12. 後始末
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その日の夕過ぎに私は廃港に戻った。
「ほら、剣だ」
彼は私の土産を険しい顔で睨んだ。
「それで町はどうだった?」
「君の言った通り、衛兵は私に声も掛けなかった。だが、私兵は別だった。彼は私を見つけると丁寧に名乗って、ヴェルディ伯爵と謁見するように私に頼んだ。勿論断ったさ。だが、彼らがしつこく付いてくるから、私は伯爵邸に行かざるを得なくなった。伯爵の私兵と大路で話していたら、否応なく人目を引く。伯爵邸は、窓ガラスが割れてたな。穴を木板で塞いでいた。それを見た時の私の気分は最悪だった」
「君に苦情を言うのは筋違いだがね。何と言われた?」
「ヴェルディ伯爵は最後に見た時と変わらなかったよ。君には言ってなかったが、私はあの小さな闘技会の後、彼女と晩餐を共にしたんだ。その時と殆ど同じように見えた」
私はあの伯爵邸で彼らの密談を盗み聞いていた事を、まだ彼に話していなかった。だから白々しくそんな事を前置いた。
「ただ伯爵は少しだけ様子がおかしかった。彼女は私を応接間へ通して、侍女を全員下げさせた。部屋には彼女と私の二人になった。彼女は、この町に別の、つまり我々を追ってきたあの連中とは別の審問会調査団が訪れていることを私に告げた。君の事で脅しをかけるつもりかと初め私は思ったよ。だけど違った。彼女は君と、ある契約をしていた事を私に明かした。何でもとある特別な儀式を手伝ってもらったとか……?」
その儀式が、彼女が完全な吸血鬼になるためにフレレクスに協力を求めた儀式だと、廊下で盗み聞いていた私は知っている。
私はなにも知らないフリをして、慎重に言葉を選んだ。だが彼は片眉を器用に上げただけで大して驚いたようには見えなかった。失念していたが、彼は私と何日も行動しながら尻尾を出さなかった。この程度の揺さぶりなど意味はないようだった。
「それで?」
「フレレクス、話す前にその儀式について訊いても?」
「迷信だ。なんの効果も無い」
「……ふうん。それで彼女は、その儀式が彼女にとっていかに重要なものであるかを私に説明した。彼女の命にまで関わるものなのだとも。にも関わらず、儀式の最中に君が体調を崩して……続行不能になり、挙句行方をくらました事を私に告げた」
伯爵が言った通りに私は伝えた。実際に何が起きたのか、私は彼女に詰め寄って訊ねたが彼女は多くを語ろうとしなかった。彼女自身もひどく狼狽していて、やっとの事で聞き出せたのがこれだけだった。私の言葉を聞いたフレレクスはほんの一瞬苦虫をかみつぶしたような表情をした。
「彼女は君を責めていたが、それは怒っているというより、怯えている様子だった。彼女にとっての問題は調査団のようだった」
「なぜだ?」
「彼女が言うには、今会うととても都合が悪いらしい」
それもそうだ。儀式の効果で彼女が変化していたなら、彼女は狩られる側になる。
「馬鹿げてる。彼女は既に片手で数え切れないほど審問会の看破の術を受けてるぞ。審問会も彼女も黙秘しているが、どちらにとっても不都合な事実だ。なにせあの噂だ。審問会が彼女に手を出さないのは、買収されているからじゃない。彼女の下らない虚言にこれ以上付き合いたくないからだ」
「ああ。町でゴンゴルド長官に会ったよ。あの人狼を討伐した調査団だ。彼曰く、伯爵邸の爆発は不可解で、魔法陣も見つからず、未知の魔術である可能性が高いという事だ。それで屋敷の主人である彼女を怪しんでいる。長官がというより、町の住人が。長官も看破の術の施行には消極的な様子だった」
彼女の計画が狂ったのはあの爆発のせいだろう。あの不審な爆発で浴びてはいけない注目の的となった。それもタイミング悪く儀式の直後に。
「そもそもゴンゴルド長官の調査団の秘術者は不能だったろう」
「そうだったんだが、彼を調査団に在籍させたまま新たにもう一人看破の術者を入れたらしい。彼については公に出来ないから妥当な処置だろう」
フレレクスは相槌をうった。
「長官らしい寛大さだな。彼はああ見えて器の大きい男だ。しかし彼女は初代伯爵について何も言わなかったのか?」
「一言も口に出さなかった。多分、それどころじゃないんだろう。君の居場所を知る為に、彼女は私の前に大量の金貨を積んだ」
「まだ珍しい植物を見せた方が君の気を惹けるだろうに」
「勿論断った。だが彼女はひどく困っているようだった。私に頼み込むくらいだ。形振り構っていられないみたいだ。私はこの先、町に行く度に伯爵邸に呼び出される嫌な予感がしてる」
「次に会う事があれば杞憂だと伝えてやれ。渡した材料には、なんの効果もないと」
それを聞いて私はひどく驚いた。
「フレレクス、君はてっきり報復でもするものかと」
「初代伯爵が望むならしたらいいさ。彼女の所業は残虐で許しがたいが、我々には彼女と初代伯爵の間に何が起きたのか、想像は出来ても知る術はない。初代伯爵が助かってなければ彼女を衛兵の元に届けただろうがね。君が義憤に駆られたというなら止めはしない。しかし私刑は君たちの法に反する事ではないかね?」
「君のした不法侵入も違法だがな」
「ああ、そうだ。私は自分が敬虔なる法典の守護者とは言わない。そもそも君たち人間を守るための法で、我々は対象じゃない。だが、だからといって、一時の感情で人に武器を向けるのは知性ある者のすべきことではない。報復など尚更だ」
多くの者が抱く魔物に対する印象と異なり、彼は冷静で思慮深かった。私は彼を討たなくて良かったと再認した。この表現が適切かは分からないが、善なる魔物というものがあるならば彼はそれだった。
「その考えは否定しないが、一つ問題がある。君の正体を彼女が広めるとは思わないのか?」
「私の言葉より彼女の言葉の方が説得力があると思うか? これまで彼女のしてきたこと考えろ。誰も信じはしないさ」
「一理あるが……」
彼は興味を失くしたように得物の手入れを始めた。彼の側には彼が射落とした首無し雁が逆さまに吊るされその血をボウルに溜めている。言うまでもないが、それが彼の食料である。彼は私が魔法薬学者であることに感謝すべきだ。そうでなければ、私はこの配慮の全く感じられない鉄臭い環境に音を上げていただろう。
「今の最大の問題はその剣の持ち主さ。君はもしかすると近々対面するかもしれない。実のところ、私はあの服装の連中とは初対面じゃない。長い付き合いなんだ。どこへ行ってもついてくる。随分と執心だと思っていたが、その剣が理由だったわけだ。人目のあるところで、君に手を出してくる事は無いと思うが、用心するに越したことは無い。まあ君にとっては敵ではないかも知れないが」
フレレクスは肩をすくめて、私の買ってきた剣を見た。
「……ところで、君はこれまでの人生で一度も剣を扱ったことが無いのか?」
「なに? 私が買ってきた剣にどこか良くない点でもあるのか?」
「いいや、まさか。ナプティア、とんでもない。これは“剣”という語に分類される物体の中でも、最も“剣であってはならない剣”だ。敵より先に持ち主が死ぬだろうね。重心が刀身へ傾いている。刀が厚く太すぎるか、持ち手の重量が足りないか、或いはその両方だ。君は硬貨を投げ打つ前に剣を持ってみる事すらしなかったのか? これでは振るたびに隙が出来る。それに見たまえ!」
彼は唐突に剣を振り上げると、隣の雁の死体を貫いた。その動きも切れ味にもなにも問題はない。
「こうすると確かに、なまくらではないように見えるかもしれない。君の目ならそう見えても仕方があるまい。だがこれはごく薄い表面を焼き入れて硬化させているだけだ。何度か研磨すれば、中の脆い鉄が出てくるだろう。そうなると、ろくに切れなくなる。君の見る目は植物にしか働かないようだ。次に“武器”を選ぶ時は、せめて“壁に飾るもの”と“戦うもの”の違いを覚えておいてくれ」
私は謝罪のタイミングを完全に逃した。
「その通りだ。剣より毒草の方が効くしな。そもそも君が使う道具に、それほど耐久性が必要とは思わなかったな。てっきり、自慢の口先だけで戦うのかと。言葉の切れ味に比べれば、剣のなまくらさなど可愛いものだろう。君が振るうのは、いつも容赦がない」
フレレクスは剣を拭いながら、口角を片方だけ吊り上げた。
「それでも剣は黙って折れるが、君の口は黙らない。どちらが始末に負えないか、私には明白だ」




