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15. 仕組まれた邂逅

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「ナプティアと呼んでくれ。彼から私の話は聞いただろうが……」


 私は強烈な居心地の悪さを感じながら切り出した。


「ヴェダンテ・ヴィルシアンだ。先程の非礼を許してほしい。魔術師には良い思い出が無いのだ。血だの目だの……。いいや其方そなたに言っても意味はあるまい。其方そなたの訊きたいことはわかる。しかし吾輩は眠っていたこの70年間の記憶がない」


「70年だって? あなたはヴェルディ伯爵に閉じ込められていたんじゃ?」


 出したままだった調薬器具を片づけながら問いかければ、伯爵は考え込むように顎髭を撫でた。


「ヴェルディ伯爵か。あの同朋ともも同じ名をあげていたな。吾輩は顔を合わせた事もない。吾輩はただ放浪に疲れて……、分かるだろう、我々は年老いるのが其方そなたらよりひどく緩慢だ。だから我々は同じ場所に長く留まってはおられぬ。おまけに爵位などという余計なものを得てしまった。ただの理髪外科医だった吾輩がだ。良い方法を思いついたと浮かれていたのだ。愚かだろう。瀉血しゃけつによって喉を潤し、吾輩は病に効く血を一滴ばかり提供する。其方そなたの魔法薬のような効果は勿論無い。吾輩が治したのはせいぜい軽い熱病や風邪だ。けれど、確かに効果はあった。ささやかな効果だが、それは大きな意味を持ったのだ。吾輩の名は名医として瞬く間に広まった。だが吾輩は年老いぬ。いずれ、このからくりに気付かれるだろう。そう思い、我が養子に全て託し70年前この町を出た。だが吾輩には旅は向いていなかった。故に自宅に帰り、地下で眠っていたのだ。皆が吾輩を忘れ去るのを待つために。そして目が醒めたらここにいた」


「ヴェルディ伯爵はあなたから血を採取し続けていた」

「構わぬ。稼業には必要なのだから」

「あなたは死にかけていたんだぞ」


「どうやらそうらしい。加減が分からなかったか……それとも別の理由か。だがそれよりも問題は、愚かな我が末裔が吸血鬼を大声で自称しているということだ。これでは吾輩の努力が水の泡だ。どれだけの苦労をして、牙を隠し、鳥目の振りをして、人間の中で暮らそうと試みたか。欠片も想像できぬらしい。勿論、我が末裔は吸血鬼ではない。故に自称したところで何も起きぬが……、審問官らが儀式を行っている下で眠るなどぞっとする!」


 蒸留酒を浸した麻布で乳鉢を拭いながら、私は曖昧な相槌を打った。


「吾輩のことは後で話そう。ところであの吸血鬼はなんなのだ?」


 ヴェダンテ伯爵は突然声を潜めた。


「どうしてそんな小さな声で?」

「恐らくこれでも聞こえていると思うがな。我々の耳は、夜闇に落ちる霜の音さえ聞き取る。目を開けずとも、音の響きで物を見る」

「まさか……」


 私は引きった笑いを返しながら、それが事実である可能性も考えていた。実際彼は先ほど僅かな物音で駆け付けてきた。


 だがそうすると、伯爵邸で彼の背中へクロスボウを向けていた私に、彼が気付かない理由がない。


「彼とはこの近くの村で偶然に出会ったのが始まりだ。私の荷が盗まれ、彼に追跡を頼んだらここに来た。その途中で地下で倒れているあなたを見つけ、ここに逃れてきて、さっき私の依頼は終わった。それだけだ。思えばひと月にも満たないな」

其方そなたはおかしいとは思わなかったのか? 少しも?」

「なに?」

「偶然などありはしない」


 私は濾過布を折り畳む手を止めた。彼の言葉の意図がわからなかった。


「どういう意味だ?」

「偶然ではない。彼が捜し屋というのならば、捜し屋と出会った時点で其方そなたはこう考えるべきだ。探す対象が自分だったのではないかと」

「有り得ない。彼は私より先に牢に幽閉されてたんだぞ」

「彼は其方そなたに詳しくなかったか? 本来知り得ないことを知っていなかったか?」


 彼の発言が蘇る。私の著書や経歴を彼が知っていた説明はついていないままだ。


「そんなはずは……まさか」

「……吾輩にはわからぬ。だが、彼からは魔力の一欠片すら感じ取れぬ。本来ならば有り得ぬことだ」

「彼は自分が下級の魔物だと言っていた」

「それは嘘だ。下級であろうと魔力は持つものだ。死体の方がまだ魔力を持っているだろうな」

「彼が人の血を吸わず、動物の血を摂っているからというのは?」

「ならば尚更。人間に、よりによって危険な魔術師に関わる必要など無かったのではないか? 牙を隠し、眼鏡パンスヌで瞳を偽装し、そこまでして其方そなたと関わる必要が?」

「いやそれには事情がある。省略したが、始めの町で我々は人狼の嫌疑をかけられたのだ。だから協力して無実を証明する必要があった」


 思いも寄らぬ方向へと進む話題に私は妙な胸騒ぎを感じつつ訂正した。伯爵は私の目をじっと見た。心の底まで暴かれそうな視線だった。フレレクスも似たような目を私に向けることがあった。


「彼が魔術を使った事は?」

「いいや、無い。素人だと言っていた」

「ナプティア殿、魔術を使えぬ吸血鬼なぞいるものか。それは狩りの出来ぬ虎、飛べぬ鷹と同義だ。だが彼の魔力は消え、魔術が使えぬ状態だと吾輩でも見て取れる。なぜか? 考えた事は無かったか? 同族の目からは明らかだ。あれは呪いだ。其方そなたらの用いる呪文や呪術の類ではない。より原始的で未知なるもの」

「フレレクスに呪いがかかってると言うのか?」

「そうだ。それは間違いない。推測だが、彼はその呪いについて話すことが出来ないのやもしれぬ。其方そなたが優秀な魔術師と聞き、解呪を求めて接触したのやも……」

「なぜそんな事を私に教えてくれるんだ?」


 伯爵はどこか遠くを見るような目をした。


「薬の礼だ。或いは……久方ぶりに相まみえた憐れな同朋ともへの老婆心か」

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