表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆめうつつ

作者: あさぎ

カーナビがちゃんと機能していたのは、神社から出てすぐのところまでだった。

 


 震える指でスマホの画面をなぞり、電話をかける。

 相手は昔からの親友。


 プルルルル……


(お願い、繋がって……!)


 プルルルル……


(お願い……!)




『……もしもし?』




「た……助かったぁ……!」

『はぁ?』


 何言ってるのか分からないといった感じのリアクション。

 それもそうだ、突然電話してきて一言目があれだから。


「助けてまじで!やばいんだって今!」

『何が?』

「迷子になったの」

『……迷子ぉ?』

「うん。なんか私、気づいたら知らないとこにいて」

『はぁぁぁ〜〜〜……』


 今まで聞いた中で最長レベルのため息だった。


『また……毎回毎回懲りないねぇ』


 彼女の言う通り、普段からよく迷子になるタイプで……電話の向こうの声がなんとなく呆れた口調なのもそのせい。


 でも、今日のはちょっと訳が違うのだ。


「違うの!なんか今日、カーナビがおかしくて!」

『カーナビ?え、今車って事?』

「うん。車で神社行った帰り」

『神社ぁ?なんでまた?』

「まぁちょっと……気分転換っていうか……」

『なんか訳ありな感じね?』

「え?い、いや……えっと……」


 長い付き合いだけあって、こういうところほんと鋭いんだよなぁ。


『あっ分かった!縁結び!』

「ち、違っ……!」

『はは〜ん?』


 ううう、私の馬鹿……声でもうバレバレじゃん。

 こういう時しれっとしてられる人ほんと羨ましい。


『そろそろ本気で彼氏欲しくなった感じ?』

「だ、だって〜!会うたび惚気聞かされる身にもなってよ!」


 いいよなぁ、向こうは彼氏と毎日エンジョイしててさ。


 こっちはもうかれこれ何年独り身かって。

 羨ましいとか通り越して、悲しくなってくるレベル。




『……って事は、あそこ?あのハート型の池がある神社?名前忘れたけど』

「ま、まぁ……うん……そこ……」


 あ〜あ、バレちゃった。

 縁結びという特大ヒントを与えてしまったせいで、すぐさま場所を特定されてしまった。


 自分から面白ネタ提供しちゃった……後々何かにつけてイジられるんだろうなぁ、これ。


『えっ、遠っ。ちょっとどころじゃないじゃん、それ普通に日帰り旅行じゃん』


 そう、その通り。

 かなり遠くて、普段なら来ないような場所だった。


 でも実は今回、割と真剣に祈願しに来ていて。

 遠いとかそんなの気にしてられないくらい本気だったのだ。

 年齢も年齢だし、内心結構焦ってて。


 だから一人だけでこっそり行って、誰にも秘密にしておくつもりだったんだけど……

 まさかこんな形で自分から暴露する羽目になるとは……とほほ。


『なんだっけ、あれでしょあれ……あの、なんかすごい強力な神様がいるとかってやつ』

「そうそう、無理矢理にでも縁のある人同士をくっつけるとかって」

『え、怖っ。大丈夫なのそれ?』

「へ〜きだよへ〜き。あくまでそう言われてるってだけだし」

『へぇ〜……ってか、そこまで必死なんだ?』

「う、うるさい!」


 このリア充め!

 こちとら出会いがなさすぎて、藁にもすがる思いなんじゃい!




 サラサラサラサラ……


『あれ?なんかそっち、水の音してない?』

「あっ分かった?今ね、川の側にいるの」


 今私がいるのはどこかの森の中で、すぐ目の前に川が流れている。


 そこそこ幅のあるゆったりとした川だ。

 両岸から木がせり出してきていて、その鬱蒼と茂る葉っぱの中から時々鳥のさえずりが聞こえてくる。


 車を停めたのは、本当はここから少し離れた開けた場所なんだけど……

 あまりにも虫がブンブン飛び回るもんだから、仕方なく川の方まで歩いて移動してきたのだった。

 ほら、川の近くって虫が少ないって聞いたから……


 でもじゃあ、車内から電話すればよかったじゃんって?


 そう、最初は普通にそうするつもりだった。

 けど、車内だと電波が圏外になって全然繋がらなくて……外に出たらどうにか電波マーク一本、ギリギリやっと繋がったって感じなのだ。


 実は冒頭であれほど繋がるか気にしていたのは、そのせいもあって。

 繋がらなかったらほんとどうしようって思ってた。


『なんかそっち、すごい音してない?』

「へ?」

『ほら、ザバザバザバーって。そっち雨?』

「え?降ってないよ?」


 今日はカラッと晴れていて、風もほとんどなく……川はとても穏やかにサラサラ流れている。


 もし大雨だったら、そりゃあザバザバ言うんだろうけど……今の天気じゃ流石にそれはない。


『え?まじ?』

「うん。ここ電波悪いみたいだし、ただの雑音じゃない?」

『なぁんだ。てっきり滝行でもしてんのかと思った』

「滝行て」

『いや、だってわざわざそんな遠くまで行った訳でしょ?その流れでなんか……』

「さすがにそこまで必死じゃないし!もう、馬鹿にして!」


 でも、そうやって馬鹿にしてられるのも今のうちだぞ!

 彼氏できたら毎日のように自慢してやるからなっ!




 サラサラ……チャプ、サラサラサラ……


 なんとも心地良い音色だ。


 ここに来てからずっと、側に穏やかなせせらぎの音があって。


 たまにどこかにぶつかって波打ったりしながらも、ずっと同じ調子で……まるで子供の寝かしつけのような優しいリズムに、なんだかとても心が落ち着く。


 正直今かなりの非常事態で、パニックになってもおかしくないくらいなんだけど……でも、こんな落ち着いて呑気に喋っていられるのは、このおかげかもしれない。


 本当ならもっと必死にならなきゃいけない場面だけど、周りの環境があまりに穏やかでなんだか気が抜けちゃって。


 鬱蒼としてるけど隙間からの日差しがとても明るくて、人がいなくて静かだけど鳥の鳴き声でほど良く賑やか……

 ぼーっとしてるとたまに蝶がふわふわ飛んできたりして……なんとも景色が平和すぎる。


 これがもっと、薄暗くてカラスが鳴いてるような森だったら話はまた違ったんだろうけど……こんな状況じゃ、マイナスイオン出まくりでいまいち危機感に欠ける。


 焦る気持ちももちろん全然ない訳じゃない。

 でも、なんだか不思議と気分は落ち着いていた。




『んで?結局今どこなの?』

「それがさ、分かんなくて」

『カーナビは?』

「走ってる途中でなんか変なとこにワープしてさ、それからずっと固まってんの」


 お参りが終わって高速乗って帰ろうと思ったら、大きな事故があったとかでめちゃくちゃ渋滞してるらしく、カーナビの到着予測時間がとんでもない事になってて。


 だからって、下道を使って帰るコースにしたのはいいけど……今度は途中でナビが変なところを差して固まってしまったのだった。


 どうせそのうち直るだろうって思って、その後もしばらく適当に走ってたんだけど……今思えばそれが良くなかった。


 先へ行けば行くほど、整備されたコンクリートの道だったのが、段々舗装がなくなりデコボコの道へ変わっていって……


 ポツンポツンと民家が立ち並ぶのどかな景色から、どんどん殺風景になって……

 街の方へどうにか戻ろうと慌ててあちこち道を曲がりまくってたら、本気で迷子になり……気づいたら、いつの間にかどこかの森の中にいたのだった。


 どこから森に入ったとかは、全然分からなかった。気づいた時にはもう、景色が全然違っていた。


 なにせ、車のホルダーに入れておいた水筒がちょっと傾いて、カタン!と音がしただけで飛び上がって悲鳴あげたくらいだから……脳みそは完全に機能停止していて。


 で……流石にこれ以上さらに進んだらまずいと思って、とりあえず車を停めて今こうして電話しているという訳。




『じゃあ、スマホは?そっちも駄目?』

「何回かアプリ再起動したけど、画面真っ白でさ」

『じゃあ他のアプリとかは?試してみた?』

「色々やったけど、全然駄目〜」

『まじか……』

「まじ」


 まじやばいっす。ほんと。


『う〜ん……とりあえず街の方向かってみたら?』

「それもやった」

『えっ、それも駄目?』


 その手はもう、一番最初にやった。

 木の隙間から街並みがチラチラ見えてたから、そっちに向かって行けばいずれ辿り着けるんじゃないかって……最初にそう思って。


 でも、そうはならなかった。


「それがさぁ、行きたくても行けないんだよ〜」

『行けない?』

「向かって行こうとすると、木が倒れてたり行き止まりだったりで全然近づけないの」

『迂回しても駄目?』

「迂回しても迂回してもそんなんばっかでさ、街の方に行かせてくれないの」

『え?逆にむしろ、どうやって来たの?』

「分かんない。気づいたらここにいたんだもん」

『え?なにそれ?』

「私が聞きたいよぉ」

『いや、どんな道だよ。迷路かよ』

「それも私のセリフ〜」


 これがなければ、そもそも電話なんてする必要はなかった。

 さっさと街へ戻ってどうにかこうにか帰れたって訳で。


 でも、それができないから……今困っているのだ。




『ちなみに、カーナビはどこ差してんの?』

「どっかの海」


 画面全体が真っ青で……ど真ん中に矢印がポツンと置かれてるって状態。

 そんな広くて水がある場所といえば、おそらく……海。


 そう。今、私の車は海の上に停めてて……




 ……って、んな訳あるかっ!




『うwみw』

「笑ってる場合じゃないんだってば!」

『ごめんごめん。そう、海……海か〜……海、ねぇ……』


 声のトーンが段々落ちていく。


 その理由は言わずもがな……大事な手掛かりになるはずが、全く一ミリも参考にならないなんて……


『じゃあ、じゃあさ……なんか目印になりそうなのとかないの?』

「ない」

『え〜、それじゃ案内しようがないじゃん。無理じゃん』

「詰んだかも」


 グゥー、グゥー。


 ここでタイミングよくウシガエルが鳴いた。

 どこにいるんだか姿は全然見えないけど、声だけ。


『んふっw』


 だから笑ってる場合じゃないんだってば。




『あれ、そっちやっぱり雨降り出した?』

「えっ?」

『なんかさっきよりザーザー言ってるじゃん?』

「やだなぁ、良いお天気だよ?」

『だっ……な……じゃな……?』

「え?ごめん、何?」

『……で……じゃ……ん?』


 急に途切れ途切れに。やっぱり相当電波悪いんだなここ。


「もしも〜し?聞こえな〜い」

『ほら……天気……が……たし』

「もしもし?」

『……』

「もしも〜し?」

『……』


 あれ、完全に聞こえなくなった。


「お〜い、もしも〜し?かけ直そうか?」

『もしもし?』

「もしもし?」

『聞こえる?』

「聞こえるよ〜」


 聞こえなくなったと思ったら、また繋がった。

 なんだったんだ今の。


『ああ、良かった。急に飛び飛びになるから焦ったわ』

「私も焦ったよ、いきなりなんだもん」


 グゥー、グゥー。


 あ、君もびっくりした?だよね〜。




『う〜ん、じゃあ……とりあえず来た道戻ってみたら?』

「それがね、分かんないのよ」

『ええ〜?それくらい分かるっしょ』

「分かってないなぁ、周り全部木よ?」


 目印があるとかないとかそういう次元じゃないのよ?

 ここ、森よ?似たような景色が、目の前にず〜っと続いてんのよ?


 迷子ってか、正確に言うといわゆる遭難よ?

 遭難してるのよ私?


『それでもさぁ……なんかこっちっぽいとかあるじゃん?』

「え〜、全然分かんない」

『まじか』


 本物の方向音痴を舐めてはいけない。


 徒歩五分圏内ですら迷うような奴だ……分かるはずがない。

 って、威張れたもんじゃないけど。




 サラサラサラサラ……


 ああ、良い感じの川のせせらぎ……ヒーリングミュージックの生音源……


 こんな状況じゃなかったら、もっと堪能できたのになぁ。







『ええっと……どうしよう。スマホの充電は?』

「44%……でも、充電器持ってるからまだしばらくは持つと思う」

『人が来るのを祈るか……最悪警察呼ぶ……?』


 テレビでやってる救助隊とかのお世話になっちゃう系?

 なんかそう思うと、急に申し訳なくなってきた……


「もうちょっと自力で出口探してみようかな?」


 まだ大して探し回った訳じゃないから、可能性は全然ある。ゼロじゃない。

 うまくいけば出れるかもしれない。


『やめときなよ、あんまり無駄に動き回ると体力消耗しちゃうって』

「そうだけどさ……あっ」


 ふと気づいたら、誰かがこっちに向かってゆっくりと歩いてきていた。


 本当にいつの間に、だ。

 ついさっきまでは誰もいなかったはずなのに。


『ん?』

「なんか、誰か来たかも……」

『お、噂をすればじゃん。地元の人かな?』

「かなぁ?なんか、浴衣?和服?着てる感じ」

『曖昧すぎる』

「え〜、だってここからじゃ良く見えないし……そもそも浴衣と和服見分けつかないんだもん」

『いやそこは分かるでしょ、雰囲気で』

「分かんないよ、男物なんてみんな一緒に見える」

『いや、それでも違うでしょ……って、男の人なんだ?』

「うん。白っぽい和服着て、白い布みたいなの被ってる男の人」

『布……なんだろそれ』

「分かんない、なんかそういう風習とか?」


 スピードはかなりゆっくりだけど、どんどん近づいてきていて……

 その姿が徐々に鮮明になっていく。


「あ……やばい……」

『えっ?どうしたの?』

「やば……やばい、かも……」

『えっ、えっ?何が?何が?』

「……」

『お〜い?』

「イ……」

『えっ』

「イ、イイイ……」

『え!?ちょ、ちょっと!どうしたの!?』

「イ……イイイ、イ……!」

『ふざけないで!ねぇ、何があったの!?』




「イ……イケメンだぁぁぁぁっ!!!!!!」




『はぁ〜???』




「イケメンがいる!私の好みどストライクの、蛇顔イケメンがっ!」

『……』

「やば、もう早速お祈り効いてんじゃん!やば!」

『そんな遠くからよく見えるね』

「見えるわ!だってガン見してるもん!」


 スマホの向こうで大きなため息が聞こえた気がした。


「目が細くて、表情筋硬めの冷た〜い感じの……うぅ〜ん、ナイスイケメン!」


 久しぶりに見たかも、こんな唸るほどの超絶美青年は。


「ぬるっとしたこの色っぽい雰囲気……!良き……!」

『うん』

「そして、細身で高身長!まじパーフェクト!神様ありがとう!」

『よかったね』


 テンションの差が随分と激しい。


「ひっど〜い!なにその反応!」

『そういうとこだよって話』

「何がよ!」

『さすが、家にくっそでかい蛇飼ってるような奴は違うなぁって』

「『ボールパイソン』な!それと、『飼ってた』な!」

『あそっか、ごめん』

「も〜!去年死んじゃって、しばらくロスで大変だったんだから!」

『あらまぁ』

「でも、もうちょっとしたら次の子お迎えしようかな。そろそろ気持ち落ち着いてきたし……」




 そうこうしてるうちに、その男はさらに近づいてきていた。

 ここからその表情がギリギリ見えるか見えないかくらいの距離。


 といっても、歩いてくる間ずっと目を凝らしてた訳だけど真顔で……今も変わらず無表情。


 彼が何を考えているのか、いまいち読み取れないけど……わざわざ近づいて来たからには、きっと何か用があるんだろう。




(あっ)


 不意に……目が合った。


「……」

「……」


 何か話しかけられたりするんじゃないかって、一瞬身構えたけど……でも、何も起きなかった。


 お互い無言でじっと見つめ合って……途中で私の方がなんかちょっと恥ずかしくなってきて、視線をちょっと逸らした……ただそれだけだった。


「……」

「……」


 冷たそうな青白い肌に、ギョロッと強い目力。


 それだけ聞くとなんだか怖そうだけど……でも今、不思議と怖い感じは全然なかった。

 好みのタイプだからって私の目にフィルター掛かってるからか、それとも雰囲気がなんとなく優しい(気がする)からなのか、分からないけど。


 ちなみに、さっき布被ってると思っていた白い部分は、どうやら髪のようだった。

 艶のある真っ白な毛だ、お年寄りのそれとは全然見え方が違う。


 なんだろう、地毛とは考えにくいし……ウィッグ?


 もしかして、レイヤーさんかな。

 何かのキャラのコスプレして、一人でこっそり撮影でもしてたのかもしれない。


 そう考えると年齢は結構若そうだけど……でも、実際のところはよく分からない。


 肌は色味が暗めでくすんで見えるけど、でも張りがあって皺もほとんどなくて。

 だからやっぱり、若そうな感じがするけど……その割には雰囲気がなんだか落ち着いてるというか、なんだかどっしりしている感じもある。


(なんだろ、若いけど苦労人なタイプ……?)




『え……ってか、ほんとに大丈夫?』

「何が?」

『やっぱりそっち、雨降ってない?』

「え?」

『なんかさっきからすごいドバドバ言ってるよ?呑気にこんな喋ってて大丈夫なの?』

「雨……?いやいや、青空だってば」


 何度も言うけど目の前は雨どころか、快晴だ。


「さっきからどうしたの?変だよ」

『え……だ、だって……やっぱり雨みたいな音するんだもん。雨ってか、土砂降りの音……』

「周りの写真送ろうか?」

『いや、いい。こっちが変なのかも。やっぱり電波かな……』

「そんなに音してる?」

『うん、めっちゃ』

「ええ〜?」


 確認のために改めて空を見上げると……やっぱり青空が広がっていた。


 変なの。

 土砂降りの音だなんて、こっちは全然してないのに。




「あ……」


 視線を戻すと……男の人とまた目が合った。


 目というより瞼と瞼の隙間と言った方がしっくりくるような、細い吊り目が……

 その吸い込まれるような真っ黒な瞳が……私をまっすぐ見つめている。


 相変わらず今どんな気持ちなのか全く分からないけど、でもやっぱり敵意は感じられなかった。


 分厚いフィルターが何重にもかかってるとしても、それでも悪い人には見えなかった。







「あっそうだ、道聞くんだった!喋ってる場合じゃなかった!」

『聞けそう?』

「う〜ん。もしあれで声までイケメンだったら、やばいかも……っていうか多分発狂する」

『通報されないようにね』

「あははっ。うん、じゃ……聞いてみるよ」

『頑張れ〜。一応電話すぐ出れるようにしとくわ』

「ありがと〜!まじ助かる!」

『んじゃ、一旦切るね』

「うん、ごめんね長々と!」


 プツッ。ツー、ツー、ツー……


 よしっ。

 行くぞ〜。行っちゃうぞ〜、話しかけちゃうぞ私。




 ってあれ?あの人……手招きしてる?


 無言で、何か意味ありげにこっちに向かって手をパタパタ……

 挙げた方の袖をふわふわさせながら……


 なんか私、手招きされてる?




 でも、相変わらず表情からは何も読み取れな……


(あっ)


 笑った……

 ほっそい目を、くにゃって三日月型にして……今、笑った。


 ふにゃって。

 硬くて動きそうもなかったあの表情筋をふにゃふにゃにして、ふんわり笑ってる……


(え?え?え?)


 慌てて周りキョロキョロしたけど……私の周りには、やっぱり誰もいない。

 つまり、私に向かって微笑みかけたって事で……


(うわ……わわわ……!)


 心臓がバクバクしてる。それも段々早くなりながら。

 そのまま加速してって、ちゅど〜ん!って爆発するじゃないかってくらいの。


 しょうがないよね、イケメンの笑顔って殺傷力高いからね。

 うっかり直視なんてしようものなら、こうなるよね。そりゃね。




 そんな事考えてる間も、目の前の彼は手招きし続けてくれている。笑顔のままで。


 待たせといてなんだけど……手、攣っちゃわない?

 あと顔の筋肉も。ずっと笑ってるから……


(ん?あれ?これまさか……)


 もしかしてこれ、私を案内してくれてる?こっちだよ〜、って?


 もしそうなら……めちゃくちゃありがたいな。

 これ以上待たせるのも悪いし、そろそろ行こう。




「す、すみません!今行きま〜す!」


 彼の方に向かって駆け出した私の周りを、どこから現れたのか蝶がひらひらと追いかけてくる。


 夏なのに日差しはとても穏やかで、青空はまるで絵画のように美しく。

 生い茂る草は艶々と輝き……そして、この場の美しさを引き立てるような穏やかな川のせせらぎ……


 感じるもの全てがなんだかすごく幻想的で……まるでファンタジーの世界にでも迷い込んだかのような気分。


(うわぁ、すごい……って見惚れてる場合じゃなかった、急げ!)







 〜〜〜〜〜〜〜




『今日のニュースです。


 昨日◯時頃……◯◯市の◯◯川で、乗用車が流されていると110番通報がありました。


 昨日は朝から続く豪雨によって川が増水していたため、捜索は難航していましたが……今日、◯◯海沖でようやく発見され引き揚げられました。


 警察は、車の所有者の行方や川に転落した原因などについて、引き続き捜査を続けています……』



森なんてなかったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ