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21. 謎めいた依頼人

毎日更新中



 2人が出ていった後、私は彼から渡された聖遺物入れ(ルリケール)を改めて観察した。真鍮で作られた丸いロケットは、ガラス製の窓を持ち、中は空っぽだ。周囲を縁取る精巧な金属細工は、それが低からぬ価値のある品だと示している。しかし、私にはこんなものを受け取る理由はなかった。それも匿名とくめいの差出人とあれば、いっそう不気味だ。

 不意にフレレクスが声を上げた。


「ああ、そうだ。僕は魔術師ということになっているから口裏を合わせてくれ」

「なに?」

「占星術で失せ物、失せ人を見つけますってね。君たちの神智塔の占星科でも似たようなことをしてるだろう? 僕はそれに加えて回収サービス付き」

「ただの捜し屋じゃなくて、君が占星術師だって?」


 占星術は簡単な魔術だが、実用レベルに到達するのは魔術師の中でもごく一握りだ。あらゆる過程と因果を省略して、真理の一欠片を掴み取る。運良く才能に恵まれた者は、政治に関わる重役を与えられ、生涯の安定と名声が約束される。私はというと2択を3度に1度当てる程度の精度だ。まだコインの裏表に託した方が賢明だ。


「魔術師相手に“魔術師”と騙るのもどうかと思ってね。捜し屋というのは君や人間相手の方便さ、ナプティア」

「魔術を使えもしないのに?」

「誰もかれも答えが知りたいだけで、過程に興味なんてない。ありがたがって記録するのは君くらいだ。追跡手法を説明するより、星の導きと答えたほうが信じてくれる」


 やがて扉を開けて、赤みがかったブラウンの髪の男が入ってきた。歳は20頃の矮躯わいくで、血色の悪い痩せこけた頬をしている。何より目を引くのは彼のこめかみの、髪から突き出た山羊のような黒々とした巻き角だった。彼からは硫黄の匂いがした。


「ああ、ようやく正解か。ここの扉、全部試したぞ。一体何個あるんだ?」

「お待ちしておりました。どうぞおかけください」


 フレレクスは、立ち上がり椅子を示した。赤髪の男は私を見るなり不信感を露わにした。


「余計なのがいるが、報酬の受け取り人は増やさねえぜ」

「彼は私の友人です。依頼の達成において、文字通り“なくてはならない存在”でしたので、お気になさらず」


 白々しくそんな事を言うフレレクスに合わせて、私は彼に礼をした。私は彼と初対面だったが、彼もまた私を知らないようだった。奇妙な話だ。


「今回の用件は、報告書の受け取りとご依頼のお支払いですね」

「さっさと帰りたい。報告書と署名をくれ」


 赤髪の男は懐からスクロールを取り出した。フレレクスは私に見えるように拡げてくれたが、そこに書かれた文字は私の知るどの言語でもなかった。


「依頼内容は、対象の監視と指定した物品の配達で間違いありませんか?」

「ああ」


 私がフレレクスへ視線を送ると、彼は小さく頷いた。私は机の上に、聖遺物入れ(ルリケール)を音を立てて置いた。赤髪の男は、目を丸くして私を見た。そして次の瞬間には、男の手が蛇のような素早い動きで、フレレクスの胸倉を掴んだ。


「どういうつもりだ? 三流魔術師め、貴様は守秘義務を破り、虚偽の報告をした。契約を破った代償、わかってるだろうな?」

「残念ながら、どちらも正しくない。彼はあなたが依頼した17年前の失踪者です。連行の追加料金は請求しませんので、ご安心を。この通り自分の足でついてきてくれたので」

「なに……?」


 呆気に取られる赤髪の男の腕を掴む。男は私を食い入るように見た。


「君たちが呼んだと聞いて来たまでだが、どうやら邪魔者だったらしい」

「……俺は言いつけどおり依頼しただけだ。お前となんの関係もない」

「見ればわかる。目的はなんだ?」

「知るか。署名はまだか?」


 男は私の手を振り払ってフレレクスの方を見た。フレレクスは水球儀《拡大鏡》に羊皮紙を透かしている。机の上の聖遺物入れ(ルリケール)を手に取れば、男の視線は私の手の中に向いた。


「フレレクス、たとえば私が受け取りを拒否したらどうなる?」

「依頼の失敗か……君を説得するまで終わらない」


 フレレクスが羽ペンを置いたのを見て、男は低く唸った。


「それもお前の仕事だろう、占星術師」

「私の監視とこのペンダント。誰の指示だ?」


 私は手を振って机の燭台に火をつけた。


「ここに私がいるのは君にも、君の主人にとっても想定外だ。つまり、特別口止めはされていない。そうだろう? さて、“想定外の証人”と“仕事の失敗”、どちらの方が報告しやすいか」


 手の中のペンダントを蝋燭ロウソクの火に近づける。


「あるいは炙る順番を変えてもいい。そこのスクロール(報告書)も悪くない。灰になれば、契約違反かどうかすら確認できなくなる」

「冗談じゃない。人間風情が!」


 吐き捨てた男から熱気が立ち上った。その髪が爛々と赤く染まる。外套に下から黒い鞭のような尾がうねり、床をバチンッと音を立てて叩く。伸びた男の手が私を掴むよりも先に、私が魔術を使うよりも先に、隣から声が上がった。


「争うのは構いませんが、顛末てんまつは報告書に追記することをご理解ください。あなたの名前とともに」


 フレレクスの声に男は勢いを失った。逆立った髪が水をかけられたように元に戻っていく。


「おのれ……」

「それは冗談だろう? フレレクス。そんなことにはならない。愚かにも彼が我々にそうさせない限り」

「クソ、嵌めやがって。魔術師同士、手を組むとはな。これだから人間に頼むのは嫌だったんだ」

「少なくとも君の名はまだ残らない。書かずに済むなら、それが一番楽だ。協力してくれるなら、依頼の成功に加えて、君の主が何も知らずに済むという特典付き。どうする?」


 男は私とフレレクスの間に視線を行き来させた。


「知ってどうする?」

「名も告げずにほどこしをするのは聖人の特権だが、魔物に真似されると話がややこしくなる。枕元で感謝の言葉を唱えるにも、名前がないと困る」

「どうせ知ったところでお前らは何もできない。この名を聞けばわかるだろう。クロエメア様だ」

「ただのクロエメア? 姓は?」


 聞いたことも無い名だった。私の知っているどの国の名でも無い。恐らくは魔物なのだろう。しかし魔物に個人的に目を付けられるような覚えは無かった。素材調達のために魔物の討伐すら行う生類科と違い、植生科は植物を採集するだけで必要な素材があれば生類科から買い取るだけだ。そもそもこれまでの人生で、フレレクスとの一連の事件を除けば生きた魔物と関わる機会さえなかった。


「なに言ってる? そんなもんねえよ。教えたんだから早く署名しろ」

「どうぞお待たせしました」


 フレレクスは私に目配せをして、男に羊皮紙とスクロールを渡した。男は悪態をつくと、その輪郭がぼやけ始めた。まるで少しずつ空気に融けていくようだった。ほんの数瞬で男の姿は掻き消えて、硫黄の匂いだけが残された。


「さすが植物の専門家。根も葉もない話を咲かせるとは」

「種をいたのは君で、発芽させたのは彼、私は環境を整え(春化し)ただけだ。名前だけで良かったのか?」

「ああ、魔物にとって名前はなにより意味を持つ。君たち人間よりずっと深くね。十分な情報だ」


 なら私の付けた名を名乗る彼はなんなのか。舌先まで上りかけた不信を私は寸でのところですり替えた。


「監視と言っていたが、君は私を監視していたのか?」

「共に行動することをそう表現するならそうだ。君が一連の事件を本に記したように、僕もまたあの後家に帰り、依頼人宛に報告書を書いた。聡明な君ならもう気付いているだろうが、そもそも君に接触した僕の目的は、この依頼だった。だが弁解させてくれ。君の安全を鑑みて、君の今の名と君の訪れた場所については伏せている。僕が報告したのは、君が魔術師養成学校を卒業し、卒後薬学塔に勤め、二年前から教壇に立つようになりつい最近勇退したことだ。依頼人は多くを求めなかった。奇妙な話だが、依頼人はどちらかというと君の体調や経済状況、交友関係の有無などを知りたがった」

「どつしてそんな事を知りたがる。私の暗殺でも企てているのか?」

「いいや、それなら別の場所に依頼した方が手っ取り早い。もっと別の理由だ」

「それは何だ?」

「……いや、わからない」


 彼が私の知らない何かを知っており、それを意図的に隠している事を私は勘づいていた。しかし彼がそうするには理由があるのだろう。私は敢えて追及しなかった。


「もしも次に同じ依頼を受けたときは……」

「断るよ、ナプティア」

「いや、受けろ。報酬を山分けしよう」


 フレレクスは口角を吊り上げた。


「あの男の主人を突き止めるのに協力してくれるか、フレレクス。依頼したい」

「その必要は無い。君は僕の友人だ。君が望むなら僕は協力を惜しまない。だが、追跡は明日からだ。もうすぐ日が暮れる。僕には不要だが、君たちには睡眠が必要だろう。宿屋はここを出て、東の区域に三つ、北に四つある。分からなければシーシャー嬢に訊け。彼女はいたく君を気に入っているようだった。君についた薬草の匂いが好きなのかもしれない」


 私は部屋を出た。彼の言葉は的確で、私は廊下で大きなイタチと出くわした。彼女は廊下に寝そべっていたが、私の姿を見つけると顔を上げてこちらに向けた。


「シーシャーさん、宜しければ宿屋へ案内して頂けませんか? 実を言うと私一人ではこの家から出られるかも自信がありません」


 彼女は起き上がると、何も言わずに走り出すと風のように階段を駆け下りていった。私は断られたのかと思った。だがすぐに、黒のローブに全身を包んだ少女が帰って来た。


「お待たせしました。行きましょう」


 彼女の顔は変わらず見えなかった。かたくなにフードで隠していた。顔だけでなく、手も足も肌の一切を隠している。隠すという事は相応の理由があるからだ。フードの下にある未知の何かを、かつての私なら気味悪く感じたかもしれない。だが今の私には些細なことだった。異質なものと害あるものは別だという事を、フレレクスと会わなければ私が知る事は無かっただろう。


 そうして私は、フードの魔物とともに魔物の街の探索へ出かけた。


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