致死量の愛
カインとミレイユが結婚して三年。
ヴァルシュタイン帝国には穏やかで、平和な空気が常に流れていた。
「人形姫」でなくなったミレイユは、物腰柔らかで心優しい皇后として周囲からの信頼を得ている。
カインは変わらずミレイユに寄り添いながら、帝国の更なる繁栄を目指し公務にあたっていた。
近頃はミレイユが「陛下」ではなく、「カイン様」と呼ぶようになったことで、二人の間には誰の目から見ても甘い空気が流れている。
「あとはお世継ぎが生まれれば……」
誰ともなく、そんな願望が溢れる。
医師の見立てでは、ミレイユは結婚前の無理が祟り、少々妊娠しづらい体質ということだった。
「カイン様、申し訳ございません……」
「気にすることはない。たとえ子に恵まれなくとも、いくらでも策はある。私にとって大切なのは、他ならぬ君自身だ」
それでもミレイユは、子供ができないことに引け目を感じていた。
不幸は重なるもので、次第にミレイユの体調に異変が現れるようになる。
最初に気づいたのはカインだった。
「ミレイユ、無理をしていないか?」
「いえ、何も問題ございません」
「だが、いつもより顔色が……」
日々世話をしている侍女も、本人すらも気づかない僅かな体調の変化でも、カインにははっきりとわかった。
「今日は公務を切り上げて休むんだ」
「ですが……」
「お願いだ」
今にも泣きそうな顔で心配するカインを見て、ミレイユは頷き立ちあがろうとする。
そのとき――
「危ない!」
急な目眩に襲われ倒れそうになったミレイユを、カインはサッと受け止める。
ミレイユには意識がなく、完全に気を失っていた。
数日経っても目覚めないミレイユのために、カインは国中から名医を集める。
それでも、原因はわからなかった。
ミレイユが目覚めたのは、倒れてから二週間後のこと。
国の叡智を集結させても治療法は見つからず、不調や苦痛を和らげる治療を施すしかなかった。
次第にミレイユは、ベッドから起き上がることも難しくなっていく。
体調を崩して動くこともままならなくなって以来、ミレイユは皇宮の隅にある、日当たりが良く静かな部屋で過ごすようになった。
カインは毎日その部屋に通っては、甲斐甲斐しく世話をする。
食事の介助も、着替えの手伝いも、髪を梳かすのも、全てカインが請け負った。
もちろん、日々の公務やミレイユの分の仕事もこなしながら。
「このままでは陛下まで倒れてしまいます!」
「どうか、皇后陛下の看病は医師と侍女にお任せください」
周囲の者たちがどれだけ進言しても、カインは決して首を縦に振らなかった。
「カイン様、いつもありがとうございます」
ミレイユがそう言って笑いかけてくれるだけで、疲れなんて消えて無くなる。
しかし、どれだけカインが手厚く看病しても、国中の名医が知恵を絞っても、病状が改善することはない。
むしろ悪化の一途を辿っており、ミレイユが倒れてから一年半ほど経つころには、食事もほとんど喉を通らなくなっていた。
「カイン様の淹れてくださるハーブティーは、魔法でもかかっているのですか?」
ミレイユの一日の楽しみは、カインが淹れるハーブティーを飲むことだった。
「魔法? どういうことだ?」
「正直言うと、お医者様の薬を飲むよりも、このハーブティーを飲んだ方が、身体がずっと楽になるんです」
「本当か?」
「ええ、本当です。さっきまで痛かった頭も、今はすっかり痛みが引きました」
弱々しい笑顔を見せるミレイユの頭を、カインはそっと撫でる。
「そう言ってくれるなら、ハーブティーなんていくらでも淹れるよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
ミレイユは体調の良い日は身体を起こし、本を読んだり歌を口ずさんだりしていた。
カインが尋ねてくると笑顔を見せ、甘えるような素振りも見せる。
しかし、病状が進むにつれて、一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。
ミレイユが倒れてから三年経っても、解決の糸口はまるで見えない。
病状を聞きつけた国外の医師もたびたび訪れたが、それでも原因はわからなかった。
帝国で暮らす人々はもちろん、状況を知る国外の人々も、カインとミレイユに同情的な視線を送る。
ある日の夜、公務を終えたカインが部屋を訪れると、ミレイユはすでに眠っていた。
カインがベッドの横にある椅子へ腰掛けると、物音に気づいたミレイユが目を覚ます。
「カイン様……?」
「ああ、起こしてしまってすまない」
「いえ、大丈夫です」
カインはミレイユの身体を起こし、ティースプーンで掬ったハーブティーを飲ませる。
「ありがとうございます、カイン様」
「いや、私が君にしてやれるのはこれだけだから……」
カインが申し訳なさそうに俯くと、ミレイユはそっとカインに手を重ねた。
「……ねえ、カイン様。わがままを言ってもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。どうした?」
「私が再び眠りにつくまで……抱きしめていて欲しいんです」
カインは微笑みながら頷くと、上着を脱いでベッドへ潜り、やせ細ったミレイユの身体をそっと抱きしめる。
まるで繊細なガラス細工に触れるように、優しく、優しく抱きしめた。
「私……カイン様と結婚してから、ずっと幸せなんです。カイン様と出会えなかったら、きっと私の心は完全に死んでしまっていたでしょう。だからカイン様は、私の命の恩人なんです」
ミレイユは弱々しい声で話し続ける。
「もっと恩返しがしたいのに……私に残された時間は、きっともう長くはありません」
「ミレイユ……私は君と一緒にいられるだけで、充分幸せなんだ」
「ありがとうございます……きっと私がいなくなったら、カイン様を悲しませてしまいますね。でも、たとえそうなっても、これだけは覚えていてください」
消え入りそうな声で話していたミレイユが、力強く、はっきりと言った。
「カイン様、あなたを愛しています。私の心は、今も、これからも、ずっとあなたのものです」
「ミレイユ……」
ミレイユは話終わると、満足したように目を閉じる。
「おやすみなさい、カイン様」
「ああ、おやすみ、ミレイユ」
カインがミレイユの額に唇を落とすと、ミレイユは静かな寝息を立て始める。
しばらくするとその寝息は弱くなり、消えていった。
「ミレイユ……?」
カインがミレイユの手首を持つと、既に脈はなかった。
「ミレイユ……」
カインは涙を流しながらも、決して取り乱すことはなく、失われていく体温を引き止めるように、彼女の背中を撫で続けた。
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