17. 代償
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まずは魔術師養成学校に私が戻ってからの出来事を記そうと思う。当然ながら、愛しの薬学塔に私の机は既に無く、神智塔の神癒治療科に頼み、余った机を貸してもらい、彼らが物置として使っていた地下室で、私は寝食を済ませていた。私が書いた文書を読み、私の事を気狂い扱いする者もいたが、皮肉にも元より似たような評価を日頃貰っていたので数が増えただけだ。
比較的寛大な処遇で済んだのは、元同僚らが私の為に少なからず時間を割いてくれたおかげである。私は所有していた貴重品の多くを献上し、与えられていた魔術師としての全ての階位を返上した。その上でいくつかの命令に従うことを条件に自由を赦された。
これまでは学内でのみ読まれることを前提に記していたが、事情が少し変わったために学外の者にも伝わるよう私の属していた魔術師養成学校について、ここで説明させてほしい。
この大陸には大なり小なり魔法を研究するための施設が複数存在しているだろうが、この王立サンクラウド魔術師養成学校は最も偉大な魔術師らが創成した二大施設の一つと知られている。出自を問わず、誰もが入学できるが、多額の費用がかかる。そのため多くの者が将来の返済を契約して入学するも、その進級の難しさ故に卒業できない。卒業出来なかった者は一切の権利を剥奪され生涯雇用される。卒業出来た者も、返済の為に10年間塔での研究を義務付けられる。誰が言ったか、巨大な監獄だ。ただしこの監獄は少なくとも、魔術師にとって表面上は居心地が良いので、不平を言う魔術師は多くない。
そんな監獄は六塔で構成されており、神智塔、因果塔、薬学塔、決闘塔、正円塔、古代魔術塔に分かれそこから更にそれぞれの研究室へ細分化する。入学したものはこれらの塔を回りつつ、最低限の教養と魔術を身につけ、卒業とともに希望する塔へ所属する。
神智塔に限っては部外者でも出入りが許可されているため、怪我の治療や聖水の購入に立ち入ったことのある者も多いのではないだろうか。神智塔での治療が奏功しなかった憐れな患者が、金銭的に恵まれていた場合彼らは薬学塔へと紹介される。
薬学塔は学内で最も浮き沈みの激しい塔として知られている。経済的な意味でだ。幸運に恵まれた冒険家や審問官が、魔物の討伐を成し遂げた時、或いは未知なる植物を見つけた時、彼らが真っ先に荷車を引いて向かうのが我々の薬学塔傘下の商店だ。遺骸から使える部位を見出した場合、もしくはその植物に価値があった場合薬学塔が買い取る。魔物討伐が一攫千金と呼ばれる所以はここにある。しかしながら、それらを材料とし薬物を精製する我々は、更なる一攫千金の職といえる。袋一杯の金貨が、火加減1つ、あるいはひと匙の過ちで水泡に帰す。魔法薬が効果の割に非常に高価で、市場に出回らないのはこのためだ。他科は我々の事を賭博塔などと揶揄する。
そんな我々の薬学塔は生類科と植生科に分かれている。もしも郊外で薬学塔所属と名乗る魔術師がいたならばそれは殆どが生類科だろう。魔術師は魔物退治も行っているという誤解の原因となったのは彼らの存在だ。正しく表現するならば、“生類科の魔術師”は魔物を狩猟する。彼らは材料確保のために時折自ら魔物の討伐へ赴くのだ。植生科はというと、そんな華々しい生類科の影に甘んじてきた。植物の採集が劇的な報告書になることは多くない。両科は協力関係にあったのだが、吸血鬼を擁護する私の主張が生類科の彼らと対立するのも無理ないことだった。
束の間の冒険の最中にはすっかり味を忘れていた愛用薬で気を紛らわせながら、漫然と私は日々を過ごしていた。時折決闘塔の友人が私の元に訪れ、私の退職がいかに独善的で身勝手かつ迷惑なものであったかを懇切丁寧に説明してくれた。
「ナプティア君、君は本当に変わってしまった。昔は勤勉な生徒だったのに、今の自分を見ろ。良くないハーブをやって、日がな一日下手な鼻歌を歌いながらワックスタブレットに草だの花だのを描いては消している。君には何度失望させられたかわからない。あの時だってそうだ。突然辞めると言って聞かないし、そもそもどうして小生に頼んだのかね。君のせいであのバカでかい下品なエラ付きの蛇が我々の誇り高き決闘塔の床を這いまわって、同僚を危うく殺してしまうところだった」
彼はウェルナッグ=J=ドスタルという名で、この魔術師養成学校でかれこれ30年近く指導を続けている恩師である。この学校に入学し、無事4年次まで進学出来た者は彼から3年もの長期間に渡って対魔術師用の防御魔術を習う事になる。かくいう私もかつて彼の講義を受けていた。彼はどうやら私が都を出る前に、飼っていた生き物の世話を押し付けた事に腹を立てているらしかった。
「先生、名前はつけたんです?」
「……つけた。ナプティア君、君の名だ。君が帰ってきて聞いたら嫌がると思ったからだ」
「試みは成功ですね」
「そもそも飼っているのにどうして名前を付けない。君が育ててた植物には名前を付けていたくせに。そうだ、君が悪趣味にもサフランと呼んでいたあのイヌサフランの事だ。毒草に薬草の名前をつけるなんて信じられない。おかげで本当にサフランと思った学生が勝手に調合に使ってしまってちょっとした騒ぎになったんだよ」
想像すると可笑しくて私は笑ってしまった。ドスタル先生は先程まで作っていた不機嫌そうな顔を崩して、細い目をより一層細めて口角を吊り上げた。彼が生徒を褒める時に度々浮かべる優しい表情だった。そうしていくつかの他愛ない会話の末、背を向けて部屋から出ていこうとした彼はこちらを向かずに言った。
「なあ、ナプティア君。君の書いた話はにわかに信じがたかった。だが君の今の様子を見れば嘘ではないのだろう。少なくとも君にとっては。……君ならあり得そうな事だと思った。あの蛇だって君は磨り潰して薬の材料にするために飼い始めたのに、結局のところ君はそうすることが出来なかった。君は昔からそういう奴だった。そういう、魔術師らしくないところがある。君を糾弾する者もいるだろう。だが、そういうところは君の美点でもあると思う。……けれど、いつまでもそうしている訳にはいくまい。早く立ち直りたまえ」
彼がわざわざ遠い塔まで足を運んで小言を言うのは、私の身を案じてくれているからだ。そうと知りながら私は肩をすくめた。
「可笑しなことをおっしゃる。私は以前からこうでしたとも」




