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6. 伯爵令嬢と晩餐会

毎日(18:45)更新


 翌朝、私は仕事を探しながら情報収集に取り掛かった。幸い私は魔術師であり、魔術師に可能な仕事は多い。


 そんな楽観的な考えを抱いていられたのも束の間だった。


 まず向かったのは診療所だった。次に薬品を取り扱う道具屋と、職業組合に赴いた。そして私が知った事は、旅人がいかに不便かということだ。身分の証明が出来ない者に、仕事を斡旋あっせんできるような場所は少ない。まして私の望むような、薬の調合・販売は信用がなければ成り立たない仕事だ。


 結局私が行き着いたのは闘技場だった。丁度伯爵の支援する小規模な闘技大会の当日であったことが追い風となった。私は甘んじて見世物となるのを受け入れた。決闘科の魔術師でもない相手に、ましてや魔術の心得すら無い相手に黒手袋を向けるのは、恥ずべき行為である。しかしながら手斧ややじりを向けられては私の持つ護身術など限られてくる。私は出来得る限り、武器を取り落とさせる手段を講じて、それなりの成績を収めた。三人ほど放浪人と思しき魔術師と鉢合わせたが、残念ながら知人ではなかった。私は勲章代わりの壁掛けと賞金、伯爵と晩餐を共にする栄誉を得た。


 闘技場で勝者に振舞われる酒を、他の参加者らとともに堪能していたときのことだった。


「あんた初参加だろう、それなら四旬節の大会にも出るべきだ。銅杯以上が参加できる頂上戦だよ」

「いいや、この町には長く滞在できない。盗賊を追ってきた。ここにそれらしき者は来なかったか?」

「この町に来るなんて、伝令と巡行者、審問会くらいだ。なにせ通行料が法外だ、理由が無きゃこんな町は避けて通るさ」

「そういえば、奇妙な噂を聞いていたんだが全くのデマだった。この町に魔物がいるという噂だ」

「その話を訊かれるのは今日で五回目だ。いいか、関わらない方が良い」


 闘技場の主人は声を潜めた。


「審問会も買収されて見ぬふりだ。素人の魔猪狩りみたいな簡単な問題じゃない。この町そのものが巣窟になってるのさ。なんせ十年以上も歳を取らない奴らが我が物顔で歩いている地区があるくらいだ。今はまだ実害は出てないが、何が起こるか分かったもんじゃない」


 私は主人に頼んでその地区を教えてもらった。奇妙な巡り合わせか、それは私が今から向かう予定の場所であった。



 その夜、私はB町西部に位置するヴィルシアン伯爵邸に招待された。四代続く貴族である伯爵の邸宅は、古くとも上質な調度品で飾られていた。やがて応接間に二人の侍女を引き連れた二十歳ほどの女性が入ってきた。帽子(エナン帽)を被り赤い外套ウプランドを纏った、絵画から出てきたような見目麗しく、清らかな華やぎを感じさせる女性だった。


「お招き下さりありがとうございます、ヴィルシアン伯爵令嬢」


 私が席から立ち上がり礼をすると、彼女は悪戯っぽく笑って、当主の席に座った。


「まあ嬉しい。強き勇者のお方、どうぞお座りになって? アンナ、メイア、あなた達も一緒に食べるといいわ。皆で食べる方が楽しいもの」


 彼女は私の顔を面白そうに見た。


「ふふ、それと嬉しいけれど令嬢は要らないわ。私がここの伯爵。ヴェルディ=ヴィルシアン。だからどうか肩の力をお抜きあそばせ。そして、あなたの武勇についてお話して下さる?」


 まだ少女の面影を残す若き彼女が伯爵というのは奇妙な話であった。もしかすると、彼女の両親に不幸があったのかもしれない。私は詮索を止め、彼女の求めるままに、闘技場で用いた魔術について話した。食事の最中、彼女はよく笑い、楽し気に相槌を打った。


「魔術師が優勝したのは久しぶりですわ。あなたが準決勝で戦ったお相手、あのお方が四連勝してましたの。けれど、あなたの方が強かった。ねえ、間違いでなければいいのだけれど、あなたが何も言っていないのに魔法が起きていたように見えたの。遠いからちゃんと聞こえなかっただけかもしれないけれど」

「宜しければ、今からあの燭台に火をつけても?」

「ええ、かまわないわ」


 私はナイフを置き、懐から手袋を出して左に嵌めた。これが無いと展開した魔法陣で火傷するからだ。それから壁掛け燭台に向けて右手を振って見せた。ボッと低い音と共に青白い火が現れろうそくに灯った。


「まあ! まあ!」

「呪文は力を増幅させるために唱えるものです。ですから、簡単ではありませんが、習熟により省略することもできます」


 私は熱を持った手袋を机の下で外した。私が詠唱を省いて出せるのはこの程度の小さな火だけだ。


「初めて見たわ。あなたはきっととても優秀な魔術師なのでしょう。どうしてこんな辺境に来たの?」

「賊を追っている最中です」

「まあ大変。お気の毒に。そうするとあなたは、ここを去ってしまう予定なのね。残念だわ。今夜だけは全て忘れて楽しみましょう」


 伯爵は食事の最中、彼女の一族の歴史について話した。


「今はごく限られた方にしか施しませんけれど、昔は人々の病を治していましたのよ。とてもよく効くと評判で、国境を超えて来て下さる方もいたくらい」

「魔法薬ですか?」


 私は途端に興味を惹かれた。


「いいえ、魔法薬が使われるようになったのは最近の二十年程でしょう? もっと由緒ある治療法、瀉血しゃけつですわ。ほら、ご存知でしょう。私たちの身体には、血液と粘液、黄胆汁、黒胆汁が流れているって。多すぎる場合は、減らして浄化しますの。この場合は血を。星辰せいしん医術で血管を選んで小刀ランセットで切って……。本当によく効きますのよ」

「ええ、ガレノスの四体液理論と伝統的な治療ですね」

「それ以上ですわ。天然痘も癲癇てんかん黒死病ペストも全てに効きますもの。そうして人々を助けているうちに、私たち一族はこの土地を下賜されましたのよ。今では私たち一族に伝わる秘密の術法には不老の力があるなんて噂まであるくらい」

「不老ですか」


 私は酒場の主人の言葉を思い返していた。この町には、歳を取らない人々がいるという。そして噂では吸血鬼が支配しているという。そんな町の伯爵家が瀉血しゃけつ、つまり血を抜く医療をしている。あらぬ考えが私の頭の中でじわじわと膨らんだ。


「永遠の命に興味はあって?」


 私の思考を読んだように伯爵は蠱惑的に微笑みかけた。


「失礼。閣下、今なんと?」


 空になった皿を前にしながら、私は謝辞と別れの挨拶の切り出し時をすっかり失っていた。


「本当はごく限られた人にしか施術しないのですけれど、あなたは特別。……私、あなたよりも長く生きておりましてよ」

「あなたが吸血鬼だと……?」

「ええ、ええ。そう仰る方もいらっしゃいますわ。アンナ、持ってきなさい」


 侍女が彼女の前にグラスを置いた。中には深紅の液体が注がれていた。彼女のグラスの動きに合わせて、水面が波打つ様子から私は目を離せなかった。葡萄酒と呼ぶにはねばりがあり、濁った液体だった。その上、微かに錆びた鉄の匂いがした。彼女は躊躇いなく、グラスに口をつけその中身を含んだ。


「閣下、我々魔術師は養成学校に入る時、その力を正しく使うよう多くの誓約を立てます。誓いの中に魔物を殺す義務があるのをご存知でしょうか? 勿論吸血鬼も含まれます」


「ええ、聞いたことはありますわ。ですけれど、あなたに私を害す事は出来て? 私はここの伯爵ですもの。審問会ですら私に手が出せないのですから、あなたに何が出来るというの? ああ、そんなに怖い顔をなさらないで。違いましてよ。私はあなたを襲って血を吸ったりなんてしませんわ。これは対等な取引。優秀な魔術師の血は大変美味と聞きますもの。あなたなら特別に、私の一族の秘技を施術してあげても宜しくてよ。意外かもしれないけれど、私達は一度仲間と認めた相手には忠実ですの。決して枯れぬ命、悪い話じゃなくって?」

「断ったら?」

「どうもしませんわ。私ががっかりするだけ」


 私には彼女を討伐する為に必要なものが二つ欠けていた。一つ目は彼女が吸血鬼であるという確証であり、二つ目は止めを刺すための銀の武器だ。

 私は食事の礼を述べてから、水盆で手を洗い席を立った。


「閣下、あなたの言葉が真実なら、私は喜んでお相手しましょう。ですが、もし違った場合、私は傷害罪で牢へ戻る事になってしまいますので。これにてお暇させて頂きます」

「まるで投獄された経験があるみたいに仰るのね。可笑しな人。死が怖くないの?……そう、根っからの魔術師という訳。ならいいわ、もっと面白いものを見せてあげましょう。あとほんの少しだけお付き合い願えまして? メイア、お願い」


 彼女はにこやかに微笑み態度を一変させた。張り詰めた空気が霧散し、私は侍女に連れられ客室へ招かれた。侍女は私にそこで待つように告げた。

 それから暫くしてからだった。何者かの来訪を告げるノッカーの音、足音に続き、話し声が聞こえた。私が先ほどまでいた応接間の方からだった。


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