第二章「トレーニングジム」
マナブ達の生きる区画、火炎エリア(地名)を統治する暴王ブルータルは死に、その根城を出払っていた暴徒以外は来訪者によって殲滅された。
そしてその来訪者の正体が猿人であることは、言うまでもない。
暴徒の残党達は、善良な民間人が結成した義勇軍によってさらに数を減らし、エリアには一時的な平和が訪れた。
だが、その平和もすぐに終わりを迎えるだろう。
なぜならブルータルがいなくなったことが世に知られれば、他のエリアの暴徒たちが黙ってはいないからだ。
しかし、マナブはそんなことを深く考えてはいなかった。
ただ、この平和に浸る中、猿人に対する情熱もまた消えることがなく、情報収集に明け暮れていた。
そして一つの有益な情報を耳にする。
「猿人は強き者の前に現れる」
マナブはその言葉を聞き、一つの目標を立てた。
かつて聞いたことがあった、火炎エリア(地名)の地下深くに存在するという格闘技ジム。マナブはその門を叩いたのだった。
チャールズのジムにて。
ジムに入ると20人の男たちがおり、彼らもどうやら入門者のようで、これから説明を受けるためにフロントに集まっていた。
しばらくすると、着ているスーツがはち切れそうなガタイの良い男がマナブたちの前に現れる。
「皆様お集まりいただきありがとございます。当ジムは今日から100日間、門を完全に閉鎖させていただき、皆様を上質な戦士として育て上げ、この荒廃した世界の立て直しを図る目的で運営しております。よって、皆様から代金はいただいておりません。そして当ジムの入門者の方々は毎回、当然強さにムラがありますが、特殊なプログラムを組むことで、100日後には全員が同等の強さになって卒業されます。なので現在、格闘技未経験の方であっても安心してトレーニングに励んでください。また、当ジムでは猿人が卒業している実績があります。なので、当ジムで100日間トレーニングを行えば、猿人と同等の強さが手に入るということになります」
(な、なんだって!?)
マナブは驚いた。猿人がこのジムを卒業していたという事実と、このジムを卒業する頃には猿人と同等の強さが手に入るなんて。
「トレーニングは明日の朝七時から開始します。今日はこの施設内で自由に過ごしていただいて構いません。明日の朝にまたここにお集まりください」
そう言い終えるとスーツの男はスタッフルームに去っていった。
(このジムでトレーニングすれば猿人に近づける・・・)
マナブは期待に胸を膨らませた。
「おい」
後ろから声が聞こえ、マナブが振り向くとマントを羽織った長髪の大男が立っていた。
「お前は見所がある。手を組まないか?」
(いきなり何を言っているんだ・・・?)
長髪の大男の問いかけに、マナブは戸惑いを隠せないでいた。
「分からないのか?このジムは普通ではない。入門者に不穏な奴らが多すぎる」
マナブが周囲の男たちを見回すと、素人目に見ても確かに様子のおかしい者の多さが確認できる。
「特にあそこの隅にいる奴は、<狂い牙>と呼ばれるアサシン(暗殺者)で、かつて俺の部下だった男だ。そして、あそこにいる髭面の巨人。奴も尋常じゃない空気を感じる」
「言いたいことは分かったが、その狂い牙の元上司であるアンタ何者なんだ?」
「大きな声では言えないが、俺の名前はブルータル。暴王としてこのエリアを統べていた者だ」
(何ッ・・・!?)
突拍子もない話にマナブは混乱した。
「そんなはずはブルータルは死んだと聞いている」
「死は偽装した。あの一件で部下の大半を失い、エリアの統治が不可能になったからな。今は死んだことにして民間人に紛れて生活している」
「仮にアンタがブルータルだとして、こんな所で何してるんだ?」
「俺は猿人に敗北した。奴にリベンジがしたい」
ブルータルの真剣な声と眼差しに、偽りの様子は感じられなかった。
「信じなくても良いがすぐに分かることになる」
「わかった。俺はマナブ。猿人の情報を追っている情報屋だ。強力するのは良いが、その代わり猿人について、知ってることを教えてくれないか?」
「マナブか。良いだろう・・・」
この男が暴王ブルータルであるということを、マナブも完全には信じていないが、マナブにとって猿人の情報は何よりも優先するべきものであり、この男が何を企んでいようと今はどうでもよかった。
「その男は金色の髪が髭と繋がっており、毛むくじゃらで上裸だった。奴はその日、俺のもとに献上された女を解放しろと要求してきた。その時点で多くの部下がやられていた俺としては、この男を生きて帰すわけにはいかない。そのまま戦闘になったが、奴の完璧な防御構造の前に俺は敗れたのだ」
「防御構造?」
「奴の防御構造は完璧な筋肉と骨格だけではない。筋肉の上の分厚い脂肪。その脂肪の層の上に存在する剛毛。その三重構造が完全に衝撃を吸収するクッションとして機能している。さらにその針金のような剛毛がトゲのようになっており、攻撃した者に襲いかかってくるのだ」
マナブはブルータルから聞いた情報の一通りをメモに書き残すと感謝の意を示した。
「ありがとう。手を組むと言ったが、具体的に何をすればいいんだ?」
「このジム、普通ではない。まずは不測の事態を想定し、常に脱出できるように準備を整える必要があるだろう」
「わかった。何か考えよう。良かったら俺を鍛えてくれないか?強くなりたいんだ」
「そうだな。自主トレーニングの時間に鍛えてやる」
こうして、マナブとブルータルは協力関係を築き、共に不測の事態に備えることになった。




