表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

Lesson01−01.急ぐなら回ってください

 


 責任者を呼んでこい、と言った通り、私の現在の望みは――ある程度の情報は手にあるものの――現状把握である。

 人質があれば、逃げられる。

 そんな、甘い考えが通用すると思うほど、馬鹿じゃない。

 右も左もわからない状態で、小娘が人質なんてお荷物背負って逃げ切られるものか。

 そもそも逃げて、それから、一体どうする。

 帰るのか? 帰られるのか?

 そんな自問に答えはわかりきっていて、この暴挙に至ったわけは、簡単だ。


 ただ大人しく、相手の出方を待つのが性に合わなかっただけである。


 最悪、牢屋行き、の可能性はあったが、そう簡単に殺されないだろう程度の確信はある。

 しかし、結論から言うなら、私の頼みは少女には伝わらなかった。


『************! ****,*****?!』


 日本語じゃない。

 英語でもない。

 理解して頭を抱える。

 涙混じりに、少女は両手を祈りの形に組み合わせて、――どうやら、思い止まるように、少年を離すように――懇願してくる。どうしよう、小動物みたいにぴるぴるしててかわいいなんて場違いに感心してしまった。が。


「…………うっわ、最悪のパターンか」


 まだ、十五歳かそこらだろうに、曲がりなりにも強行に及んだ相手に、切々と語ってくる少女は、必至であった。


『Alisa.*******』


 下からも異国、いや異世界語が発せられて、ぎょっとする。

 少年は床に押し付けられた不自由な体勢のまま、それでも警戒を露に、私をにらめつけている。今更ながらにしげしげと観察してみる。金色の髪に碧の目。まだ幼さを残したその顔は、性別を越えてかわいらしい、将来有望株の美少年、だ。

 その眼が刃のように、少女にまで手を上げたら承知しないとでもいうようにぎらついていなければ。という注釈つきで。


 ……わあ、この子にも通じてないのか、もしかして。


 おかしいな、と顔が引き攣るのを自覚しつつ、内心かしげる。

 脳裏に浮かぶのは、蒼と黒。ここはどこと尋ねた私の言葉を、彼は理解していたようだった。

 あのとき私が口にしたのは日本語だった。

 それは間違いないし、彼が口にした言葉だって、こんな耳慣れない言葉ではなかったはずだ。


 どういうことだろう。

 あのときと、今、何が違う。

 この少年少女と、あの男の何が違う。



 

 噂をすれば影、ではないだろうが、かつん、と足音を響かせて、通路の角から登場した男を見上げながら、眉根がよるのは仕方ない話だと思った。

 あのとき、あの場所はとても暗くて、それでも乏しい明かりに照らされた、その顔が酷く整っているのには気付いていたのだが。


(……神様は不公平だ)


 黒い髪は短く、肌は乙女が羨みそうに白く、顔は古代ギリシアの彫像を思わせる。

 反射的にずるいと思った私を、世の女性は責められまい。

 こんな人間の容姿なんて、似ても焼いても食えまい、なんて思ってそうな人間に。

 偏見と言う無かれ。

 私はこれでも人を見る目だけには恵まれているのだ。

 その目と、勘が、そして、わずかとはいえいくつか交わした言葉の記憶が、告げている。


 この男とはきっとぜったい馬があわないに違いない…!


 そんな私の思いを知る由も無い、青年の浮かべる表情は落ち着き払っていて、威厳すら漂っているように思えた。年齢は二十代半ばにも見えたし、その佇まいを思うならもう少し上かもしれない。

 長身の体躯は西洋の騎士を思わせる衣装を身に纏い、また、彼の腰にも、剣がぶら下がっているのがみえている。蒼く深い海のような双眸が呆れたように、私と、その下の少年、男を認めてほっとした顔をした少女、最後にまた私に戻って、立ち止まる。

 

「なにをしている」


 お前は馬鹿か、とその眼差しは問うていて。

 むっと睨み上げて、今の己の行動をを反芻する。

 なにって、そりゃあ。もちろん。

 見下ろした少年とばっちり目があった


「…………よわいものいじめ?」


 以外の何者でもない。かもしれない。

 不本意であるが、結果的に。第三者から見れば。


「悪いが、何を言ってるかわからん。暴走するなら、せめてこちらの話を聞いてからにしてくれ」


 はあ、と大きな溜息を青年は、ひょいと彼女の襟首を、猫の子を掴むように持ち上げる。

 我に返っておろせと喚く前に、開いたままの扉から、ひょいと部屋に放り込まれてしまった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ