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18. 再会

毎日更新

 何も起きない日々が続いた。ありふれた平穏は以前の私の暮らしそのもので、以前と同様に真綿の如く柔らかに、だが確実に私の首を絞めていった。


 ある昼過ぎの事だ。開きっぱなしの扉の前に誰かが立ったのに気付いたのは、手元の羊皮紙が暗く陰ったからだった。光を背にした訪問者の影が長く伸びていた。


「失礼。ここに薬の調合の名師がいると聞きました」

「いいや、残念だがここじゃない。ここは神智塔だ、1回生」


 私は顔を上げるのも億劫で、手だけで扉の向こうを指さした。


「薬学塔は向こうだ。場所は私以外に訊け。あと扉は閉めろ」


 訪問者は答えなかった。それどころか断りなく部屋の中に入ってきた。私はうんざりしながら闖入者ちんにゅうしゃにらもうとして、固まった。訪問者は目深にかぶった帽子シャッポーを取った。


「また転科したのか? ナプティア」


 私は大いに驚いた。何故ならそこにいたのは、死んだ筈の人物だった。


「フレレクス、君生きていたのか?」

「家に帰ってただけだ」

「ルービンが魔物を殺したと聞いたから、てっきり君なのかと」

「ああ、あれか。確かに私だ」

「ならどうやって?」

「話すと長くなる」


 彼は帽子で崩れた髪を整えながら、私のデスクに腰かけた。彼は眼鏡パンスヌを身に着けていなかった。多くの魔物の例に漏れず彼もまた縦長の瞳孔をしている事をこの時初めて私は知った。


「長くてもいいから話せ今すぐ」

「ナプティア、どこから説明したものか……。まず、我々は明らかに尾行されていた。狙いは私だ。だから君と別れた後、遠回りをして振り切ろうとした。家まで付いて来られては、かなわないからね。私は直に大雨が降る事を知っていた。水嵩の増した川は馬でも渡れない。仕方なく吊り橋の方に行くことにした。そうしている間に本当に雨が降り始めた。馬を降りて橋を渡ってる途中、審問官らは私に追いついた。私は努めて彼らの同胞殺しについて無実を主張したのだが、復讐に夢中の彼らは聞く耳を持たなかった。やむなく私は橋を渡りながら、クロスボウで吊り橋のロープを片っ端から切った。私が橋の真ん中まで来た時には、私の意図に気付いた賢明な彼らは揃って元来た方へ戻ってくれていた。だが例外が一人いたのさ。君がさっき言った男だ。彼が厄介だった。私が彼の前でロープを切っても動じないどころか、私の警告を無視して襲いかかってきた。彼は本当に気が狂っているんじゃないかと思ったよ」

「だから言ったろ」

「ああ、君は正しかった。実のところ私は吊り橋を落とす気なんてなかった。ただの脅しのつもりだった。どこを切れば落ちて、どこを残せば大丈夫か、私は完全に把握していた。だからギリギリのところでボロ橋を持たせて渡りきる算段だったのだが、そうはいかなくなった。雨で塗れた木板の足場に殆どロープの切れた橋、戦闘にこれほど不適切な場所はない。我々はその中で剣を打ち合い、膠着状態になった。それでやむなく分の悪い賭けに出る事にした。剣を捨てて、最後の命綱を切る事にしたのさ。当然ながら結果は余り良いものとは言えなかった。銀の剣は私の肩を貫いたし、橋は崩れた。幸い私は橋の崩壊を知っていたから準備は出来た。掴んだロープを頼りに私はなんとか上り、壊れた橋の裏側で審問官らが去るのを待った。そうして彼らが去った後、ロープを登り切り向こう岸から家に帰った」

「信じられん」

「簡単ではなかったとも」

「刺された傷は?」

「平気だ。じゃなきゃここにはいない」


 やはり彼は審問官を殺し盗んでなどいなかったのだ!

 彼に致命傷を負わせられなかったことを、あの独り善がりの審問官に教えてやれないのは残念だが、あの審問官自身が体を張って彼の無罪を証明することになるとは皮肉な顛末だ。


 私は自分の判断の正しさに、人を見る目の正確さに自惚れた。それもつかの間、そもそも彼には高い治癒力があることが私の仮説をこんがらがせた。


「そうだ。剣といえば、私が買った剣が不味かったせいだと思うと……」

「ああ、あれか。最悪だったのは確かだ。でも無ければもっと不味い状態だった」


 彼は私の前になにかを置いた。


「本題に入ろう。ここに来たのは依頼を終えるためだ。私の仕事とは、17年前に遥か異国で溺死した少年の捜索。彼にとある物を渡す事で完了する。つまり、……君にこれを」


 それは聖遺物入れ(ルリケール)だった。かつて彼が冤罪で処刑される寸前、牢で私に渡そうとしたものだ。私は精巧な細工で飾られたペンダントを彼に突き返した。


「どういうことだ?」

「それを見てわからないか?」

「いいや、心当たりがない。どういう意味だ? これは牢で私に渡そうとしたものじゃないか」

「そうだ。依頼があったからな。なのに君は受け取ってくれなかった」

「縁起が悪いだろ。あの状況じゃ誰だって形見だと思う。どうして今更」

「君が受け取ってくれなかったから、本来は君と別れた後、人づてに届けさせるつもりだった。……だが、少し気が変わった」


 彼はばつが悪そうに呟いた。


「それで、君の依頼主は誰だ?」

「会いたいか? そうとも。君は会うべきだ!」


 私の手に強引にロケットペンダントを押し付けて、彼は颯爽と出口へと向かった。私は呼び止めようとして彼の名前を呼んだ。


「違う、フレレクスだ」

「なに?」

「グルシュラム・フレレクス。他ならぬ君がそう名付けた!」


 その名はあの辺境の牢屋で、彼が実際に名乗った名前ではない。私が彼の死の公表にあたって、便宜上つけただけの仮の名だ。


「まさか。読んだのか? あの文書は学内でしか出回っていない筈なのに。……君の本名を広めるのはまずいかと思ったからだ。もしかすると君の知人たちに迷惑がかかるかもしれないし、そもそも許可も取ってない。もし気に障ったなら……」

「ああ、違う。いいんだ。怒ってるわけじゃない。嬉しかった。だから僕が名前を変えることにした。友人からなにかを貰ったのは初めてだ」

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