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完璧皇帝と人形姫〜侯爵令嬢は致死量の愛で、失った感情を取り戻す〜  作者: 知琴


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2/5

心に触れる時

 華やかな祝宴を終えたカインとミレイユは、いよいよ初夜を迎えた。


 侍女によって丁寧に支度をされたミレイユは、夫婦の寝室へと向かう。

 寝室へ足を踏み入れると、優しい笑みを浮かべたカインが出迎えた。

 

 ミレイユの肩を抱いたカインは、ベッドではなくソファへと誘導する。


「ミレイユ、お疲れ様。式に祝宴にと、一日中気を張っていて疲れだろう?」

「いえ、問題ございません」


 ソファに座ったカインは、ミレイユに温かいハーブティーを淹れる。


「……結婚が決まってからずっと慌ただしくて、ゆっくり話す時間もほとんど取れなかったからな。せっかく夫婦になれたのだから、少し話をしよう」


 ミレイユはこくりと頷いた。


「ミレイユは、私に対してどんな印象を持っている?」

「……若くして帝位に就かれ、正しく国を導く素晴らしいお方です」

「ありがとう。でもね、幼い頃の私は身体が弱く、泣き虫だったんだ。両親はそんな私を立派な後継者にすべく、厳しい教育を施した。……それこそ、ほとんど虐待のような」


 そう言うと、カインはミレイユに背を向け、羽織っていたガウンを脱いだ。

 背中には何かで叩かれたような痕跡が、びっしりと残されている。


「少しでも失敗をすれば、鞭や木の棒で叩かれた。だからこの傷跡は……私が未熟者だった証なんだ」


 カインはガウンを羽織り直すと、ミレイユの方に向き直る。


「私は皇宮での生活も好きではなかった。ここにいる人々は、従者も、両親も……自分でさえも、みんなどこか取り繕っている。人々は君を人形姫だなんて言うが、皇宮での生活は人形芝居そのものだよ」

「……では、なぜ私を選んだのですか?」


 カインはミレイユの髪をそっと撫でながら答えた。


「幼い頃、一度だけ皇宮から逃げ出したことがあった。その時出会ったのが君なんだ」

「申し訳ございません、私は……」

「覚えていなくても仕方ない。君はまだ五歳くらいだったはずだから」


 ミレイユは真顔のまままっすぐと、カインの目を見つめていた。


「皇宮が逃げ出してたどり着いた私は、川のほとりで泣いていた。すると、どこからか現れた君が笑顔で駆け寄ってきて、この花をくれたんだ」


 そう言ってカインは、ポケットから押し花の栞を取り出した。


「君が家族の元へ帰ったあと、私は皇宮に連れ戻されてしまったけど……それ以来、この花を見るたびに君の笑顔を思い出し、この世界はただの人形芝居ではないと思えた」

「ですが、私は人形姫です」

「君に何があったか、詳しいことはわからない。けれどきっと、今に至るまでに多くの傷を抱えてきたと思う」


 カインはミレイユをそっと抱き寄せた。


「その傷を無理に明らかにする必要はない。だけど、あの日君が私の傷を癒してくれたように、私も君の傷に寄り添わせてほしい」


 カインの告白を聞いて、ミレイユの目が僅かに揺れる。

 その反応を見たカインは、聖堂で交わしたものより深く口付けた。


 ◇◇◇

 

 結婚式翌日からも、日々は目まぐるしく過ぎていく。

 国内の統治だけでなく、国内外の視察に外交に、各国の統治者との会合に……と、休む暇もない。

 

 そんな忙しい日々の中でも、ミレイユは与えられた仕事を、完璧に卒なくこなしていく。


 彼女が皇后となることに不満を抱いていた者たちも、その働きぶりに感心するほどだった。

 

 一日中働き続けるミレイユを、カインは常に見守り気遣う。

 毎晩寝る前になると、ミレイユの体調に合わせたハーブティーを淹れるのが、カインの習慣になっていた。


 完璧な皇帝に、完璧な皇后――二人の様子を見た者たちは、これぞ理想的な統治者だと褒め称える。


 結婚から一年が過ぎた頃、時折ミレイユは一人になると、何か考え事をするような素振りを見せるようになった。

 

 何をするでもなく、ただボーっと一点を見つめている。

 そんな姿を見たカインは、ミレイユを案じて話を聞くことにした。


「ミレイユ、何か悩み事でもあるのか?」


 ミレイユはティーカップを手にしたまましばらく俯くと、何かを決断したように話し始める。


「……陛下が初夜にお話になったことを、覚えていますか?」

「ああ、もちろんだ」

「その話を聞いた時、おこがましくも私自身のことのように感じたのです」


 不安そうにゆっくりと話すミレイユを安心させるように、カインはそっと背中を撫でる。


「ご存じの通り、エーデルヴァイス侯爵家には、跡取りとなる男児がおりません。ですから、長女である私が婿を取ることになったのです」

「ああ、それは聞いている」

「婿に取るのであれば、少しでも優秀な良家の子息を――そう考えたら両親は、私を完璧な淑女になるよう教育をしました。貴族としての教養はもちろん、立ち居振る舞いも」


 ティーカップを持つ手が僅かに震え、気づいたカインはそっとテーブルに戻した。


「淑女たるもの、いかなるときも感情を表に出してはならない。嬉しい時も、悲しい時も、常に微笑みを崩してはならない。十歳の頃からそうやって教えられ、上手くできなければ食事を抜かれたり……時には叩かれたりすることもありました」

「……私と同じだな」

「もっとも、私は跡が残るほどの暴力は受けておりません。傷がついては、女としての商品価値がなくなりますから」


 ミレイユは無理に笑ってみせた。

 その姿が痛ましくて、カインは思わず抱き寄せる。


「しかし、周囲の反応は両親の期待とは真逆でした。誰もが私を人形姫と呼んで距離を置き、天真爛漫なリーゼルを愛したのです。世間体を気にした両親も、気づけばリーゼルばかりを可愛がるようになりました」

「ミレイユ……」

「せっかく決まったエドガー様との縁談も、私のせいで婚約破棄になり、きっと私はもう誰にも愛されないのだと……」


 話しながらポロポロと涙が溢れるが、ミレイユ自身そのことに気が付かない。


「ですが、全てを諦めていた時に陛下から求婚をされて……内心戸惑いました。陛下と親交はありませんでしたし、もっと他に素敵なご令嬢もいらっしゃりましたから」


 それを聞いたカインは黙って首を振る。


「陛下が過去を打ち明けてくださった時、私も話すべきだと思いました。だけど……勇気が出なかった。自分の思いを口にするのが怖かった……だから、こんなに時間がかかってしまったのです」

「ミレイユ、君のためなら私は千年だって待っていられるんだよ」

「……ありがとうございます」


 カインは体を離すと、指でミレイユの涙を掬った。


「あ……私……」

「この涙は、君がずっと内側に押し込めていた、感情のかけらだね。君の心に触れさせてくれてありがとう」


 そのカインの言葉に、ミレイユは整った顔を崩し、声を上げて泣いた。


「ミレイユ、愛してるよ」


 ミレイユが泣き疲れて眠るまで、カインはミレイユを抱きしめ続けた。


 それ以来ミレイユは、カインの前で感情を見せるようになる。

 最初は恥ずかしそうな笑みを浮かべたり、疲れた時に素直に「疲れました」と伝えたり……。


 その小さな一歩から始まり、次第に侍女や宮殿に訪れる貴族たちにも、以前とは違う柔らかい表情を見せるようになった。


「きっと皇帝陛下の愛が、皇后陛下の心を溶かしたのですね」

「愛の勝利ですわ!」


 ミレイユの変化を目にした者たちは、この変化を美談として周囲に伝えていく。


 気づけば二人は統治者としてだけでなく、夫婦としても尊敬の眼差しを向けるようになった。

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