 

この作品が「面白い!」「気になる」と思いましたら、

ぜひ下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から評価・応援をお願いします。

ブックマークもいただけたら嬉しいです。


最後までお読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ