5. 盗賊の手紙
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都勤めから解放され国外へ旅立とうとしていた私は、2週間と経たずとしてその全財産を山賊に奪われてしまった。これは賊を追いかけ、国内西方へと舵を切って2日目の事だ。
「ナプティア先生、狩りをしたことは?」
早朝、我々は2日分の水と食料を積んで村を出た。轍の上を栗毛の馬に歩かせながら、分厚いローブのフードを深く被ったフレレクスが眠たげに言った。私は肩を竦めて首を振った。
「あるが期待しないでくれ。鹿狩りに出かけて、草を持って帰ってくるような男だ」
「香料か床材にできるさ。弓は?」
「引いたらどこかには当たるだろうが」
「走るのは?」
「さっき挙げた中なら一番マシだ。フレレクス、なぜ狩りの話を? さっきの噂か?」
「噂?」
「君も聞いたろう。相場の2倍で我々にチェーンメイルを吹っ掛けようとした武具屋だ。この先にあるB町は、吸血鬼が支配していると言っていた」
「馬鹿言うな。何の為に2日分の資源を買ったと考えているんだ。避けるに決まってる。関わりたくない!」
「なぜだ?」
「吸血鬼狩りをしたいのか? 言っておくが狩られるのは君だぞ。狩りの話をしたのは3日目からの食事のためだ」
そうして私はやむなくB町へ続く標識を名残惜しく見ながら、分かれ道を後にしたのである。同行者の様子がおかしくなったのは、それから少ししてだった。
「道を間違えた」
「なんだと?」
「ここから先には行っていない。どうやら標的は途中から街道を外れたようだ。見ろ、馬車の跡だ。車輪の幅は同じだ。我々が追っているものだ。この先へ続いている。だが殆ど残っていない。浅い跡、積み荷を降ろした証拠だ。実を言うと我々はかなり肉薄していた。うまくいけば二日もせずに追いつけるくらいにはね」
「見失ったのか?」
「まさか。遠回りしただけだ。急ごう、もうじき雨が降る」
我々は来た道を引き返し、街道を外れ雨に降られながら半日かけて林を抜けた。宵頃、家屋の立ち並ぶ集落についた。
「ここはB町だ」
想像と違いそこはごく普通の町だった。見る限り魔術師がいるわけでもない。往来を行く住人に奇妙な様子もない。青白い肌をしている訳でも、呻き声を上げている訳でもない。門番から通行許可証を買い、町の中に入った我々は、文箱を持った男に呼び止められた。
「失礼、お二人は旅人ですか?」
「そうだが」
「東から来られましたか?」
それは奇妙な質問だった。何故なら我々が今いる場所はこの町の北門だからだ。山道から外れない限り、北から来たと考えるのが普通だ。そして最も奇妙なのは、まさしく東の村から街道を逸れてここに来た我々にそれを訊ねたという事実だ。
「そうだ」
「やっと見つけました。これを貴方にと」
彼は私に巻いた羊皮紙を差し出した。驚くべきことに、私の名が宛てられていた。
『偉大なる魔術師 ノアーグ殿
突然の御手紙を差し上げる非礼を、どうぞお許しください。そして、あなた様のお荷物を無断で拝借するという無礼をご容赦ください。これらは全てあなた様の為であると、すぐにご理解頂ける事でしょう。
あなた様が同行をお許しになった男は、我々の秘宝を盗んだ薄汚い卑怯者でございます。その男には天譴が与えられねばなりません。あなた様が我々の望みを叶えて下さいましたら、我々は喜んであなた様のお荷物をご返却致します。
しかしながら、このような文面では信用も難しいと思います。そこで我々の正当性をご高覧頂きましょう。この町にあなた様のお荷物のうちの一つを残しました。あなた様がそれを見つける頃には、全てが偉大なる日輪の元に明るみとなっている事でしょう。
あなた様の正しき決断を我々は心待ちにしております。
祝福を込めて。
J.L.』
「なんだこれは!!」
私は破り捨てたい衝動を抑えるのがやっとだった。怒りの余り、頭が真っ白になりそうだ。窃盗のみならまだしも、こんなふざけた手紙を送りつけてくる差出人の気がしれない。この町に残したとはどういう事だ。稀少な品を、宝探しのように扱われては平静でいられない。
これを預けた者について問いただそうにも、伝令は姿を消していた。
「どうした。愛娘でも誘拐された顔をしてる」
「もっと大事なものだ」
私はフレレクスに手紙を渡した。
「盗賊に盗賊と呼ばれるとは」
「君の知人だろう、フレレクス。君の事を熱烈に褒めてる。誰だ」
「知らない。J.L……誰だ? 上質な羊皮紙、細い字だ、カラスの羽ペンか、高い教養がある。それに左利きだ。等間隔の文字、几帳面な性格、机か何か固い物の上で書いている__」
「何が言いたい?」
私は八つ当たりで彼に食って掛かった。
「盗賊じゃない」
「人の物を盗んだら盗賊だ」
「そうだが、普段は別の仕事を生業にしている。確固たる地位のある人物だ。……別行動しよう」
「荷を返してもらうために、私が君を狙うと言いたいのか」
「まさか。違う。先生、君はそんな事をするような人間じゃない。君が自身の危険をかえりみず、人狼の真相究明を優先したことを私は知っている。君は正義感のある誠実な人間だ。だが、我々は別の問題にも直面している。君が装飾品の類を行く先々で換金していることは知っているが、そう長くも続くまい。君が元宝石商だと言うなら別だが」
その話題を出されては私に返す言葉はなかった。彼の指摘はもっともで、金貨の入った荷を盗まれた事で手持ちの金は早々につきている。私は大人しく彼の提案を飲むことにした。
「だが吸血鬼が出たらどうする?」
「出るものか。審問会が見逃すはずがない。ゴンゴルド長官はそこまで無能じゃない」
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