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23. 偽魔術師

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 私は彼女に忘れ物をしたことを説明し引き返した。そうして彼女の案内によって、先ほど立ち去ったばかりの部屋の前に戻っていた。扉は施錠されていなかった。


 部屋の主は炉の火にかけた鍋を覗き込んでいた。その中では見覚えのある黒い巨大な葡萄の実に似た丸い物体が煮えている。料理中のようだった。私は構わず彼に大股で詰め寄った。


「フレレクス、私は君が誠実な友人と信じていた。だから、これまで少々の事は目を瞑ってきた。吸血鬼にも良心があると信じた私の、ささやかな夢想の代償だろう。だが愚かなのは私だけではないようだ。君は自分を慕う魔物すら欺いて平然としている。人の秘密は嬉々として解剖台に載せるくせに、君自身のは厳重に瓶詰めか。実にいい趣味だ。シーシャーさんに教えてもらったぞ、私が君に与えた名を名乗る前の名を。君は初めから偽名を使っていた!」

「当然だ。彼女が君に教えた名も、僕が牢で君に名乗った名も偽りだ。僕には名と言えるものが無い。ナプティア、君から貰ったもの以外には。そもそも君だって同じことをしただろう。自分の事を棚に上げて僕を非難するのか?」


 彼は涼しい顔をしてそんなことを言ってのけた。


「私が言いたいのはそういう事じゃない。君が今後私と交友を続けたいなら、不誠実な真似をやめるんだ。彼女にも失礼だ。同じような事を私や他の皆にもしているのだろう。君は君以外の人を間抜けだと思っているきらいがあるが、それは大間違いだ」

「確かに裏切られたと君が思うのも無理はない。だがナプティア、僕らが同じ高さに立って話してると思わないほうがいい。視点が違えば、真実の形も変わる」

「私を煙に巻こうとしているな? 君の考えている事はお見通しだ」

「いいや、違う。だが少々混乱はしている。君と再会し、この街に招いた時点で、もう後戻りはできないと分かっていたのに」


 フレレクスは、鍋を下ろして私に向き直った。冷静な物言いと裏腹に、彼は珍しく落ち着きなく両手を組んでは解いた。


「なんと言うべきか。……ナプティア、僕が君の前に現れ、ここに招いたのは衝動的な軽率の極みだ。そうすべきでない事は明らかだった。こんな破綻を招くことは分かっていたのに、それでも抑えられなかった。それがどうしてか。……君ならわかる筈だ」


 彼はそこで言葉を探すように黙った。私は辛抱強く彼の言葉を待った。


「君は僕なんかの名誉のために、無実を主張する為だけに、君が20年近く魔術分野で築きあげた輝かしい功績の全てを投げ捨て、名を醜聞で穢し、衆目の中で泥を被ることを選んだ。魔物の、それもよりによって死んだ魔物の為に! 他の誰に君と同じことが出来る者がいようか。ナプティア、僕には到底理解できなかった。理解できなかったが、嬉しかった。とても。本当のところ、君と別れた後、その聖遺物入れだけを届けさせて君の前には二度と現れないつもりだった。それが我々にとって最善だったからだ。だが君があんなものを書いたせいで、僕は君を忘れる事が出来なくなった!」


 フレレクスは苛立たしげに首を振った。


「ナプティア、僕のしたことが君の怒りを買うことはわかっていた。それでも、こうするほかなかった理由を、せめて君にだけは説明させてほしい」

「その釈明とやらに創作が入っていない限りはな」


 彼が席についたので、私もその向かいに腰かけた。


「……君はその様子だとシーシャー嬢から、僕が魔術師と聞いたのだろう。それで真相を知る為に引き返してきた。そうだろう? だからそこから始めよう。ナプティア、僕がこの街に来たのは8年前だ。当時はこの街には他の魔術師もいた。君の師オーウェン卿も、昔ここに来ていたことがある」

「オーウェン先生がここに?」


 有り得ない。古代魔術塔の魔術師はその希少性と危険性から塔の外にすら出られない存在だ。しかし本来校内にいなければいけない私がここにいることを考えれば、抜け道は他にあってもおかしくはなかった。


「ああ。僕は彼らに紛れて魔術師を騙った」

「占星術師という建前で仕事をするためにか?」

「いや、それはおまけのようなものさ。君は知らなくて当然だ。ここは魔族の街だ。魔物ではない。ナプティア、君にとってこの二つは同じように聞こえるだろう。けれど、実際は君たちにとって、『人間』と『動物』という言葉ほどに離れている。一般に言葉を解して操るものは魔族、そうでないものは魔物と表現されるが、いくつか例外がある。吸血鬼もその一つさ。蝙蝠が鳥でも獣でもないのと同じと考えてくれ。この違いは性質的なものでも歴史的なものでもある。しかし今は歴史的要因のみを説明しよう。君たちが魔物全てを地上から排斥したがっているのと同じように、当時は魔族の方もまだ君たちを同様に思っていた。つまり敵同士だ。しかし我々吸血鬼は違う。人の血から魔力を得るという性質上、人間を滅ぼすことは自殺行為だ。わかるかね、ナプティア。吸血鬼は魔物でありながら彼らに与さず、中立の立場を維持した。そうする必要があったが、少し考えればわかる通り賢い選択ではなかった。その結果がこれだ。両陣から狩られ、今や風前のともしびという訳さ。我々の部品(体の一部)や遺骸が魔術触媒として有用だったのも不幸に拍車をかけたのだろう。僕の物心がついた頃にはそんな状況だった」


 私の問いに、フレレクスはこれまでの経緯を余すところなく話した。彼の話は筋が通っているように見えた。


「まだ魔術師を名乗る方が君にとって安全だったと?」

「その通り。少なくとも、ここには魔術師がいた前例があった。加えてここは創立に人間が関わった特殊な街だ。身の安全には十分の隠れ蓑と言える」

「魔術を使えないのに、魔術師を名乗り続けるなんて無理がある。依頼人を騙すのとは話が違うだろう」

「その時は使えたのさ。占星術ではないが、君達が吸血鬼と聞いて想像する類の魔術を少しばかり、ね。ナプティア、君の文章を読んだ。君が伯爵と僕の話をしていた事も知っている。だから説明はすまい。伯爵が説明してくれた理由によって、今はもう使えなくなった。伯爵の推理は概ね正しいが、一つだけ間違っている。僕は解呪を君に頼むつもりはない」


 長らく聞きそびれていたことだ。私は逡巡の末、口火を切った。


「伯爵は君が呪われていると言っていた。その呪いとはなんだ?」


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